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8.料理教室1 基本編 ささしすせそ

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 最初の料理教室は、定休日の第三土曜日になった。
 午前中は漁業組合の朝市があるので、朋夏は出勤。午後二時からスタートした。
 場所は晧月の上、二階のキッチン。

 三階に千里と一穂の自室があるが、今日一穂は出かけて行った。
 どこに行くのか訊ねてはみたが、無言で出て行った。制服ではなかったから学校でないのは確実だろう。

「千里先生、今日はよろしくお願いします」
「先生はやめてよ気持ち悪い」
 朋夏に笑って返す。朋夏も「ごめんごめん」と笑った。

 千里は人に料理を教えた事はない。何から教えればいいのだろう、と数日前から考えていた。
 作りたい料理はあるのか朋夏に訊いてみたが、これといってない、と返ってきた。
 苦手な料理の質問に対しては、天ぷらと返ってきた。べちゃっとしてしまう、からっと揚がらないと。
 それじゃ天ぷらにしようかと提案すると、まずは基本を教えて欲しいとリクエストがきた。

 というわけで、
「さしすせそ、ってわかる?」
 初心者向けになってしまうなと思いながら、料理の基本を訊ねた。
「聞いたことあるけど、砂糖でしょ、し、は醤油?」
「醤油はせ。砂糖、塩、お酢、醤油、味噌、ね」
「そっか、塩だ。そ、は味噌なんだね。ソースかと思った」
 ソースに堪え切れず、千里はぷっと笑ってしまう。

「ソースは、ちょっとおもしろい」
「ソース美味しいじゃない」
「うん、美味しいね。わたしも好きだけど、料理限られてくるでしょ」
「ああ、うん、そうだね」
 朋夏も笑った。

「これはね、調味料を加える順番なの。浸透性の違いとか風味が飛ぶから、っていう理由があるんだけど、簡単に言えば美味しくなる順番ってことね」
「なるほど、美味しくなる順番なら覚えやすいね」
 メモ帳を持ってきていた朋夏がペンを動かす。

「料理酒は入れる?」
「入れるよ」
「料理酒は一番初めに入れるの、砂糖の前ね」
「そうなんだ。どうして」
「臭み取りとか、沁み込みやすくなるから」
「わかった。お酒は砂糖の前、ささしすせそ、だね」

「あとみりんは?」
「もちろん入れるよ」
「本みりんかみりん風味かわかる」
「え? わかんないや。適当に安いの買ってる」

「それなら、たぶんみりん風味だと思う。本みりんはアルコールが原料になってるの。だから料理酒と同じ位置で使うのがいいんだけど、みりん風味はアルコールほぼないから最後に使うの。つやと照りを出すために」
「そうなんだ。知らなかった。帰ったら確認してみるよ。ちなみに味に違いってあるの?」

 うーんと千里は唸る。お店で提供する料理には本みりんを使用している。煮崩れを防ぐ効果と、臭み取りができるから。でも一穂と食べる料理にはみりん風味を使っている。子供が食べる物にはアルコールを使いたくないから。
「正直なところ、わたしはわからない。すごい料理人ならわかるかもだけど」
「じゃあ家庭用ならみりん風味でいいよね。栞里がいるし」
 千里は「そうね」と頷いた。

「次はどうしようか。お出汁引いてみる?」
「山車を曳く? お祭りの?」
 朋夏は身振りつきで不思議そうな顔をする。
 その仕草がおかしくて、千里は声を上げて笑った。

「出汁を取るって意味。ごめんね」
「専門用語わかんないから、難しい言い方しないでよ」
「朋夏かわいい」
「おばちゃんに褒められても嬉しくないし」
 唇を尖らせる朋夏がかわいくて、千里は笑いながら「まだおばちゃんじゃないし」と反論した。
「四十過ぎたらおばさんですう」
「それならあなたもおばちゃんですう」
 朋夏の口真似をして、笑い合った。

「で、お出汁だけど、取ったことある?」
 千里の質問に、朋夏は首を横に振った。
「水炊きの時に昆布つけとくぐらい。味噌汁は顆粒出汁使うしな。晧月で飲ませてくれる味噌汁は出汁取ってるんだよね」
「昆布と鰹節からね」
「美味しいんだけど、家では面倒で。教えてもらってもやらないかもしれない」
「経験として知っておいてもいいし、お出汁は顆粒でも出汁袋でも、美味しいしね。出汁は見送ろうか」
「うん。実践的な事教えてもらっていい?」
「了解。それじゃ……」
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