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第1話 決意
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これは悪い夢なのだと言って欲しかった。
王宮主催の舞踏会会場である大ホールで、わたしが長年恋い慕ってきた男――わたしの騎士であるディラスが、わたしではない女――わたしのメイドであり良き理解者であるアイリスに好意を伝えていたのだ。
これを悪夢と言わず、なんと言うものか。
しかしアイリスは、わたしの心情を知ってか知らずか、伝えられた言葉をあっさりと切り捨てた。
「……お生憎様。わたくし、姫様以外は眼中にありませんので」
と。そしてさらにアイリスは言葉を重ねた。
「わたくしは姫様一筋です。姫様の幸せがわたくしの幸せ。姫様を不幸にしてまで幸福を手にしたいと思うほど飢えてはいませんの」
涙が頬をつたった。
その様子を見て、アイリスは狼狽えていた。そしてディラスににじり寄り、泣かせたのはお前か、と糾弾する。
「……とにかく、オレは姫様を泣かせてない。原因があるとすればアイリスちゃん、キミなんじゃないの?」
「……そ、そうなのですか姫様……わたくしのせいですか……?」
「……えぇ、そうよ。貴女が――」
貴女が、わたしのことを、わたしのことだけを見てくれたから。
そう続けようと口を開きかけたら、アイリスはわたしの言葉に被せて言い募った。
「も、申しわけございませんでした姫様……!何が原因だろうと、わたくしが悪いのならわたくしが責任を負うのが道理ですわ……あぁ、この罪はわたくしが腹を切れば少しは軽くなりますか……?いや、でもダメですわ、それだと姫様の幸せを見届けることが出来ませんもの……」
そんなつもりでアイリスの言葉を肯定したわけではないのに。わたしは、わたし自身に腹が立った。こんなことを言わせてしまい――――そして、アイリスが顔を真っ青にして言い募っているというのに、それすらも喜ばしく思ってしまうわたしに、腹が立った。
「人の話は最後まで聞きなさい!」
わたしの大きな声がホール内に響いた。
わたしらしくないと、自分でも思った。普段なら声を荒らげることなんてないのに。
「わたしは、アイリスのその言葉が嬉しくて、泣いてしまったの!」
「……どの言葉、でしょうか」
「わたしの幸福を願っていると、アイリスがわたしの幸せを見届けると」
「……はい」
「わたし、人からそう素直な感情をぶつけられることは少ないのよ。王女だからよく言われるのだけれど、それは全て本心からのものじゃないの。だから、貴女にそう言ってもらえたのが、すごく嬉しかったの」
そう言って笑うと、アイリスは感極まったように目に涙を浮かべ、腕を広げながらわたし目がけて走ってきた。……が、わたしに飛びついたり抱きしめには来ず、寸前でアイリスの動きが止まった。
開いたままの腕が虚空を漂い、まるで空気を入れ替えるようにアイリスは咳払いをした。
「……ということですので。姫様はわたくしが幸せにします。それ故、貴様に用はございません。姫様は体調が優れないようですので、非常に申し訳ない限りなのですが、お先に失礼させていただきます」
アイリスは矢継ぎ早にそう言い残し、わたしは手を取られてホールを辞した。
その後、わたしたちは大ホールを出て少し歩いたところにある小部屋に辿り着き、中に誰もいないことを確認して中に入った。
入って早々、アイリスはわたしの方を向いて頭を下げた。
「……申し訳ありません、姫様!勝手に姫様を連れ出してしまって……なんとお詫びして良いことか……」
謝らないで欲しい。わたしは助けられた側なのだから。
「いいのよ、あのままあそこにいるのもイヤだったもの。気に病まないでちょうだい」
「っ、ありがとう、ございます……っ!」
わたしはアイリスは……アイリスだけでも、わたしの幸せを願ってくれていると分かった。それに、どうやらアイリスにはわたしの心の在処がバレてしまっているようだ。ならば。
(アイリスのためにも、わたしのためにも、この恋を成就させなくてはいけないわね)
そっと心に誓い、その日はアイリスと別れた。
王宮主催の舞踏会会場である大ホールで、わたしが長年恋い慕ってきた男――わたしの騎士であるディラスが、わたしではない女――わたしのメイドであり良き理解者であるアイリスに好意を伝えていたのだ。
これを悪夢と言わず、なんと言うものか。
しかしアイリスは、わたしの心情を知ってか知らずか、伝えられた言葉をあっさりと切り捨てた。
「……お生憎様。わたくし、姫様以外は眼中にありませんので」
と。そしてさらにアイリスは言葉を重ねた。
「わたくしは姫様一筋です。姫様の幸せがわたくしの幸せ。姫様を不幸にしてまで幸福を手にしたいと思うほど飢えてはいませんの」
涙が頬をつたった。
その様子を見て、アイリスは狼狽えていた。そしてディラスににじり寄り、泣かせたのはお前か、と糾弾する。
「……とにかく、オレは姫様を泣かせてない。原因があるとすればアイリスちゃん、キミなんじゃないの?」
「……そ、そうなのですか姫様……わたくしのせいですか……?」
「……えぇ、そうよ。貴女が――」
貴女が、わたしのことを、わたしのことだけを見てくれたから。
そう続けようと口を開きかけたら、アイリスはわたしの言葉に被せて言い募った。
「も、申しわけございませんでした姫様……!何が原因だろうと、わたくしが悪いのならわたくしが責任を負うのが道理ですわ……あぁ、この罪はわたくしが腹を切れば少しは軽くなりますか……?いや、でもダメですわ、それだと姫様の幸せを見届けることが出来ませんもの……」
そんなつもりでアイリスの言葉を肯定したわけではないのに。わたしは、わたし自身に腹が立った。こんなことを言わせてしまい――――そして、アイリスが顔を真っ青にして言い募っているというのに、それすらも喜ばしく思ってしまうわたしに、腹が立った。
「人の話は最後まで聞きなさい!」
わたしの大きな声がホール内に響いた。
わたしらしくないと、自分でも思った。普段なら声を荒らげることなんてないのに。
「わたしは、アイリスのその言葉が嬉しくて、泣いてしまったの!」
「……どの言葉、でしょうか」
「わたしの幸福を願っていると、アイリスがわたしの幸せを見届けると」
「……はい」
「わたし、人からそう素直な感情をぶつけられることは少ないのよ。王女だからよく言われるのだけれど、それは全て本心からのものじゃないの。だから、貴女にそう言ってもらえたのが、すごく嬉しかったの」
そう言って笑うと、アイリスは感極まったように目に涙を浮かべ、腕を広げながらわたし目がけて走ってきた。……が、わたしに飛びついたり抱きしめには来ず、寸前でアイリスの動きが止まった。
開いたままの腕が虚空を漂い、まるで空気を入れ替えるようにアイリスは咳払いをした。
「……ということですので。姫様はわたくしが幸せにします。それ故、貴様に用はございません。姫様は体調が優れないようですので、非常に申し訳ない限りなのですが、お先に失礼させていただきます」
アイリスは矢継ぎ早にそう言い残し、わたしは手を取られてホールを辞した。
その後、わたしたちは大ホールを出て少し歩いたところにある小部屋に辿り着き、中に誰もいないことを確認して中に入った。
入って早々、アイリスはわたしの方を向いて頭を下げた。
「……申し訳ありません、姫様!勝手に姫様を連れ出してしまって……なんとお詫びして良いことか……」
謝らないで欲しい。わたしは助けられた側なのだから。
「いいのよ、あのままあそこにいるのもイヤだったもの。気に病まないでちょうだい」
「っ、ありがとう、ございます……っ!」
わたしはアイリスは……アイリスだけでも、わたしの幸せを願ってくれていると分かった。それに、どうやらアイリスにはわたしの心の在処がバレてしまっているようだ。ならば。
(アイリスのためにも、わたしのためにも、この恋を成就させなくてはいけないわね)
そっと心に誓い、その日はアイリスと別れた。
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