【完結】二度目のお別れまであと・・・

衿乃 光希

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第二部 海野汐里

30 ママの愛情

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「あら、食感いいじゃない。味はちょっと薄いけど」
「塩を入れて茹でると、食感が良くなるんだって。味は基本を覚えなさいって。学校で食べた時より、染みてるよ」

 夕食の席、肉じゃがと鯖の塩焼き、学校で作ったキュウリの酢の物を食べている。
 学校で何を作ったの? とママからメッセージが届いて知らせていたから、それに合うご飯を作ってくれた。

「これが基本なんだ。我が家のご飯は味が濃いのかもね」
 ママは小気味いい音を立てて、キュウリを咀嚼そしゃくしている。

 我が家の料理は味が濃い、とは今まで思ったことがなかった。でも学校で作ったキュウリの酢の物を食べていると、肉じゃがの味が濃く感じられた。

「ママは、どうやって料理を覚えたの? お祖母ちゃんに教えてもらったの?」

 お祖母ちゃんのご飯は、血圧を気にして味が薄めだった。高齢者独特の味付けだと思っていたけど、体のためだけじゃなくて、味覚にもいいのかもしれない。

「ママは、結婚するまでほとんどしなかったの。結婚したら出来るようになると思ってたのよね。バカだったわ」
「急に出来るようになるわけないよ」
「ほんとにそう。お祖母ちゃんから料理の本をもらったり、テレビの料理番組録画しておいたり。仕事の方が楽だなって思いながら、勉強したのよ」

 キッチンには、背表紙が三センチほどの、分厚くて年季の入った本がある。あれはお祖母ちゃんの物だったんだ。

「ママって結婚したの、何歳だったの?」
「26。汐里が生まれたのが28の時。で、四年後にあなた」

 ちらっとこっちを見て、微笑んだ。

「26で結婚って、早い方なの?」
「当時は25歳が結婚適齢期って言われてたのよ」

「25で? 大卒だと、まだ社会人三年だよ。早くない? 歯科衛生士は、何年で卒業?」
「今は三年か四年だけど、ママたちの頃は二年。20歳で卒業して、一回で国家試験通った」

「すごい。じゃあ、六年働いてたんだ。それくらいならちょうどいいかなって、気がする。ねえ、どうして歯科衛生士だったの?」
「医療人に憧れてたの。白衣姿がかっこよくって」

「看護師とか、お医者さんじゃなかった理由は?」
「血がね。あんまり見たくないなって。でも衛生士も血を見るけどね。抜歯とか、歯槽膿漏で。もう慣れたけど」

「辞めたいって思ったことなかった? 学校とか職場で」
「あるわよ。しょっちゅう」

 しょっちゅう、というワードに驚いて、箸が止まる。

「そんなに頻繁にあるんだ」
「かっこ悪いから、あんまり言いたくないけど、親だって人間だからね。嫌なことがあったら、逃げたいって思っちゃう時もあるわよ。でもね、子供たちがいるから頑張れるの」

「責任から?」
「もちろん責任もあるけど、それ以上に、お金のことで苦労させたくないから、かな。留学したいって言ったらさせてあげたいし、医学部に入りたいって言ったら塾通い。国公立に落ちたら授業料の高い私学でしょ。パパだけのお給料だと、余裕がないから、ママも頑張らないとってね」

「ママは凄いね。パパもだけど。私たちのために頑張ってくれてるんだね」
「子供の成長だけが楽しみだから。麻帆には厳しいこと言っちゃったって、後悔したのよ。もっと話を聞いて、麻帆の置かれた状況をわかってあげないといけなかったなって。あんなにつらい思いは、もうたくさん」

 ママは首を振る。

 私の事故の一年後に、麻帆が同じ海で。
 たくさん心配かけてごめんねって言おうとしたけれど、言葉が出なかった。
 ごめんねの言葉だけでは軽すぎると感じるほどに、私たちへの母の想いを知ったから。

 わかってはいた。両親の愛情を。
 わかっていながら、私たちは甘えていた。両親の愛情に。

 私も悪かった。
 でも、私は謝った。

 張本人が、まだ謝っていない。
 頭の中で引きこもっている麻帆にわかってもらわないといけない。
 それが私の役目。

 ねえ麻帆。起きてるのはわかってるんだよ。
 夕飯を食べだしてから気がついた。麻帆が起きたことに。
 頭の中に話しかけたら、麻帆が縮こまったのを感じた。

「今日の実習、楽しかった?」
 ママは空気を変えるように、明るい声を出す。

「知らない事がたくさんあって、戸惑いもあったけど。楽しかったよ」
 だから私も、努めて明るく応じた。

「無理はしないでいいからね。思い詰めちゃうほどなら、逃げてもいい。逃げた先に。また苦労があると思うけど、きっとなんとかなるから。麻帆は、運の強い子だから」

 ママからのエールを、麻帆はわかっているのかな。
「うん。もうしない。もっとちゃんと話すから」
 麻帆の代わりに、私がママに約束しておいた。
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