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母親の言葉

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入退院を繰り返す患者さんがいます。

統合失調症の症状が急性増悪した患者さんは、まるで嵐のようです。
本来のその人とは、まったく違うのです。

幻覚•妄想などの症状が激しい場合、
患者さんを中心に、
激しい嵐が吹き荒れます。

家族は、その突風にまともに巻き込まれることになります。

本人は病気であると自覚がないこともあるので、
家族は患者さんを病院に連れて行くにも、
一苦労します。

どうにか説得して病院に連れてきて、
待合や診察室でもなだめ続け、
ようやく入院にたどりつきます。

すべては、患者さん本人の治療のためーー。

しかし、家族は患者さんから恨まれたりすることもあります。

見舞いの際に、
「あんたが病院にほうりこんだんだ!」
と患者さんから怒鳴りつけられ、
泣きながら病棟を出ていった家族もいました。

私が家族を追いかけると、
駐車場の片隅で、
母親がハンカチで顔をぬぐい、
父親が母親の背中をなでていました。

そのような光景を、
今までたくさん見てきたことがあります。

そのような辛い思いをしても、
家族は患者さんに電話で呼ばれれば、
面会にやってきますし、
患者さんから買い物を頼まれれば、
買って病院に持ってきてくれます。

家族だから当たり前だと思っている看護師もいますが、私は非常に感謝しています。

ある日、患者さんの着替えを届けてくれた母親に、
「入院するたびに大変ですね」
と声をかけました。

すると、母親は、何かを思い返すように少し間をおいて、こんなことを言いました。

「大変だと思う時もありますけど、
あの子は、私を、母親に選んで生まれてきてくれたんですから」

私は驚きました。

その言葉と、その時の母親のたたずまいには、
たくさんの苦労と、
たくさんの喜びと、
たくさんの不安と、
たくさんの愛情が凝縮されていました。

一礼して去っていく母親を見送りながら、
言葉にならない思いを感じていました。

家族は、私たち医療者が与えられないものを、
患者に与えてくれます。

あの時の母親の言葉は、
今もなお、私の心に深く刻まれています。
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