【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希

文字の大きさ
上 下
5 / 36
第一部 出立

5話 出来る側近

しおりを挟む
 夜が明けきらないうちに、私は侯爵邸を出た。
 気づかれないように、できる限り音をたてないように静かに移動したので、見送りはない。

 寂しさなんて、全くない。ここの従業員たちはほぼ全員敵に近かったから。
 8歳だった私がここに連れてきたのは、アランとクラリッサの2人だけ。

 メイドのクラリッサは、屋敷のメイドたちに田舎者とイビられて心を疲れさせてしまい、一年で退職してしまった。
 今は、私に戻るはずだった領地で兵士の夫と結婚し、子どもにも恵まれて、幸せに暮らしてると手紙で知らせてくれた。

 新しく雇われたリタは、私よりも雇い主に従うメイドなので、心を許したことはない。
 メイドとしての仕事はよくやってくれていたとは思うけれど、給料分の仕事以上は期待できない人だった。
 リタに何も言わずに出てきたけれど、もう会うこともないだろうし、構わない。

 トランクを両手で持ち上げる。重たいけれど、心に夢と希望が満ちているので、持ちこたえられるはず。

 辻馬車で駅に向かって、汽車に乗る。予定。
 どちらも使ったことがないからうまく乗れるかわからないけれど、やってみないとわからない。
 人に訊ねながら、行ってみましょう。

 ゆっくりと空が白み始める中、足を踏み出す。すると、急にトランクの重さがなくなったのを感じた。瞬間、体のバランスが崩れた。

「きゃあ」
「失礼いたしました」

 ウエストに手を回されて支えられたお陰で転ばずにすんだけれど、耳元で聞こえた男性の声に体が強張った。

「声をお掛けしてからと思ったのですが、あまりにも不安定な歩きかたをなさっておいででしたので」
「ア‥‥‥アラン?」

 顔を向けると、見慣れた側近の顔が近くにあった。アランだとわかって、強張っていた体から力を抜く。

「お持ちいたします」
 トランクを奪われた。

 重さを感じないのか、軽々と自分の荷物と私のトランクを持って歩いて行く、アランの隣に並ぶ。

「どうして? アラン」
「主従関係は終わりと宣告され、首になりましたので、自由意志でやって参りました」

「首までは言っていないわ」
「再雇用して頂けるのですか」

「雇わないわ。もう、そういう関係は終わりにするの」
「左様ですか。では、自由にさせて頂きます」

「好きにすればいいわ。話し方だって、変えていいのよ」
「よろしいのですか」

「ええ。だって、私はもう、貴族でないのですもの」
「‥‥‥いえ、今はまだ、いつもどおりで過ごしましょう。お嬢様と側近で」

「なぜ?」
「明らかに身分が違う服を着ているのに、変な目で見られます」

 言われて気がついた。アランはいつものタキシードではなくて、少しばかりきれいな平民用のスーツを着ていた。
 一方の私は旅行用スーツ、服と色を合わせた緑のグローブ、髪を隠すための大きなつばのある帽子。これでも抑えてきたのだけれど。

 アランはすたすたと歩いて行き、道端に停まっている馬車に近寄った。御者と話をした後、戻ってくる。

「お乗りください」
「え? ええ」

 これが辻馬車なのかしらと思いながら、アランのエスコートで乗り込んだ。

 ふだん貴族学校に向かう際に使う馬車と変わりない快適さで、学校のある方向とは逆の道を進む。

 私は見納めになる街の様子を見つめた。
 白い石造りで、同じ高さで、ベランダの階数も決まっている建物が整然と並んでいる。
 同じ外観だから、お店には絵や文字の書かれた木製の看板が設置されている。早朝だから、どのお店も扉を固く閉ざしていた。

 私はお店で商品を買ったことがない。屋敷に出入りをする商人に用立てもらっていた。緊急で必要な場合は、アランに頼んでいた。
 これからは自分の手と足で、好きな場所に行き、好きな物を買える生活になるはず。不安はあるけれど、期待のほうが大きい。

 駅で停まった馬車から降りて、私たちは駅舎に入る。開業してまだ5年ほどのレンガ造りの駅舎は、身分社会から飛び出そうとする私を祝福してくれるかのように、輝いて見えた。

「こちらをどうぞ」
 アランから渡された白い紙きれを受け取る。紙には文字が書かれていた。ルクディア王国からアノルド国へ。それと番号がいくつか。

「これは何?」
「鉄道切符です。それがないと汽車に乗れません」

「大切な物なのね。どうしてそれが、あなたのスーツの内ポケットから出てくるのかしら?」
「昨日のうちに手配しておきました。アノルド国に向かうと仰せでしたので。あそこに立っている駅員にお見せください」

 言われるがまま、私は駅員とやらに紙きれを見せる。
「ご利用ありがとうございます」と恭しく頭を下げられ、その横を通る。

 黒い車体を光らせた汽車が、二台止まっていた。うちの一台に迷いなくアランは進む。案内された車両は、個室だった。

「発車してから車掌が切符の確認に参りますので、お預かりいたします」
 切符はまたアランの内ポケットに収まった。



 次回⇒6話 私の過去と未来
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

お飾り呼ばわりされた公爵令嬢の本当の価値は

andante
恋愛
婚約者を奪おうとする令嬢からからお飾り扱いだと侮辱される公爵令嬢。 しかし彼女はお飾りではなく、彼女を評価する者もいた。

聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます

香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。 どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。 「私は聖女になりたくてたまらないのに!」 ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。 けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。 ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに…… なんて心配していたのに。 「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」 第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。 本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...