上 下
31 / 55

私の心は、決まった

しおりを挟む
 チュン、チュン……とスズメ(らしき鳥)が鳴いている。

「んむぅ……いまなんじ……?」
「朝の8時くらいですね。メイド失格ですよ、アイリスさん。さっさと起きなさい」
「んー……って、8時!?姫様……じゃなくてクラジオ起こしにいかなきゃ!」

 ヤバい、こんな時間に起こしに行って、つい今しがた目が覚めたなんて言ったら怒られるに決まってる……!いやそもそも、クラジオなら目覚めがいいし大丈夫か。遅刻するのは私だけ……それもダメじゃん!

「……ん?なんでこんなところにヴェロール?」
「…………そんなことだろうと思いましたよ。ではそんな馬鹿な貴女のために昨日起きたことをひとつひとつ、丁寧に教えてあげますよ」
「……あっ、分かった。私アレだ、夢見てるんだ多分。なんで夢にまでヴェロールが出てくるんだろ……ってまぁ理由はひとつしかないか」

 とりあえず、これは夢だと分かった。ここはリエールの隣国、アステアだ。ヴェロールがいるはずがないし、いてはいけない存在だ。そうなると彼がここにいる理由はただひとつ。
 私がヴェロールのことが恋しすぎて、夢にまで見てるんだ。……なんてね。

 好きだけど、好きになってはいけない。だから今まで心を閉ざして嫌われる努力をしてきたはずなのに、彼に対してばかりはそうも言っていられなかったようで。姫様に「恋をしてもいいのよ」と言われてから、私は彼を意識し始めた。
 姫様はもうディラスと結ばれる、はずだ。だからきっともう、大丈夫。
 でも私はサックリ隣国追放エンドを迎えることになるのだ。その時にでもヴェロールに言いたいこと言ってスッキリして、それで……

 それで?

 姫様がハッピーエンドを迎えて、私がバッドエンドを迎えて、それで……どうしたいの?
 姫様の結婚式を見届けて、それから?

 姫様の結婚式を見るという大きな目標があるが、それを達成してしまったら、私は何を目標に生きていけばいいのだろう。
 意中の相手にフラれるのは目に見えている。私はあくまでサブヒロインなのだから。
 いや、それはいい。嫌だけど、それよりももっと重要なことがある。

「……ス……、……さん……」

 あぁ、どうしよう。急に目の前が真っ暗になってきた。先の見えない暗闇で、足元がガラガラと音を立てて崩れていく。そんな錯覚をしてしまう。

「ア…………さん、ア……リス……さ」

 私はこれから、どうすればいいの?

 姫様は、結婚してからも私を傍に置いてくれるの?

「アイリスさんっ!」

 パッと、目の前が色づいた。
 目の前に広がるのは、銀色と紫色。

「…………ヴェ、ロール」
「はい、私めですよ。……急に真っ青になって、どうしましたか?」
「……いいえ、大丈夫。なんでもないですよ」
「大丈夫、なんて顔には見えませんが」
「いいんです、これが私の迎える正しいエンドだから。サブヒロインの歩むべき、バッドエンドなんだから。今更何を怖気づいているの」

 私がこの世界に転生したのは、姫様を幸せにするため。ならばそれ以外のものは要らない。姫様の幸せ以外、私は求めない。――否、求めてはいけないのだ。

「……アイリス、さん?何を言っているんです?」
「すみません、取り乱しました。寝起きで頭がゴチャゴチャしてたみたいです。もう、大丈夫ですから」
「先程も言いましたが、そんな顔で大丈夫って言われても、私めとしては納得しがたいのですが」
「大丈夫です」

 もう彼に深く干渉してはいけない。干渉されてもいけない。私は、彼との間に薄く、それでいて頑丈な膜を張った。

 彼が私のことを憎からず思っていることは知っているし、いやむしろ好意に近しい感情を寄せてくれているのだろうというのは、花祭りの時に痛いほど感じた。
 ブーゲンビリア。花言葉は――『貴女は魅力に満ちている』
 こんなものを貰ってしまって、私は舞い上がっていた。例えそれが彼の本心だったとしても、私はこれを受け取るべきではなかったのだ。
 彼の想いを、受け取ってしまったようで。
 私は、受け取るべきではなかった。

 こんな苦しい思いをするくらいなら、最初から姫様の言葉に耳を傾けず、ただ一心に姫様の結婚式を幸せを願っていた方がよっぽど良かった。そうすれば、ここまで傷つかずに済んだ。

「……アイリスさん、やっぱり大丈夫じゃないですよね、医務室にでも行きませんか」
「だから大丈夫ですって。……わたくしはこれからちょっと用事を済ませてきます。バレない内にリエールに帰ってください」

 わざわざここまで来てくれたのを追い返すようで悪いが、今の私はどうしても彼を視界に入れたくなかった。彼を見るだけで、胸が強く締め付けられる。叶わぬ恋をしてしまったことを後悔してしまう。

「…………は?」
「わたくしは……全てを終わらせてからリエールに帰ります。ですから、わたくしのことはどうか心配なさらず…………安全なうちに、帰ってください」

 ――――私の心は、決まった。

「安全なうちに、って……何をする気ですか」

 さすがヴェロール、鋭いな。でも、私はをヴェロールはおろか、姫様にも伝える気はない。
 最初はリエールに帰って兵を引き連れてから、と思っていたけれど。
 それでは遅いんだ。
 姫様が幸せになるために、彼は邪魔な存在となる。
 私ひとりでも出来る自信がある。だから、私だけで行こう。彼の首を、取るために。


「何もしませんよ。ただ、クラジオのところに行って話を聞いて、そのくらいです」
「なら、私めもここにいていいですよね」
「ダメです。帰ってください、今すぐに」
「何故です」
「なんでもです」
「……何か隠しているでしょう」
「さぁ?」

 キッと睨みつけられる。私が一身に彼の鋭い眼差しを受けたことはなかったので、一気に身が竦む。でも、こんなことで怖気づいていてはいけない。
 気を強く持て、私。

「私めに隠しごとができると思わない方が身のためですよ」
「わたくしのことを探らない方がいいですよ、自分のことが大切なら」
「私めは自分のことよりアイリスさんのことの方が大切です。……ここで見過ごしたら、一生後悔する。そんな気がしてるんですよ」
「……へぇ、そう。でも残念でしたね、わたくしは貴方を連れていく気はありません。あなたが気にすることでも、気に病むことでもありませんから、安心して帰ってください」
「でしたら私めが勝手についていくだけです」
「許しません」

 収拾がつかなくなる前に話を終えようと、私は「もういいでしょう、不毛な言い争いはやめましょう。あなたは帰る、わたくしはこれからクラジオのところに行く。それでいいでしょう」とまくし立てるように言い、彼に背を向けた。
 これでいい。
 罪を背負うのは、私だけでいい。

「アイリスさん!」
「……今も昔もずっと、ヴェロールのことが大好きだったよ」
「…………っ、」
「さようなら」

 それなりの力を込めて回し蹴りをする。
 前世の私にはこんな才能はなかったのだが……転生したらできるようになっていた。アイリスができることは私もできるようになる。転生者に贈られるチート能力のようなものだろうか。
 私の脚は彼の脳を揺らした。

「…………くっ、」
「大丈夫です、手加減はしました。脳震盪のうしんとうで数時間くらい意識が飛ぶくらいです。その間に全てを終わらせます。だから貴方はここにいてください。……いえ、意識が戻り次第、すぐリエールに帰ってください」
「あ、なたは……」

 ヴェロールは完全に意識を失って倒れた。
 私はせっせせっせと彼を移動させる。私のベッドに横たわらせ、布団をかぶせる。

「ヴェロールが目を覚ます頃には、全て終わらせるから。前世で幸せにできなかった分、今世はなんの憂いも残したくないの。だから私は、姫様の幸せに必要のない者を……彼を討つ」

 無の表情で眠る(もとい眠らせた)ヴェロールの美しいかんばせを見つめ、サラサラの銀髪を撫でながら言い募る。

「……もし牢獄から出られたら、貴方が助けに来てくれるのなら、私の想いを受け取ってください……なぁんてね」

 自虐的に笑い、私はもう一度「さようなら」と言った。またね、とは言わない。また会える保証はないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

姉に全てを奪われるはずの悪役令嬢ですが、婚約破棄されたら騎士団長の溺愛が始まりました

可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、婚約者の侯爵と聖女である姉の浮気現場に遭遇した。婚約破棄され、実家で贅沢三昧をしていたら、(強制的に)婚活を始めさせられた。「君が今まで婚約していたから、手が出せなかったんだ!」と、王子達からモテ期が到来する。でも私は全員分のルートを把握済み。悪役令嬢である妹には、必ずバッドエンドになる。婚活を無双しつつ、フラグを折り続けていたら、騎士団長に声を掛けられた。幼なじみのローラン、どのルートにもない男性だった。優しい彼は私を溺愛してくれて、やがて幸せな結婚をつかむことになる。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

「悲劇の悪役令嬢」と呼ばれるはずだった少女は王太子妃に望まれる

冬野月子
恋愛
家族による虐待から救い出された少女は、前世の記憶を思い出しここがゲームの世界だと知った。 王太子妃を選ぶために貴族令嬢達が競い合うゲームの中で、自分は『悲劇の悪役令嬢』と呼ばれる、実の妹に陥れられ最後は自害するという不幸な結末を迎えるキャラクター、リナだったのだ。 悲劇の悪役令嬢にはならない、そう決意したリナが招集された王太子妃選考会は、ゲームとは異なる思惑が入り交わっていた。 お妃になるつもりがなかったリナだったが、王太子や周囲からはお妃として認められ、望まれていく。 ※小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...