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51. 事故?

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 初めての場所からの出勤だったけど、7時からの業務に遅れずにお店に着いた。
 電車に乗っている間に胸の高鳴りは治まった。でも、思い出すとまたどきどきしてしまうので、仕事中は俊介さんを思い出さないように意識しないといけなかった。

 なんとかミスなく早番が上がる時間を迎え、俊介さんのいる家に帰ろうとうきうきで店を出る。

「滝川さーん」
 呼ばれて振り返ると、販売部の瀬戸有紗さんが追いかけてきていた。

「一緒に帰りましょう」
 と誘われて、今日は方向が違うんですと答えると、瀬戸さんは興味津々の顔で、

「彼氏さんですか? 同棲始めたんですか?」
 と聞いてきた。

 相変わらずぐいぐいくるなあ、と思いつつ、
「同棲じゃないんですけど、昨日親とケンカして、泊めてもらったんです」
 と正直に答えた。

「親とケンカなんて、あたししょっちゅうですよ。家出は親に負けた気がするんでしないですけど」

 親に負けた気がするから家出をしないという選択があるんだ、と瀬戸さんの考え方に驚いた。
 やっぱり私のやり方は子どもっぽかったかなと、家出に関しては反省しないとだなと思えた。

 早く仲直りしたほうがいいと思うけど、昨日の今日では早い気もする。だけど、明日から母は仕事で、私とは休みが合わない。じっくり時間をかけて話す時間がない。
 今日は俊介さんの家に帰ろう。

 途中までは瀬戸さんと一緒。
 改札を通って階段を下りる。

 瀬戸さんには「彼氏さんの写真見せてくださいよ」と、顔を合わせるたびに、挨拶のように言われるんだけど、恥ずかしくてまだ見せていない。
 それに瀬戸さんが周防荘兼を知っていたらと思うと、見せないほうがいいのかなと思っていた。

「弟ともよくケンカするんですよ。中二で反抗期真っ只中なんで、うざいんですよ」
「瀬戸さんはきょうだいがいるんですね。私ひとりっ子だから、羨ましいです」
「あたしはひとりっ子に憧れますね。総取りじゃないですか」

 瀬戸さんと話しながら下りていると、肩に何かが当たる気配がした。

 と思った瞬間、私の体はバランスを崩していた。

 残り十段ほどの階段を飛ばし、ホームが眼前に迫った。

「滝川さん!」

 体に激痛が走り、痛みのあまり、一瞬息が止まる。
 呼吸はすぐに戻ったけど、左肩と両膝がとてつもなく痛い。

「滝川さん! 大丈夫ですか?!」
 瀬戸さんが駆けつけてくれる。
 返事をしたいけど、痛みのせいで言葉にならない。

「駅員さんを呼んでください!」
 瀬戸さんが周囲に助けを求めて声を上げてくれた。
 私は起き上がろうとしたけれど、体が痛すぎて思い通りに動かせなかった。

「動かないほうがいいです。カバン取ってきますね」
 瀬戸さんは私を制してから、タタっと走っていった。手から離れた私のカバンを取りに行って持ってきてくれた。

「滝川さん、電話です。彼氏さんじゃないですか?」
 スマホがカバンから飛び出していたようで、スマホを持って画面を見せてくれる。俊介さんの自撮り写真が表示されている。

 周防荘兼だとバレなきゃいいなと、私は見当違いのことを考えていた。

「出ます?」

 瀬戸さんに訊かれて、首を振った。
「あとで、メッセージ、送るから」

「わかりました。駅員さんが来たんで、あたし説明してきますね」

 私は痛みに耐えながら、今日は俊介さん家には行けないなと、残念な気持ちでいっぱいになっていた。

 私は生まれて初めて救急車に乗り、搬送先の病院でレントゲンを撮ってもらった。
 幸い骨には異常がなくて、打撲だけで済んだ。

 付き添ってくれた瀬戸さんは、お店に連絡してくれて、お店から母に連絡がいった。
 険しい顔つきで現れた母に、勝手をしたからと叱られるかと思っていたけど、

「無事でよかった」
 言った瞬間、大粒の涙を流した。

 母の様子を見て、胸がずきんと痛んだ。
 母には私しかいないのに、たくさん心配をかけてしまった。

「ごめんなさい」
「あなたに何かあったら、お母さんは生きていけない」

 こんなことを言われてしまったら、私だって泣いてしまう。
 病院のロビーで、私たちは抱き合ってわんわん泣いた。

 受付番号が呼ばれて、母が精算と薬をもらいにそばを離れたタイミングで現れたのは、

「彩綺さん!」
「俊介さん?」

 一番現れるはずのない人の姿を見て驚きのあまり、私の涙がぴたりと止まる。

「どうして、ここに?」
「瀬戸さんが教えてくれました。体は大丈夫ですか?」

 ケガの具合と通院はあるけれど自宅療養だと説明すると、俊介さんは安心したのか床に膝をついた。

「良かった。階段から落下したと聞いて、居ても立っても居られず」

「何度も電話があったから、心配するだろうなと思って、話しちゃいました。勝手にすみません」

 申し訳なさそうな顔の瀬戸さんから、カバンを受け取る。
 俊介さんの体の事情を知らない瀬戸さんを責められない。

「お店から、連絡が来ると思います。明日からのシフトのこととか」
「わかりました。付き添ってくれて、ありがとうございました」
「いいえ。早く治るといいですね。それじゃ」

 もう一度お礼を言って、瀬戸さんの背中を見送った。

「俊介さん、大丈夫なんですか。夕方とはいえ、まだ紫外線量は高いですよね」

 体の心配をすると、俊介さんは私の隣に座った。気にしないでくださいと微笑む。

「車で来ていますから、送っていきます」
「でも」

「心配しないで、大丈夫ですよ。例の手紙の件、お母様にもちゃんと伝えますから」
「はい」

 この間の真っ赤な湿疹を思い出すと、俊介さんの体が心配になる。だけど、駆けつけてくれたことが嬉しくて、心がとても温かった。

 戻ってきた母は、俊介さんを見て驚いていたけど、話を聞いて、頭を下げた。

 車で送ってくれるという俊介さんに甘えて立ち上がろうとした時、すみませんと声をかけられた。

 三人とも振り返ると、警察官の制服を着た男女二人が立っていた。

「駅から通報がありました。階段から落下した原因が突き飛ばされたかもしれないと目撃された方からの情報提供がありましたので、お話を伺いたいのですが」

「突き飛ばされたの!?」
 母が悲鳴のような声を上げた。


   次回⇒52. 深刻な事態
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