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手紙

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 クラジオに仕え始めてから3日が経った。
 たかがメイドごときにわざわざ護衛を頼まれるくらいなのだからそれほどまでに命を狙われているのかと思っていた私は、外を出歩く時に細心の注意を払っていた、のだが。

「ぜんっぜん平和じゃん!私の集中力を返して!何なのよ!」

 ――そう、驚くほどに何もないのだ。
 外を出歩けばここで働く人たちに挨拶され、彼に出される料理に毒が仕込まれていることもない。これは以前の私の仕事と通ずるものがある。
 以前の仕事とはつまり、姫様の食べるものを私もつまみ食い……失礼、毒味をすることで姫様が毒殺されるのを身を呈して防ぐという名誉ある仕事だ。
 やはりリエールの王宮の方が料理は美味しい。それは慣れなのか、はたまたドドリーやカルラたちのせいで舌が肥えてるしまったのか。どちらにしても料理人冥利に尽きるのだろうが。

 あぁ、そういえば姫様はご無事なのだろうか。
 お忘れかもしれないが、姫様は生まれつき虚弱体質なのだ。しかし、クロー厶という薬師のおかげで今日まで生きているのだ。
 はぁ、私は最初クロー厶と姫様がくっつけば美男美女で眼福だし、何より姫様が安心して暮らせると思っていたのに……何故姫様はディラスなんぞを選んだんだ。あんなクズのどこがいいんだか。

 と。

「おい」
「……っはい?」

 唐突にクラジオから声をかけられた。突然だったため、返事が遅れた。

「呆けるな。俺はいつ殺されてもおかしくないのだから、常に警戒を怠るな」
「……失礼しました」

 返す言葉もない。私は仮にも護衛なのだ。護衛が護衛対象から目を離すなんて言語道断だ。

「……まぁそれはいい。お前に手紙が届いていたのでな、俺が届けに来てやったんだ」
「まぁ、手紙ですか。一体誰からなんですか?」
「ヴェロール、クロー厶、ディラス、カルラ、ドドリー、ルーナ……って書いてあるぞ。あと、ベルベット――」
「ベルベット!?」

 勿論ヴェロールやクロー厶などの名前にも驚いたが、なによりベルベット――姫様が直々に手紙を送ってくださるとは思いもよらなかった。

「なんていうか、その……向こうの国にたくさん友人がいたんだな……意外だ」
「姫様からのお手紙……ふへ、ふへへへ……げへ……」

 何か言われた気がしたが、姫様から手紙をいただけたということに対しての喜びが大きすぎて、何も聞こえない。

「……あ、ありがとうございました。わたくしはこれから姫様からのお手紙をじっくりと、ゆっくりと、ひとりで、一文字一文字を舐め回すように読みます。だからどうかお引き取り下さい、クラジオ様」
「コイツ……!黙って聞いてりゃ何だ、不敬にも程があるだろ!向こうの国で何を学んできたんだ!?」
「わたくしが学んできたのは全て姫様のため。相手が姫様でないのなら敬意を示す必要も無い、と判断を下しての言動です」
「…………はぁ」

 クラジオは何やら喚いていたがそれを無視し、丁重にお引き取り願った。
 大きな溜息と鋭い睨みを頂いてしまったが、まぁ気にしないでおこう。

 ……さてさて、開封の儀を執り行いましょう!
 まずはカルラから読もうかな。安心感あるし。

 ◆◆◆

 久しぶりっていうか、なんて言うか。こうやって手紙書くのなんて何十年ぶりだから照れるな…まぁいいや。早速だけど本題。
 アイリスちゃん曰く『マカロン様』の新しい味の開発に成功したから、帰ってきたら一番に食べて欲しいんだ。もとからあったフランボワーズ味に少しだけレモンを加えてみたんだけど、これが案外良くってさ。調理場のメンバーは大絶賛だったんだけど、マカロンに異常なくらいに執着してるアイリスちゃんの忌憚きたんのない意見も聞きたいからさ。
 だから、早く帰ってきなよ。

 ◆◆◆

 カルラの字は男らしい大胆な字で、性格がよく現れているなぁと思った。
 いやそれよりも気になるのは……
 マカロン様の新作開発成功……!?今すぐに帰らなきゃ!
 ……なんて言っている場合ではないことは私が一番分かっている、けど。

「……もともと美味しいフランボワーズ味のマカロン様にレモンを加えるなんて……なんて業が深いの!カルラってば最高!愛してる!!」

 カルラの便箋からは、わずかにマカロン様の香り(フランボワーズらしきベリー系の香り)が漂ってくる。このクソイケメン野郎、惚れてまうやろ!

 ……なんて冗談はさておき。
 次は……クロー厶読もう。十何話くらいご無沙汰だったからクロー厶が好きって人の為にも早く読んであげなきゃね。

 ◆◆◆

 久しぶり、元気?ボクは元気。
 最近は姫様も元気だし、毒も完全に抜けたから安心して。
 そっちで何してるか分からないけど、頑張って。応援してる。

 ◆◆◆

 何だこの可愛い手紙は……!背の高いクロールからは想像出来ないくらいに可愛い字(めちゃくちゃ丸文字だ。女子かってくらいに)で、しかも内容まで可愛い。文自体は短いが、そこに含まれる想いが重く感じる。

「私が真に愛するべきはクロー厶でした!」

 なんてひとり部屋で叫んでみた。返事はない。
 ……なんてことではなく。
 姫様は今のところ病気を患っている様子じゃないし、毒も抜けたって話だからとりあえず一安心だ。

 さっ次行こ次。
 ちょっと怖いけどドドリー読んでみちゃう??

 ◆◆◆

 こんにちは。お前はそっちで何してる?俺は畑でハーブを育てる毎日だ。あぁ別に、お前が俺のハーブ畑を穢したことに関しては全っ然、全く、これっぽっちも怒ってないからな、安心してくれ!
 カルラとか、ほかの料理人達も毒味役がいなくて寂しそうだから、早く帰ってきてやってくれ。そろそろマカロンで冷蔵庫が溢れる。頼むから帰ってきてくれ。
 まぁ、こっちのことは任せてお前は早く帰ってこれるように頑張れ!

 ◆◆◆

 分かる、分かるぞ……コイツは未だにあの事件(第7話参照)を根に持っている……!食べ物系は地雷だと分かったけれど、まさかここまでとは……末恐ろしい、料理長サマは。……それでも最後に頑張れと応援してくれるあとり、彼の人の良さが窺える。なんかホント、ごめんな。
 それよりなにより、冷蔵庫いっぱいのマカロン様について問いただしたい気持ちがあるが……我慢しておこう。帰った時の楽しみだ。

 さてさてお次は……!

 ◆◆◆

 お久しぶりです。あなたの心に小さな幸せを届けるあなたのシスター、ルーナです。……きっとあなたは大笑いでこれを見ているのでしょうね。やめてください、あたしの趣味ではありません。ヴェロール様に脅されて書かされたんです。
 では、本題に入ろうと思います。
 今回の事件について、教会が本腰を入れて調べてみたところ、あなたは無実であると証明できそうな雰囲気になってきました。ディラスさんや姫様、そしてヴェロール様の証言があったからこそ、それはさらに説得力が増しています。いいご友人を持ちましたね。
 事件については安心していただいて大丈夫そうなので、あなたはそちらで成すべきことを成してからこちらに帰ってきてください。待っています。
 P.S.
 あの時あなたを信じられなくてごめんなさい。あたしはあなたを裏切ってしまった。後悔しています。
 もし許されることなら、あたしはまたあなたと友人のように色恋話やたわいもない話をしたいと思っています。本当に、ごめんなさい。

 ◆◆◆

 ルーナがいい子すぎてしんどい。
 真っ先に抱いた感想はこれだった。
 だって今までの誰より長文を書いてくれて、「また友達のように話したい」とまで言ってくれたのだ。
 ルーナと話すのはとても楽しかったし、こちらの世界での数少ない同世代の友達だ。もう私許しちゃう。……まぁもとからそれほど怒ってはいなかったのだけれど。

 さてさて……残ったのはヴェロールと姫様。
 とりあえずヴェロールのを読むか。姫様のは最後のお楽しみだ。

 ◆◆◆

 お久しぶりです、アイリスさん。元気にしていますか?こちらは目も回るくらい忙しいです。眠る暇もありません。しかも驚くべきことに、どれもこれも全てあなたに関わる問題なんですよ。
 ……なんてことはどうでもいいのです。私めが聞きたいのはただひとつ。
 あなたは、こちらに帰ってくる気はあるのですか?
 もちろん姫様のために帰ってくるだろうとは思っています、しかし。あなたはそちらで第三王子の……ええと、クラジオでしたっけ。その人にメイドとして仕えているそうですね。どういうことでしょう。もしやそちらで永久就職けっこん……なんてことはありませんよね?早急に返事を願います。さもなくば……分かりますよね?
 それでは、私めたちも頃合いを見てそちらに向かう予定です。あなたを助けに行きます。……全く、私めは一体あと何度あなたを助けに行かなければいけないのでしょうね。厄介事に巻き込まれるのはそろそろ勘弁していただきたい。
 それでは、あなたの息災を願っています。

 ◆◆◆

 こっわ、ヴェロールこっわ!手紙越しにでもひしひしと伝わってくるこの威圧感、イライラ感!もしこの感情を面と向かって一身に受けていたら……身震いどころじゃない、多分死ぬ。凍え死ぬ。
 でも、心配してくれているということは分かる。だから私は何も言えないし、反論の余地もないし、そもそもする気もない。
 ここは(一応)しおらしく謝って今後の予定について簡単に書いておこう。永久就職するつもりはありませんよっと。じゃないと怖い、ガチで。

 さてさて最後に残した私のお楽しみ、姫様の手紙を開封するとしますか!

 ◆◆◆

 久しぶりね、アイリス。元気かしら?
 なんだか面倒くさいことになっているようね。クラジオ様のメイドですってね。わたしを差し置いて、よくもまぁぬけぬけとメイドなんてしていられますね。
 わたし、怒っていますからね。次会った時は覚えていなさい。
 それじゃあ、あなたが何事もなく帰ってくることを願っているわ。頑張りなさい。

 あぁ、それからひとつ大事なことを伝え損ねていたわね。
 あなたの周りに、ルーノという男がいるでしょう?クラジオ様の護衛をしている。
 その男は、シスターのルーナの兄よ。

 ◆◆◆

 ひひひ、姫様が私ごときに怒っていらっしゃる……?ヤバいどうしよう……好き。
 だって姫様が私に手紙を送ってくださっただけでも嬉しいのに、いちメイドである私に何かしら(それがたとえ怒りであろうと)思っているというだけで天にも昇る喜びだ。今なら幸せで死ねる。
 ではなく。一番の問題はそこではない。

 ルーノが、ルーナの兄!?
 ルーナの兄が、ルーノ!?

 あんないかつい男とあんな可愛らしい乙女が、兄妹だと!?
 私は信じない、絶対に信じない……!
 でも姫様が言っていることだし、信憑性はかなり高い。
 でも…………
 いいや、あとでルーノに突撃取材しよう。


 ということで私の今日のすべきことは終わってしまった。……読み終わった頃には既に太陽が傾き――どころか完全に沈み、月が天頂にあった。
 クラジオ、ごめん。
 心の中で適当に謝っておき、明日から頑張ろうと決意を新たに私は眠りについた。
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