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死亡フラグですね!

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 クラウディオに宣戦布告をしてから数日が経った。今のところ特に何も変化はない。
 ――変化といえば、クラジオがアクレシア・フォン・フォルリーアとの結婚を発表した。アクレシアは同じ前世の記憶持ちで、しかも同じオタクときた。出会いは最悪だったが、今ではすっかり友人として仲良くしている。
 アクレシアは本来、この世界――『もっと!ドキ夢』の世界において、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢として登場するらしいのだが、私がクラジオに対し好意を寄せておらず、そしてアクレシアがクラジオに好意を寄せていたので私はアクレシアの背中を押してやった。すると案の定、ふたりは結婚することになった。

 ノリアとルーノは相変わらずだった。ふたりと一緒にクラジオの護衛をしている時のこと。
 ノリアは「か弱いアイリスちゃんは下がってなよぉ。ここはオレっちたちがやってあげるからさぁ」とニヤニヤしながら笑いかけてきた。
 ルーノは「そうだよな、嬢ちゃんはか弱……ふふっ、か弱いもんな。おれらが守ってやらねぇと。向こうに帰る時に少しでも傷が残ってたらルーナに殺されちまう」と、明らかに笑いながら言ってきた。
 ――ムカついたのでこのふたりを軽くボコッたのは記憶に新しい。大丈夫、かるーくしかボコッてないから。……30分くらいは目を覚まさなかったけど、軽くだった……はず。

 あぁ、そういえば私がアステアにいる時、地下牢で私と友達になったルーナというシスターがいたが、彼女はルーノの妹だった。アステアに妹がいるんだ、しかも彼女はシスターをしているんだ、と慈愛に満ちた笑顔で語っていたので、もしかしてと思い「妹さんの名前ってルーナ?」と聞くと力強い首肯が返ってきた。それから約1時間ほど「ルーナのここが可愛い」話――つまりシスコン野郎の妹自慢なのだが――を聞かされた。「可愛いって言うと照れるんだよ。本っ当アイツは可愛いよな」とへにゃりと笑っていたルーノも可愛い。これがルーナとルーノに流れる血か!?私も欲しい!……なぁんて。

 姫様毒殺未遂事件の犯人がクラウディオだとハッキリ分かったので私はこの国にきた目的を達したというわけだ。だから私はもうそろそろアステアに帰ろうかな、と準備を始めている。

 ――――とまぁ、この世界の総集編みたいなものになってしまったわけだが、私の戦いはまだ終わっていない。いやむしろ始まったばかりだ。

「…………あ、そういえばこの国の状況聞いてないや。クラジオがまた今度教えてやるって言ってたのに」

 何故隣国から攫ってきたメイドに護衛を任せなくてはいけなくなってしまったのか。クラジオに聞くの忘れてた。

 荷物をまとめてすっかり殺風景になった自室。かろうじて残ったのは、もともとここにあった質素なベッドと、開け放された窓から吹き込む風を受けて揺れる薄いレースのカーテンだけ。そより、そよりとそよぐそれは、私の心を落ち着かせてくれた。
 そろそろクラジオの部屋に行って話を聞こう。この国は一体どうなっているのか。アクレシアあずさに聞けば分かるかも知らないが、クラジオ本人が今度教えてくれると言ってくれたので、お言葉に甘えて話を直接聞きに行きたいのだ。
 まとめた荷物をベッドの上に放り投げ、クラジオの部屋に向かおうと扉に近づき……ふと違和感を感じた。
 カーテンが強い風を受けたように大きくはためいた。
 そして。

 大きな白い月を背景に、人影が現れた。

 その人影は私の部屋を見渡す。……私を探しているのだろうか。となると、この人は反クラジオ派の刺客……とか?
 人影の目元は、メガネでもしているのか強く白く輝いている。よく見ると、その光の奥には鋭く光る紫色の双眸が。
 …………ん?メガネで、紫色の瞳?
 私が人影の正体に気付きかけた時、その人影と目が合った。そして、人影は一言。

「お久しぶりです、アイリスさん」

 ブリザードが吹き荒れるが如く冷え切った声を出した彼――ヴェロールは、言い切るとニッコリと笑った。……もちろん、感情なんて全く感じない、冷え切った笑顔――私はこれを「ブリザードスマイル」と呼んでいる――なのだが。
 なんで彼がここに……と思いながらも、「もしかして、あずさが言ってたのはこのこと?『ドキ夢』で最後に攻略したキャラが助けに来るって……やっぱヴェロールが来たってことはそういうことだよね?」と自問自答をしていた。

 ◆◆◆

 そんな私に構うことなく、彼は私の部屋に素早く入り込み、窓を締め切り、カーテンを勢いよく閉める。そして私の横を通り抜け、部屋の鍵をかけた。
 ――これは馬鹿な私にも分かります、死亡フラグですね!恋愛フラグを回避しようとするあまり、死亡フラグに片足突っ込んでたんですね!まぁ私が死ぬということは姫様が幸せになるということなんだからそれでもいいのだけれど、いやむしろ本望なのだけれど!

「や、やだなぁ。そんな怖い目してどうしたんですか。窓も部屋の鍵も閉めちゃって……ま、まさかわたくしに何かしようと言うのですか!?破廉恥ですよ!」

 なんて軽口を言ってもなお、彼が言い返すことも表情を変えることもなかった。ただ、私を貫かんばかりに、身も心も凍るような冷たい視線を送ってくるだけだ。
 酷く長く感じる沈黙ののち、彼は口を開いた。

「あぁ、そうか。既成事実を作ってしまえばあなたは私の傍から離れることができませんね。素晴らしい考えだと思いませんか、アイリスさん?」

 き、既成事実……!恐ろしいことを仰る。そしてこういう時に限って笑うのやめて、ガチで怖いから!

「い、いえ、とにかく落ち着いてください。わたくしはもうそろそろ帰ろうかなと思っていたところでして……知りたいことが大体知れましたし、もうこの国にいる理由はないからと……いえ、それよりも何故ヴェロール様がここに!?」

 彼はアステアにいなくてはおかしい。神官長だぞ?なのに何故こんなところにいるんだ?

「……心配くらいさせてくださいよ、全く。あなたが部屋にいないと分かって、どれほど色々な考えが頭を駆け巡ったか……もしかしたら死んでいるのでは、と思ったら心配で心配でしてね」

 ……あれ、思ったより怒ってない?前同じようなことがあった時はもっと怒ってたのに……あ、情報収集のためにここに来ていたのだと知って安心させれたのだろうか。
 ほのかに感じる感情といえば、言葉の端から滲み出る安心感のようなものくらい。怒りといったような激しい感情は、言葉からも表情からも見受けられない――

「そうしたらあなたはアステアに攫われたのではと報告が入りましてね。あなたを探すために死に物狂いで数ヶ月先の仕事を終わらせ、休暇を取ってアステアまでの道のりを急ぎ……道中の街では会えず、しかもそこであなたはアステアの第二王子のもとでメイドをしていると報告が入りまして。急いで向かってみれば貴女は悠々と暮らしていらっしゃるようで。いやむしろ楽しそうでしたよね。姫様もいらっしゃらないこの国でひとり楽しく。私めの心配は無用だったようですね……ふふっ、いいご身分ですね」

 怒ってました!まぁそりゃそうですよね!
 しかし、さすが神官長と言うべきか、感情がうまく隠されていた。あからさまな激しい感情などは見受けられなかったのはきっと、ヴェロールが感情を隠すのが上手いからなのだろう。職業柄そういったスキルが必要になってくるのだろう。

「いや、でも……わたくしの情報収集のおかげ色々アステア国内のことが分かるんですよ?まぁこのあとクラジオに詳しく話を聞こうと思っているんですけれど。ほら、いい働きをしたと思いません?」
「…………クラ、ジオ?」
「はい、クラジオです。知りませんか?この国の第三王子の。内情について今度教えてやるって言ってくれたのでお言葉に甘えようかな、と…………」

 あれ、おかしいな。私の予想では、ヴェロールが「そうですね、アイリスさんは素晴らしい女性です!隣国に攫われたにも関わらず情報収集を怠らないとは!褒め称えると同時に感謝もしなければいけませんね!」と土下座をし、私をあがたてまつる予定だったのだけれど、その……麗しいご尊顔が、般若も裸足で逃げ出すレベルに歪んで恐ろしい感じになっていらっしゃるのですが…………

「さすがに隣国の第三王子の名前くらい把握しています。神官長を馬鹿にしないでいただきたい」
「あ、それは失礼しました」
「……ですが、私めが言いたいのは、そのことではなく…………」

 えっ、クラジオが誰かって話じゃないの?ってことは……

「あっ、もしかしてお言葉に甘える、ってのが気に食わなかったんですか?そうですよね、クラジオは仮にも第三王子「それです」あ、やっぱり言葉遣いでしょうか?」
「……いえ、そうではなく。……はぁ、まさか私めに全て言わせる気ですか?」

 あぁ、あからさまにうんざりした顔をしている。私がすぐにヴェロールの言いたいことを察せれないからだろう。……でも。
「言ってくれなきゃ、分かりません……」
 私はそこまで察しがいいわけじゃないから。どうしてそこまでイライラしているのか、私には分からないのです。
 そう言うとヴェロールは、髪をくしゃりと掻き上げた。そして深い溜息をひとつ。

「……クラジオ、という呼び方が気に食わないんですよ」
「あっ、そうですよね。仮にも第三王子を呼び捨てだなんて「そうじゃないんです!」……へ?」

 ヴェロールは急に声を荒らげた。

「…………第三王子よりも付き合いは長いはずなのに、何故……クラジオ、だなんて」
「……?」
「まだ分かりませんか。……要は、ぽっと出のヤツに先を越されたのが気に食わねぇっつってんだよ。俺のことはまだ様付けで呼んでるくせに、第三王子は呼び捨てだぁ?意味分かんねぇよ」
「…………ヴェ、ヴェロール様、口調、が」
「あぁ?」
「……ひぇ」
「…………あぁ、失礼しました。感情が昂ると、つい」

 こんなの聞いてないよ!?『ドキ夢』最後までやったけどこんな話なかった!……あ、もしかして『もっとドキ夢』で語られる裏話なのかな?それなら納得。

「よそ見をしないでください」
「…………っ、」

 両手で私の両頬を挟み、視線を合わせてくる。それがどうにも気恥ずかしく、その手から逃れようとしたが力は強まるばかりだった。
 目に、いっそ獰猛とも呼べる荒々しい光をたたえて私の目を、全ての神経を、心を射抜く。
 ご尊顔が、近づく。

「私めだけを見ていてください」

 鼻先が触れ合いそう。……あっ、触れ合った。

「…………きゅう」

 あまりの唐突な展開にキャパオーバーした私は、瞬く間に意識を飛ばした。
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