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第一話 冴木 柚羽 ~目覚め~
夏休み
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夏休みに入ってからも学童に通った。
パパの勤め先はショッピングモールでの子供服エリアの担当。
土日のお休みはたまにしか取れないけど、平日にお休みがある。ママは百貨店やショッピングモールで礼服やドレスを販売している会社で営業をしている。日曜日と平日の一日どこかがお休み。
夏休みの学童は朝からになる。パパかママがいる日はお休みができた。
その日は小川くんと顔を合わせなくてすんでほっとした。
小川くんからの意地悪は、毎日じゃないけど続いていた。
ペンケースに入れていたはずの鉛筆が一本少ないような気がしていたら翌日戻っていたり、消しゴムが細かく切られていたり、履いてきたサンダルが砂だらけになっていたり。
大きく騒ぐほどじゃないけど、さかむけが少しずつ広がっていくような嫌な気持ちになる出来事が起こって、ついため息をついてしまう。学童が終わる六時にお祖母ちゃんが迎えに来てくれるのを心待ちにしていた。
夏休み最後の日。お迎えの時間に少し遅れると、お祖母ちゃんから学校に連絡があったと、学童の先生から知らされた。
さようならと帰っていくみんなを見送って、教室の窓を開けて正門を眺めて待っていた。
子供たちがいなくなると学校は静かだった。セミの鳴き声以外聞こえてこない。
明日から新学期が始まるなあ。また意地悪されるのかなあ。学童の間は人の目があるから、意地悪はあまりされなかったけど。
明日からの学校生活を考えて不安になっていると、空から音が降ってきた。
キラキラと輝く丸い光が雪みたいに舞い落ちてくるように、可視化された音符が見えた気がした。
セミの音量より低いのに、セミよりもよく聴こえる。
音楽の時間に先生が伴奏をしてくれるから、ピアノの音を聴くのは初めてじゃない。
なのに先生の弾く音色とは違う。温かい流水に身体が包みこまれていくような、優しくて暖かい音色。
誰が弾いているんだろう。先生かな。すっごく上手。ずっと聴いていたい。もっと近くで聴きたい。
学童の教室を抜け出して、音楽室に向かった。邪魔をしないつもりで、窓からこっそり中を覗く。
同い年か一・二歳上に見える女の子が、鍵盤の前に座っていた。
ノースリーブのワンピースに麦わら帽子。ユズより少し長い髪をひとつにくくっている。夏らしい恰好だった。
真っ白のワンピースがドレスに見えて、なんだかピアノの発表会を見ている気分になった。
今は別の曲を弾いていた。さっきの曲をもう一度聴きたかった。
音を立てないように音楽室の扉を開いて、身を滑り込ませる。机に隠れてゆっくりと頭を出した。
女の子の斜め後ろの位置から、演奏する姿を見つめる。
鍵盤の上をなめらかに両手の指が動き、音を紡ぐ。嵐のように激しく力強く弾いていると、思わずこぶしを握ってしまう。力が抜けてやわらかい音に切り替わると、ユズの力も抜けて、深呼吸をするように深く息をついた。
惚れ惚れして、聴き入ってしまう。女の子の演奏から目も耳も離せなくなるほどとても惹かれた。
曲が終わった。つい拍手をしてしまった。拍手をしないではいられなかった。心から感動したことを表したくなった。
勢いよく振り返った女の子は、びっくりしたような顔をしていたけど、頬にぷくっとえくぼを作って微笑んで「ありがとう」と言った。
パパの勤め先はショッピングモールでの子供服エリアの担当。
土日のお休みはたまにしか取れないけど、平日にお休みがある。ママは百貨店やショッピングモールで礼服やドレスを販売している会社で営業をしている。日曜日と平日の一日どこかがお休み。
夏休みの学童は朝からになる。パパかママがいる日はお休みができた。
その日は小川くんと顔を合わせなくてすんでほっとした。
小川くんからの意地悪は、毎日じゃないけど続いていた。
ペンケースに入れていたはずの鉛筆が一本少ないような気がしていたら翌日戻っていたり、消しゴムが細かく切られていたり、履いてきたサンダルが砂だらけになっていたり。
大きく騒ぐほどじゃないけど、さかむけが少しずつ広がっていくような嫌な気持ちになる出来事が起こって、ついため息をついてしまう。学童が終わる六時にお祖母ちゃんが迎えに来てくれるのを心待ちにしていた。
夏休み最後の日。お迎えの時間に少し遅れると、お祖母ちゃんから学校に連絡があったと、学童の先生から知らされた。
さようならと帰っていくみんなを見送って、教室の窓を開けて正門を眺めて待っていた。
子供たちがいなくなると学校は静かだった。セミの鳴き声以外聞こえてこない。
明日から新学期が始まるなあ。また意地悪されるのかなあ。学童の間は人の目があるから、意地悪はあまりされなかったけど。
明日からの学校生活を考えて不安になっていると、空から音が降ってきた。
キラキラと輝く丸い光が雪みたいに舞い落ちてくるように、可視化された音符が見えた気がした。
セミの音量より低いのに、セミよりもよく聴こえる。
音楽の時間に先生が伴奏をしてくれるから、ピアノの音を聴くのは初めてじゃない。
なのに先生の弾く音色とは違う。温かい流水に身体が包みこまれていくような、優しくて暖かい音色。
誰が弾いているんだろう。先生かな。すっごく上手。ずっと聴いていたい。もっと近くで聴きたい。
学童の教室を抜け出して、音楽室に向かった。邪魔をしないつもりで、窓からこっそり中を覗く。
同い年か一・二歳上に見える女の子が、鍵盤の前に座っていた。
ノースリーブのワンピースに麦わら帽子。ユズより少し長い髪をひとつにくくっている。夏らしい恰好だった。
真っ白のワンピースがドレスに見えて、なんだかピアノの発表会を見ている気分になった。
今は別の曲を弾いていた。さっきの曲をもう一度聴きたかった。
音を立てないように音楽室の扉を開いて、身を滑り込ませる。机に隠れてゆっくりと頭を出した。
女の子の斜め後ろの位置から、演奏する姿を見つめる。
鍵盤の上をなめらかに両手の指が動き、音を紡ぐ。嵐のように激しく力強く弾いていると、思わずこぶしを握ってしまう。力が抜けてやわらかい音に切り替わると、ユズの力も抜けて、深呼吸をするように深く息をついた。
惚れ惚れして、聴き入ってしまう。女の子の演奏から目も耳も離せなくなるほどとても惹かれた。
曲が終わった。つい拍手をしてしまった。拍手をしないではいられなかった。心から感動したことを表したくなった。
勢いよく振り返った女の子は、びっくりしたような顔をしていたけど、頬にぷくっとえくぼを作って微笑んで「ありがとう」と言った。
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