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第五話 櫻木陽美 ~出逢い~

ピアノ

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 もうまもなく一時間。
 ユリさんは他人の目線がある中で一生懸命弾いている。
 最初に抱いていた緊張感は、今は落ち着いていた。
 隣にいる柚羽さんと、背後で見守っている大人たちのお陰だろう。

 ユリさんの記憶の奥底に残っている、陽美さんとの思い出はごくわずか。
 二・三歳という年齢では致し方ない。
 赤ちゃんの頃から月一回でピアノを聴いていたから、その思い出が色濃く残っているのだろう。
 一家揃ってばあばのピアノを聴く時間が楽しかったようだ。

 最後の記憶は悲しみに包まれていた。陽美さんの葬儀が終わってからの記憶だ。
 幼な過ぎて死をまだ理解できなかったユリさんは、遺族が泣き崩れ、お別れをした中、葬儀が何なのかわかっていなかった。

 ばあばに会いたい、ばあばのピアノを聴きたい。
 我儘を言ってみても泣いてみてもいい子にしてみても、サンタさんに神様に願ってみても会えない。
 母は泣いてしまい、父は困った顔をする。日々を経て、家族が泣いてお別れをしていた意味を理解していき、寂しさと悲しさを募らせた。

 私がピアノ生三度目の引っ越しをする時、ユリさん一人だけが反対をしてくれた。
 ピアノがユリさんにとってばあばの象徴なのだろう、泣きじゃくり嫌々をしていた。

「ピアノを見たらみんな寂しくなっちゃうから、ユリもお別れしようね」
 と説得をしたのは璃子さんだが、その声は震えていた。

 ピアノの引っ越し業者さんが来る前に、一馬氏は私を布で拭いてくれた。
 ありがとうありがとうと繰り返した。
 いつまでも陽美さんとここにいたい、だが悲しみが深すぎて生きることがつらくなる。手放したくない。でも手放さざるを得ない。

 どうにもならない二律背反を抱えながら、丁寧に丁寧に拭いてお別れをしてくれた。
 一家がこの場所に足を運んでくれたのは初めてだった。
 柚羽ちゃんが駅にあるピアノを弾いたとユリさんに伝え、ユリさんがばあばのピアノの行方を璃子さんに訊ね、今日の来訪となったようだ。
 彼らの悲しみの深さから、もうこの家族に会う機会はないと思っていた。私は一家が勇気を出して足を運んでくれたことに感謝したい。
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