29 / 41
29話 天秤
しおりを挟む
パニックになった円花さんが落ち着くまで側で様子を見て、二人で自宅に戻ってきた。
僕の耳鳴りと気分が悪くなったのは一瞬だけで、すぐになんともなくなった。
円花さんから何かの影響を受けたんだろうと推測した。
その円花さんは、パニックからは戻ったけれど、肩を落とし元気がない。
力なく床にぺたりと座りこみ、ぼんやりしている。
そっとしておくのがいいのか、話しかけた方がいいのか。わからない。
ただ、ひとりにしておくのはできなくて、僕は勉強机のイスに座って円花さんを見守った。
しばらく経ってから、円花さんがぽつりと呟いた。
「思い出した‥‥‥よ」
「うん」
「私がトラックに撥ねられた時のこと」
やっぱりそうだった。思い出してショックを受けていたんだ。
「話せる?」
「うん」
「ゆっくりで平気だから」
円花さんが話す内容を、僕はメモに取った。
すべてを聞いてから、僕はあの男の顔を思い出してイラついた。
あいつのせいで円花さんは死んだ。心残りを抱えて幽霊になった。
それなのに、あの男は自分が救急車と警察を呼んだと、鼻の穴を膨らませて、やや興奮気味だった。ドヤ顔を思い出して、腹が立った。
たしか、谷恭也という名前だったな。
妹が同じ年頃だから、他人事に思えないなんて話していたくせに、完全にあの男のせいだった。
トラック運転手よりも、谷恭也と入れ替えたい。
過去を代えるなら、そこから無いことにできないか。
円花さんはつらそうに眉を寄せ、ひとり耐えている。
僕は何もしてやれない。
膝の上に置いていた両手は、円花さんの話を聞いている間に固く握りしめていた。
喰い込む爪の痛さで、沸騰しかけていた頭の熱を少し冷やす。
間違えちゃいけない。一番の目的は円花さんを生き返らせること。そこはブレちゃいけない。
あれこれ欲張って、失敗したら意味がない。欲張らないように、と自分を戒めておく。
原因はわかった。
あの男を、事故の日に円花さんに近づけない。そうすれば、事故をなかったことにできるはずだ。
あの日の僕は何をしていたんだろう。きっと家でボカロを聴いたり、動画を見たりしていたんだろう。過去の自分の体を使って、あの男を見張っておくことしてーー。
もう少し情報が欲しいな。
「円花さん、水族館で家に帰ったって言ってたよね。それで、写真とか遺骨がなかったって」
「うん。目につくところにはなかった」
「ちゃんと見てきてもらうってのは、つらいかな?」
ずっと引っ掛かっていた。新聞での事故の記事は重体と書いていて、死亡とは書かれていない。その後、いつ亡くなったのか。
わかったところで、意味がないかもしれないけど。
「私が事故の後、すぐに死んじゃったのかどうか、知っておいた方がいいってことだよね」
「リスクを回避するのに必要かどうかはわからない。だから、無理にとは言わないよ」
「わかった。行ってくる」
立ち上がろうとする円花さん。
「ああ、今すぐじゃなくても大丈夫だよ。円花さんの気持ちが落ち着いたらで、いいから」
引き留めると、再びすとんと腰を下ろした
「‥‥‥ありがとう。いろいろやろうとしてくれて。私が弱いから、事故と向き合うのが怖いの」
「怖くてあたりまえだよ。僕だって、轢かれてないのに恐怖心が残ってるんだから。無理はしなくていいよ」
力をなくしてしぼんだようだった円花さんが、顔を上げて少しだけ微笑んでみせた。
「ユージくんは、やっぱり優しいね。いざという時に行動力があって、寄り添うこともしてくれる。生きてる時に会いたかったな」
円花さんは、いつも明るくて、ヒマワリみたいな元気な笑顔で、感情表現が豊かで。素直な子なんだと思う。
そんな子が元気をなくして落ち込んでいるのを見ると、何かしてあげたくなる。
やっぱり、怖い思いそのものをなくしてあげたいな。
僕の頭の中で、リスクと円花さんが載った天秤が、不安定に揺れていた。
次回⇒30話 円花さんの真実
僕の耳鳴りと気分が悪くなったのは一瞬だけで、すぐになんともなくなった。
円花さんから何かの影響を受けたんだろうと推測した。
その円花さんは、パニックからは戻ったけれど、肩を落とし元気がない。
力なく床にぺたりと座りこみ、ぼんやりしている。
そっとしておくのがいいのか、話しかけた方がいいのか。わからない。
ただ、ひとりにしておくのはできなくて、僕は勉強机のイスに座って円花さんを見守った。
しばらく経ってから、円花さんがぽつりと呟いた。
「思い出した‥‥‥よ」
「うん」
「私がトラックに撥ねられた時のこと」
やっぱりそうだった。思い出してショックを受けていたんだ。
「話せる?」
「うん」
「ゆっくりで平気だから」
円花さんが話す内容を、僕はメモに取った。
すべてを聞いてから、僕はあの男の顔を思い出してイラついた。
あいつのせいで円花さんは死んだ。心残りを抱えて幽霊になった。
それなのに、あの男は自分が救急車と警察を呼んだと、鼻の穴を膨らませて、やや興奮気味だった。ドヤ顔を思い出して、腹が立った。
たしか、谷恭也という名前だったな。
妹が同じ年頃だから、他人事に思えないなんて話していたくせに、完全にあの男のせいだった。
トラック運転手よりも、谷恭也と入れ替えたい。
過去を代えるなら、そこから無いことにできないか。
円花さんはつらそうに眉を寄せ、ひとり耐えている。
僕は何もしてやれない。
膝の上に置いていた両手は、円花さんの話を聞いている間に固く握りしめていた。
喰い込む爪の痛さで、沸騰しかけていた頭の熱を少し冷やす。
間違えちゃいけない。一番の目的は円花さんを生き返らせること。そこはブレちゃいけない。
あれこれ欲張って、失敗したら意味がない。欲張らないように、と自分を戒めておく。
原因はわかった。
あの男を、事故の日に円花さんに近づけない。そうすれば、事故をなかったことにできるはずだ。
あの日の僕は何をしていたんだろう。きっと家でボカロを聴いたり、動画を見たりしていたんだろう。過去の自分の体を使って、あの男を見張っておくことしてーー。
もう少し情報が欲しいな。
「円花さん、水族館で家に帰ったって言ってたよね。それで、写真とか遺骨がなかったって」
「うん。目につくところにはなかった」
「ちゃんと見てきてもらうってのは、つらいかな?」
ずっと引っ掛かっていた。新聞での事故の記事は重体と書いていて、死亡とは書かれていない。その後、いつ亡くなったのか。
わかったところで、意味がないかもしれないけど。
「私が事故の後、すぐに死んじゃったのかどうか、知っておいた方がいいってことだよね」
「リスクを回避するのに必要かどうかはわからない。だから、無理にとは言わないよ」
「わかった。行ってくる」
立ち上がろうとする円花さん。
「ああ、今すぐじゃなくても大丈夫だよ。円花さんの気持ちが落ち着いたらで、いいから」
引き留めると、再びすとんと腰を下ろした
「‥‥‥ありがとう。いろいろやろうとしてくれて。私が弱いから、事故と向き合うのが怖いの」
「怖くてあたりまえだよ。僕だって、轢かれてないのに恐怖心が残ってるんだから。無理はしなくていいよ」
力をなくしてしぼんだようだった円花さんが、顔を上げて少しだけ微笑んでみせた。
「ユージくんは、やっぱり優しいね。いざという時に行動力があって、寄り添うこともしてくれる。生きてる時に会いたかったな」
円花さんは、いつも明るくて、ヒマワリみたいな元気な笑顔で、感情表現が豊かで。素直な子なんだと思う。
そんな子が元気をなくして落ち込んでいるのを見ると、何かしてあげたくなる。
やっぱり、怖い思いそのものをなくしてあげたいな。
僕の頭の中で、リスクと円花さんが載った天秤が、不安定に揺れていた。
次回⇒30話 円花さんの真実
21
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
サンスポット【完結】
中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。
そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。
この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。
※この物語は、全四章で構成されています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
夏の決意
S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる