4 / 36
第一部 出立
4話 そして不要と言い渡されて
しおりを挟む
「お養父様、おかえりなさいませ」
挨拶をした私に、執務椅子に座る養父は冷ややかな目を向けた。
養母も同席していて、ソファーで紅茶を飲んでいる。私に一切興味がないようで、見向きもされない。
どちらもお掛けなさいとは言ってくれないので、私は戸口で立ったまま。
「一体、どうなっているのだ」
養父が静かに訊ねてくる。怒りも呆れも、何の感情も込められていない。それなのに、ピリピリした空気が伝わってくる。
「私にもわかりかねます。突然でしたので」
「引き留める努力はしたのか」
「申し訳ございません。驚きのあまり帰ってしまいました。公爵家から何かお達しがございましたか」
「機嫌を損ねたジュスト様を宥めておられるようだが、一度、取りやめにすることになった。謝罪に向かえばなんとかなるかもしれぬが、おまえにその気はあるのか」
鋭い目が私を射貫く。私の決意を見抜いた上で、謝罪に向かえと言っている。
もう覚悟を決めたから。私はこの国を出て行くと。
「ございません」
「そうであろうな。公爵家との縁を持つためにおまえを引き取ったが、まったく使い物にならない娘であったな」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
私は形だけの謝罪を口にした。
養両親には男児しか生まれなかった。婚姻の道具のために私は引き取られ、欠片も愛情を向けられず、ジュスト様と仲良くするようにだけ言われてきた。それができなければここにいる価値がないと言われ‥‥‥。そんな親に子どもが懐くわけがない。
「平民並みの容姿のあなたに用意してあげた、最高の婚姻を自ら壊すなんて。愚かな娘ですこと」
破棄したのはあちらですよ。と養母に言いたいけれど、口答えはできない。またひっぱたかれるのは嫌だから。
「ジュスト様に気に入られ、公爵家に嫁ぐことだけを考えろと言い聞かせてきたわけだが。出来なかったな。どうなるのかわかっているな」
「承知しております」
「ならば、出て行きなさい。今夜一晩だけここに留まることを許す」
「温情に感謝申し上げます。お世話になりました」
頭を下げてから退室しようとして、養父が「ひとつ言い忘れていた」と呼び止めた。
「成人すれば領地を返す約束だったが、手違いがあってな。正式に次男クリストフの領地となった」
「そんな! 酷いです‥‥‥約束が違います!」
瞬間的に、大きな声を出してしまった。
養母が蠅でも見るかのような視線を送ってくる。
成人後、屋敷で今も働いてくれている使用たちと連絡を取って、領地での収入を送ってもらう予定を立てていたのに。
「手続きをした人間が間違えたのだが、もうおまえに戻すことはできないそうだ。すまないな」
すまないな? 思いもしていないくせに。
悔しすぎて言葉にすらできず、歯を食いしばっていると、養母が冷たい声を出した。
「あなたを育てるのにいくらかかっていると思っているのかしら? 厚かましい」
厚かましい? 私を引き取ったとき、遺産を受け取っていると聞いている。だから遺産で服をあつらえ、貴族学校の費用を出していると思っていた。
もしかすると、足りなくて出してくれたのかもしれないけれど。
今も領地から仕送りされていると思っていたけれど、従兄の領地になっているのなら、止まっていると思われる。
領地からの収入を当てにしていたけれど、ないならないで仕方がない。
もとより働かなければと思っていたから、変更なんてしない。
養父母は無一文になった私が泣きつけば、好きに使えると思っているに違いない。王族との繋がりを持つために、遠いとはいえ親戚を利用しようとする人たちだから。
こんな人たちの思いどおりになんて、なるものか。
「承知いたしました。8年間お世話になりました」
私は頭を下げずにそれだけをなんとか絞り出してから、執務室をあとにした。
次回⇒5話 出来る側近
挨拶をした私に、執務椅子に座る養父は冷ややかな目を向けた。
養母も同席していて、ソファーで紅茶を飲んでいる。私に一切興味がないようで、見向きもされない。
どちらもお掛けなさいとは言ってくれないので、私は戸口で立ったまま。
「一体、どうなっているのだ」
養父が静かに訊ねてくる。怒りも呆れも、何の感情も込められていない。それなのに、ピリピリした空気が伝わってくる。
「私にもわかりかねます。突然でしたので」
「引き留める努力はしたのか」
「申し訳ございません。驚きのあまり帰ってしまいました。公爵家から何かお達しがございましたか」
「機嫌を損ねたジュスト様を宥めておられるようだが、一度、取りやめにすることになった。謝罪に向かえばなんとかなるかもしれぬが、おまえにその気はあるのか」
鋭い目が私を射貫く。私の決意を見抜いた上で、謝罪に向かえと言っている。
もう覚悟を決めたから。私はこの国を出て行くと。
「ございません」
「そうであろうな。公爵家との縁を持つためにおまえを引き取ったが、まったく使い物にならない娘であったな」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
私は形だけの謝罪を口にした。
養両親には男児しか生まれなかった。婚姻の道具のために私は引き取られ、欠片も愛情を向けられず、ジュスト様と仲良くするようにだけ言われてきた。それができなければここにいる価値がないと言われ‥‥‥。そんな親に子どもが懐くわけがない。
「平民並みの容姿のあなたに用意してあげた、最高の婚姻を自ら壊すなんて。愚かな娘ですこと」
破棄したのはあちらですよ。と養母に言いたいけれど、口答えはできない。またひっぱたかれるのは嫌だから。
「ジュスト様に気に入られ、公爵家に嫁ぐことだけを考えろと言い聞かせてきたわけだが。出来なかったな。どうなるのかわかっているな」
「承知しております」
「ならば、出て行きなさい。今夜一晩だけここに留まることを許す」
「温情に感謝申し上げます。お世話になりました」
頭を下げてから退室しようとして、養父が「ひとつ言い忘れていた」と呼び止めた。
「成人すれば領地を返す約束だったが、手違いがあってな。正式に次男クリストフの領地となった」
「そんな! 酷いです‥‥‥約束が違います!」
瞬間的に、大きな声を出してしまった。
養母が蠅でも見るかのような視線を送ってくる。
成人後、屋敷で今も働いてくれている使用たちと連絡を取って、領地での収入を送ってもらう予定を立てていたのに。
「手続きをした人間が間違えたのだが、もうおまえに戻すことはできないそうだ。すまないな」
すまないな? 思いもしていないくせに。
悔しすぎて言葉にすらできず、歯を食いしばっていると、養母が冷たい声を出した。
「あなたを育てるのにいくらかかっていると思っているのかしら? 厚かましい」
厚かましい? 私を引き取ったとき、遺産を受け取っていると聞いている。だから遺産で服をあつらえ、貴族学校の費用を出していると思っていた。
もしかすると、足りなくて出してくれたのかもしれないけれど。
今も領地から仕送りされていると思っていたけれど、従兄の領地になっているのなら、止まっていると思われる。
領地からの収入を当てにしていたけれど、ないならないで仕方がない。
もとより働かなければと思っていたから、変更なんてしない。
養父母は無一文になった私が泣きつけば、好きに使えると思っているに違いない。王族との繋がりを持つために、遠いとはいえ親戚を利用しようとする人たちだから。
こんな人たちの思いどおりになんて、なるものか。
「承知いたしました。8年間お世話になりました」
私は頭を下げずにそれだけをなんとか絞り出してから、執務室をあとにした。
次回⇒5話 出来る側近
155
お気に入りに追加
1,769
あなたにおすすめの小説

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福
香木陽灯
恋愛
田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。
しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。
「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」
婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。
婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。
ならば一人で生きていくだけ。
アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。
「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」
初めての一人暮らしを満喫するアリシア。
趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。
「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」
何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。
しかし丁重にお断りした翌日、
「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」
妹までもがやってくる始末。
しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。
「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」
家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます
香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。
どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。
「私は聖女になりたくてたまらないのに!」
ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。
けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。
ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに……
なんて心配していたのに。
「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」
第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。
本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる