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43. 母子手帳

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 千里の体は順調に回復し、安静期間からリハビリ期間に移行した。車椅子でリハビリ室へ向かい、衰えた足の筋肉をつけるリハビリや立ち上がるリハビリを行っている。
 早く帰って店を再開したい、という目標がある千里は力んで頑張ってしまうので、無理をさせないように説得して止めるのが一穂の役割になっていた。

 千里が実母だと判明してから機会をうかがっていた一穂が質問できたのは、産婦人科に行ってから二週間が経った頃だった。

 千里の昼食と一緒に、朋夏が持たせてくれたお弁当を食べ終わり、3時からのリハビリまでの空き時間だった。

「あのさ、十三回忌の日、あたしがほくろの話したの覚えてる? お母さんの腕にほくろがあるって言ったら、花村のお祖母ちゃんにないって否定された時」
「え……ええ。覚えてるけど、どうしたの?」
「千里さんの腕に見つけちゃったんだよね。そのほくろ」

 一穂がゆっくり言うと、千里の瞳が一瞬揺れた。
「ほくろなんて後から増えることもあるのよ。お祖母さんが知らない間に、出来ていたのよ」
 ごまかすように笑みを浮かべた。

「そういうこともあると思うけどさ」
 一穂は掛け布団をさっとめくり、千里の腕を露にした。千里は手首を隠すように手を重ねていた。
「アルバムの写真が千里さんでないなら、そのほくろ隠さなくてもいいじゃん」

 千里は何も言わず、俯いている。
「っていうか、あたし産婦人科に行ってカルテ見せてもらったんだよね。千里さんがあたしの生まれた日に、女の子を出産してるっていうの、知ってるんだ」

 千里がはっとした顔を上げた。
「千里さんが、あたしの本当のお母さん、なんだよね」

 一穂が確信を持った口調で訊ねると、千里は諦めたようにふっと息を吐いた。

「私の部屋に入って右に棚が置いてあるから、一番上の右側の引き出しに母子手帳が入ってるから。明日持ってきてくれる?」
「話してくれるの?」

 千里はこくんと頷いた。
「まさか産婦人科にまで行って突き止めてくるなんて考えもしなかった。知っているのは私たち三人と、花村の祖父母さんだけ。誰にも話さず、墓に持っていくつもりだった。あなたを引き取る時に、源三郎おじさんにすべてを話すように圧をかけられたから、おじさんも知ってる」

「嘘? 源三郎おじさんも知ってたんだ」
「おじさん警察官だったでしょう。嘘やごまかしは通用しなくて。あの人は言葉通り、親戚中から反対されてもわたしたちの味方をしてくれた。唯一頼りにできる人よ」

「うん。知ってる」
 一穂が力強く頷くと、千里は堅かった表情を緩めて、笑みを浮かべた。

「明日、一緒に聞いてもらってもいい?」
「おじさんの都合が合うならね」
「夜に聞いてみるよ」

* * *

 夕方、病院から晧月に戻った一穂は、真っ直ぐ千里の自室に向かった。千里の部屋には一度も入ったことはない。

 一穂の部屋側の壁に、千里の言う棚があった。そっと引き出しを開けると、印鑑や書類の一番上に、『母子健康手帳』と書かれた手のひらサイズの手帳を見つけた。

 千里の名前と一穂の名前、生年月日が書いてある。

『上月一穂』と書かれているのに違和感はあったが、嫌ではなかった。

 ページを捲っていくと、白黒のエコー写真が何枚か出てきた。豆粒ほどだった黒い物体が、大きくなって頭と胴体の区別がついて、足と腕が見えて、はっきりと人だとわかっていく。

 千里のお腹の中にいた自分。
 言葉にならない不思議な感覚がこみあげて、勝手に涙が流れてくる。
 写真が濡れてしまわないように、手帳に大切に戻した。
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