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10. 恋の自覚

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 彼の姿が窓から見えない場所に行ってしまうと、私は胸を押さえて腰を下ろした。
 深い呼吸をして、心を落ち着けようとしてみる。

 自分でも、はっきりと自覚した。
 私は、彼に恋をしている。

 性格も、趣味も、何も知らないのに。
 知っていることは、顔と、植物と本がお好きなのと、来るたびに注文する飲み物が変わるということぐらい。

 清潔感が漂っているから、美意識がもしかすると高いのかも。
 唇の血色が良いのは、やっぱり薄いメイクをしているのかもしれない。

 彼のことをもっと知りたい。でも話しかけるには勇気を奮い立たせないといけない。
 気持ちがせめぎあっている。

 いつも彼が植物園にかける時間は20分ほど。
 長いのか短いのかわからないその時間を、私はどきどきしながら待った。

 しばらく経って、植物園側のドアが開く。
 彼が顔を覗かせた。そして今日も、端の席に座る。

 タイミングを見て、注文を伺いに行く。手足が震える。
「お、お決まりで、しょうか?」
 いつもしていることなのに、喉が締まって声が出づらい。

「日本茶と和菓子のセットをお願いします」
 甘くて柔らかく、中世的な声も魅力的――。

「あの、大丈夫ですか?」
「はっ! はい!」

 目も耳も幸せで、うっとりしすぎた。
 
 私は慌てて、「お待ちくださいませ」と頭を下げて、キッチンに逃げ込んだ。

 どきどきが治まらない。今のは走ったからだよ。いやいや、たった5.6歩で?

 脳みそがぐちゃぐちゃで、混乱している。
 落ち着け、落ち着け私。

 そっと彼の様子を覗き見ると、もう本を開いていた。挙動不審だった私のことなんて、忘れている。
 ええー、少しは気にして欲しい。

 寂しさを感じつつも、ずっと眺めていてはいけないことを思い出し、顔を引っ込めた。

 和菓子セットのお菓子は、お煎餅と手作りの生どら焼き。お煎餅はお得意様から仕入れているけれど、どら焼きは私が作らないといけない。

 今まで彼からは飲み物の注文しか承ったことがないのに、今日はおやつ付き。しかも私が作る。

 緊張するけれど、これはチャンスでもある。美味しいどら焼きを作って印象付けよう。

 生地は美鈴さんが今朝作ってくれたから、私は焼いてあんことバターを挟むだけ。

 銅板を温めて、焼きすぎないように注意して――。
 それにお茶の準備も必要。

 私は細心の注意を払い、集中力を総動員して、コテのタイミングを見計らい、生地を焼き上げた。


   次回⇒11. 彼の名前
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