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第二部 海野汐里

15 助かったけれど

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 ここは、どこ?
 まぶしくて、何度か瞬きをする。明るさに慣れた頃、目を凝らした。
 白い天井。カーテンレールが見える。
 かすかに消毒液の匂いが鼻に届いた。
 病院だと、すぐに気がついた。
 助かったんだ。

「麻帆、気がついたんだな」
「良かった。良かったあ」

 視界にパパとママが入った。
 二人とも目が真っ赤。泣き腫らし、鼻をすすりあげている。

「ごめ‥‥‥なさ‥‥‥」
 喉がうまく動かない。
「話さなくて、いいのよ」
 ママが優しく頭を撫でてくれる。

「麻帆、すまなかった。ここまで追い詰められているのに気づいてやれなくて。厳しいことを言ったな」
 パパだけのせいじゃないのに、謝ってくれることが申し訳なくて、でも声が出なくて、首を横に振ることしかできなかった。

 自転車を追いかけてきた両親によって、海から救助された。
 意識はあったものの、救急搬送されて処置を受けた。
 病室に運ばれて眠りにつき、目が覚めたのは、翌日の夕方。

 五日間入院して、後遺症もなく退院できたものの、両親は過剰と思えるほどの気を遣っていた。
 わからないでもない。私がいたら、きっと両親以上に麻帆にくっついて離れなかっただろうから。

 今、麻帆は眠っている。体ではなく、意識が。
 頭の片隅で、胎児のように丸くなって眠っている姿をイメージしている。

 麻帆の肉体を動かしているのは、汐里しおりである私。

 海に入っていこうとする麻帆を、なんとかして止めようと何度も何度も手を伸ばした。
「お姉ちゃんが、麻帆として生きなよ」と麻帆が叫んだ。
 麻帆の目に映った自分の姿が見えた瞬間、視界が反転した。

 軽いめまいがして、気持ちが悪くなった。
 全身が鉛を着たように重くなった。
 頭から波をかぶり、水中に引きずり込まれそうになり、慌ててはダメと自分に言い聞かせて、顔を水面に出した。

 海で溺れた時は浮いて、救助が来るのを待つ。
 学校で習ったことが役に立った。
 人は、水の中では98%沈んでしまう。しかし2%は浮く事ができる。
 その2%を腕に使ってはいけない。

 体の力を抜いて、手足を広げて仰向けになる。
 夜の海だから、救助は来ないかもしれない。けれど、可能性はある。
 両親が麻帆の外出に気づいていた。私たちの自転車には、父がGPSをつけているから、追いかけているかもしれない。

 麻帆の体を生かす。海の藻屑になんてさせない。絶対に。
 幸い沖には流されていなかった。
 去年、私が麻帆を助けに行った時は、離岸流に乗ってしまったから、それを危惧していたのだけれど。
 まもなくやってきた両親に見つけられた。

 両親は当然ながら、汐里の意識が入っているとは思いもしていない。
 私が幽霊になって帰ってきていることにも、気づいていなかったから。
 気づいてもらえないことは寂しかったけれど、それも仕方のないこととすぐに諦めた。

 どうして麻帆にだけ視えていたのかは、私にもわからない。
 麻帆が生み出した、イマジナリーな存在なのかもと思いもしたけれど、それでも構わないと思っていた。麻帆の助けになるのなら、ずっと側にいて見守ろうと思っていた。

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