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第二部 海野汐里

33 汐里の祈り

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 麻帆が体の主導権を取り戻すと、私が麻帆の体を動かすのはできなくなった。
 少し残念ではあるけれど、これが本来の形。
 今までどおり、麻帆をサポートすることに変わりない。私のいる場所が、頭の中になっただけ。幽霊の姿には戻らなかった。

 どちらでも大して変わらない印象だから、どっちでもよかった。麻帆が怖れていたように、突然消えてしまう可能性もあったかもだから、残れたことに感謝している。

 GWに私のせいで麻帆は指を切ったけれど、数日で治り、かつら剥きを練習すると言って、指サックをつけて、包丁を持った。
 麻帆にはやっぱりセンスがあった。私よりもコツをつかむのが上手だった。
 私が一カ月かかって10センチもいかなかったのが、麻帆は数日で15センチまで進んだ。薄さも私より上。
 途中で切れてすごく悔しがっていたから、きっとすぐに上達するだろう。

 入れ替わりに気がついていない両親に変に思われないように、落ち着いて会話をするように麻帆に言い聞かせた。
 なかなか難しいようで、ときどきママに変な顔をされている。

 遅くに帰ってきたパパに相談しているのをこっそり聞いた。
 パパは「本来の麻帆が戻ってきたってことじゃないのか」とのんびり答えていた。
 パパの本心なのか、ママの不安を和らげるために言ったのか。真意はわからない。

 麻帆の件がトラウマになっているのは確実だから、長女として慰めたい寄り添いたいと思うけれど、どうすることもできない。
 これ以上麻帆のことで心配をかけないように、麻帆を支えてやることしかできない。

 GW明け、私が麻帆の体を動かしている間、麻帆も頭の中から教室を見ていたお陰で、ためらいなくクラスに溶け込んでいった。
 無邪気な麻帆にクラスメイトたちが少し違和感を持つような顔をしていたのは、私がうまく麻帆を演じられていなかったせいだろう。
 
 でも、誰にも「いつもと違う」などと言われることもなく、受け入れてもらえた。
 実習のスキルが各段に上手くなり、褒められるようになった時には、「GWに武者修行をした」と麻帆が答えて、クラスメイトの笑いを誘った。

 麻帆は調理科に転科して、正解だった。
 実習はとても楽しそうに受けているし、座学は栄養学や衛生学など多少大変だけど、頑張っている。食にまつわる大切な事とわかっているからだろう、集中力も続いている。看護科の勉強をしている時とはずいぶん違う。

 一年生から通わせてやりたかった。
 でも姉妹で手を合わせて乗り越えてきているんだから、過ぎた事より、今二人で頑張れている事を褒めようと思う。
 二人三脚でこのまま麻帆を見守ってやれればな。せめて独り立ちできるまで。
 私は麻帆の頭の中で手を合わせて、神様にそっと祈った。
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