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雨の日のデート 〜扱いきれない気持ち

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あくる朝、
雨が降った。

軒下の鉢にうわった朝顔の、赤や青の花弁が、
細かい雨に静かに濡れていた。

私は今日も見舞いに行く予定にしていた。
玄関を出て、傘を広げながら濡れる朝顔を眺めた。

高二のとき、雨の日に、
陽也と映画を見たことがある。

本当は同じクラスの友達も誘って、
四人で映画に行くはずだったのに、
友達は待ち合わ場所の公園にいつまで経っても現れなかった。
電話してもつながらない。

陽也と二人で、噴水のそばのベンチに腰かけて、友達を待った。
季節は冬で、空は曇天だった。
天気予報では晴れだったのに。

私は、噴水をぼんやりと眺めていた。
噴水は、じっと眺めているとまるで生き物みたいに見えてくる。 
ドボドボと、ダバダバと、
絶えず形を変えながら水を噴き出している。

陽也はベンチに腰掛けたまま、ポケットに両手を突っ込んで黙っていた。

その時の陽也が、
普段、学校で見るのとは違う、こわばった顔をしていたのを覚えている。

怒っているのでもない、困っているのでもない、見たことのない顔だった。
私と目も合わさないし、ずっと黙りこんでいた。
そして、なぜか頬が赤かった。

「もう帰る?」
と私は尋ねた。

「夏音はそうしたいの?」
私の目を見ないままで、陽也は尋ねる。
なんとなく、否定して欲しがっているような口調に聞こえた。
   
「別に、私は待っててもいいけど」

そう答えた時に、ポツリ、ポツリと雨が降り始めた。

二人して空を見上げた。

「このまま、ここにいたら濡れちゃうね」

その言葉に助け舟を得たように、
陽也はこう言った。

「じゃあ、映画、二人で観に行こうか」

雨の公園を、二人並んで小走りで駆け抜け、映画館に向かった。
途中でコンビニに寄って、ビニール傘を一つ買って、二人で一つの傘をさした。

二つ買っても良かったのだけど、
陽也は傘を一本しか選ばなかったし、
私も「二本買おうよ」とは言わなかった。
なんとなく、そう言いたくなかった。

コンビニを出たとき、
陽也がサッと傘をさして、
ちらりと私を見た。

その視線に、私はドキリとした。

心臓がトクトクと鳴るのを感じながら、
傘の下にスッと入ると、
陽也の肩に私の肩が軽くぶつかって、
二人して頬を赤くして顔を背けた。

その日見た映画は、
アクションものの洋画で、
迫力があって面白かった。

でも、私は映画そのものより、
陽也と一つの傘をさして歩いたことの方が鮮明に覚えている。

それからーー。

その日の夕方、
一緒に映画に行くはずだった友達二人(一人は男子で一人は女子だ)が突然家に尋ねてきた。

「ごめんな」
「私たち、二人して急に予定できちゃって」
私の部屋に入るなり、友達二人は手を合わせてわびる仕草をした。

「も~、それならそれで、早く言ってよ」

「本当にごめん」「悪かったって」

二人は、少しも悪びれていない様子だった。
むしろ、なぜか、表情からも声からも、ウキウキソワソワとした様子が感じられた。

「それで、どうだった?」
と女友達が目を輝かす。

「何が?」

「陽也くんと、二人っきりになってみて」

私は、陽也と二人で映画に行ったことを話した。

友達二人は、
顔を見合わせてにんまりした。

私はなんだか二人にはめられた気がしたが、
傘の下で陽也と並んで歩いたことを思い出し、
ーーまあ、いっかーー、
と思ったのだった。

思い出は不思議だ。
ふとしたきっかけで、次々と思い出される。
軒下に咲く朝顔みたいに、鮮やかな色をして、
みずみずしく、鮮明に。

私は夏の雨の下を、
傘を回しながら歩いた。

兄の具合はどうだろうか。
私は兄を愛している。
最愛の兄。

最愛、という言葉を思い浮かべると、
ふっと陽也の顔が脳裏をよぎる。
私はそれにとまどう。

陽也への気持ちを、私は依然として扱いかねている。
それは、むずがゆく、胸を騒がせる。
奇妙な熱を帯びているし、
私の気持ちをかき乱そうとする。

私は空を見上げた。
雨はきりもなくふってくる。

傘に細かい雨を受ける音がする。
耳に心地よい。
私はそれを聞きながら、傘をクルクルと回した。

もう少し大人になれば、
この気持ちをもっと上手に扱えるのかもしれない。

私はそう思いながら、
〝最愛〟の兄に会うために、
病院へと向かった。


続く~
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