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10.料理教室2 実践編 肉じゃが

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 千里はにんじん、玉ねぎ、メークイーンを用意する。
「野菜?」
「切り方によって火が通りやすくなるし、味の入りが良くなるから、料理によって切り方を変えるの」
「食べやすくするためだと思ってたよ。どんな切り方がどの料理に合うの?」

「玉ねぎから切ろうか。玉ねぎの繊維は頭から根っこに向かってるから、これに沿って平行に切ると繊維が残るのね。シャキシャキした歯ごたえになるから生食向きかな。サラダとかオニオンスライス、マリネとか。でも辛味は残るからお水にさらす方がいいかな。あと触感を残したい時の煮物や野菜炒めもおすすめ」

「歯ごたえ大事なおかずだね」
「で、垂直に切ると繊維が切れるの。柔らかくなって火の入りもよくなる分、煮崩れはしやすくなるわね。辛味は抜ける。ハヤシライスとかスープにおすすめかな。もちろん生も向いてる」

「焼肉とかオニオンリングで使う輪切りは?」
「あれも繊維を断ち切ってるから、早く火が入るのよ」
「なるほどね。みじん切りもそうだね」
「そうそう」

「玉ねぎさ、涙でるでしょ。何とかなんないの?」
「そうねえ。割り箸を咥えたり、口を開けたりして切る方法があるけど」

「嫌だよー。割り箸咥えてるとこ姿旦那とか子供に見られたくない。口あけっぱなしだと、唾出るし」

「だよね。で、簡単な方法、電子レンジでチン」
「チンするの?」

「皮を剥いてラップにくるんでチン。火を入れたくないなら、ラップのまま冷蔵庫に入れて冷やしておく。30分から1時間ぐらい」
「へー。チンは楽でいいね。やってみよう」

「じゃ、次はニンジンね。ニンジンはいろいろ切り方あるから、煮物の場合にしようか。いつも何切りしてる?」
「いちょう切りとか半月切りかな」
「乱切りもおすすめだよ。切った面積が大きくなるから、味がよくしみこむの」
「難しそう」
「肉じゃがとかカレーにおすすめなんだけど。やってみる?」
「そうだね。やってみる」

 朋夏がピーラーで皮を剥き、千里が教える通りに切っていく。
 長年主婦をやっているだけあって、手つきに危なっかしさは全然ない。

「やってみると難しくなかった。存在感あっていいじゃない乱切り」
 朋夏は乱切りを気に入ったらしく、切ったニンジンを手に取り、眺めて喜んでいる。

「次はじゃがいも」
「メークイーンだね。あれ、もしかして、肉じゃが作るの?」
「正解。だから出汁を取るのか聞いたのよ」
「それならそうって言ってくれたら良かったのに」
「家にある材料でさらに美味しくなる方がいいかなと思ってね」
「それもそうだね。よし、じゃあ、美味しい肉じゃが作るぞ」
 朋夏が楽しそうに宣言した。
 
 切ったメークイーンを水にさらしてから、玉ねぎの芯を取る。
「玉ねぎはどっちで切った方がいいの?」
 包丁を入れる直前で朋夏が手を止めた。
「いつもは?」
「繊維と垂直に切ってる」
「いつもと同じでもいいし、違いを試したかったら並行に切ってもいいよ」
「じゃあ、試してみる」
 置いていた玉ねぎを90度方向を変え、くし切りにする。

 野菜を全部切り、豚肉を用意したところで、朋夏はフライパンに火を入れようとした。
「待って待って」
 千里は朋夏の手を抑える。
「え? 炒めるんでしょう」
「炒める人が多いと思うけど、私は炒めない派なの」
「炒めない方法なんてあるの? 炒めるのが常識だと思ってた」
「炒めるとコクが出て美味しいけど、せっかくなら炒めない肉じゃがを試してみない?」
「そうだね。どうするの」

「温めてないフライパンにお水を張って、顆粒だし、醤油、みりん、砂糖を同割で入れて、切った具材と、お肉。豚でも牛でも、どちらでも美味しくできるからお好みで」
 千里の言う通りに朋夏は具材を入れていく。
「お肉はほぐしてね。で火をつけて、中火ね。落し蓋はアルミ箔でもいいし、キッチンペーパーでもいいわよ。必ず真ん中に穴を開けてね。20分ちょっと置いて具材に火をいれます」
 朋夏がキッチンペーパーを被せる。
「出来上がりが楽しみ」

 くつくつと煮込み、20分ほどして千里は火を止めた。
「これで完成?」
 千里は「まだよ」と答える
「味がしみ込んでないから、ここから常温まで放置。煮崩れしちゃうから、冷ましつつ味を入れていくの」
「時間かかるねえ」
 周辺に甘じょっぱい匂いが漂っている。朋夏がすんすんと鼻を鳴らした。

「冷めるの待ってたら夕方になるけど、どうしよっか。この後の工程メモして、自宅に持って帰る?」
 常温になるまで数時間かかる。千里がどうしようかと訊ねる。
「どうせだったら最後まで教えてよ」
「わかった。じゃ、お茶の時間にしようか」
「賛成。クッキーもってきたから、一緒に食べよう」
 二人はキッチンからリビングのソファ―に移動した。

※ ※ ※
 
 話に花を咲かせていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
 日が暮れてきたのに気がつき、千里はキッチンに立った。
 キッチンペーパーを取り除いてから、味見をする。
「朋夏もどうぞ」
 煮汁を飲んだ朋夏は、
「優しい味がする。でもちょっと薄いかも」と呟いた。

「もう一度火をつけて、好みの濃さにしようか」
 朋夏が火をつける。
「煮汁を全体に回しかけたい時は、鍋とかフライパンを斜めにして、そうそう、お玉にすくってかけてね。混ぜちゃうと崩れるから」

「美味しい」
 出来上がった肉じゃがを少量食べた朋夏は、相好を崩した。

「炒めると煮崩れしにくくなって、旨味を閉じ込めるけど、油で覆うことになるから味がしみこみにくくなるの。私が炒めないのは、漏れ出た旨味がしみ込んで返ってくるって感じたからなの。だから残った煮汁まで美味しい。一穂は煮汁をご飯にかけてた。汚いって目くじらたてる人もいると思うけど、野菜や肉の旨味が溶け込んでるんだから、家でなら構わないと思ったの」

「この煮汁、ご飯にかけたら絶対美味しい」
「外ではやらないように言ってね」
 家の中での習慣を外に持ち出すと、不快に感じる人がいる。美味しく食べてもらう事は必須だけど、周囲を不快にさせないようにある程度のマナーを守ることも、料理人として必要だと思っている。

 出来上がった肉じゃがを大きなタッパーに移し替えながら、
「一人で出来そう?」
 と朋夏に訊ねる。
「うん。メモしたし、家族にどっちが好みか訊いてみる」

 日が暮れかけている中、朋夏はタッパーを抱えて帰って行った。
 千里はその背を見送りながら、人に教える事は難しいなと感じていた。







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肉じゃがの作り方を調べてみて、いろいろあることに驚きました。
炒める炒めないが大きな問題でしたが、作者自身は炒めない派なので、千里にも炒めない派になってもらいました。
各ご家庭いろいろ作り方があるので、他の方の作り方を否定するのではなく、試してご自身のお口に合う好みの方法を選んでもらえればいいなあと思いました。

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