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番外編 猫のいる街 1997

13. 誠二郎 11

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廃屋から公園を突っ切り、商店街をひた走り、いくつかの角を曲がって我が家に辿り着く。
するりと庭に入り込み、木陰で子猫を下ろした。
「珠。わしがあとの二匹も連れてくる。珠はここでチビたちと待っておれ」
「しかし」
「しかしもかかしもあるか。ここにチビだけ残していくわけにはいかんだろう。わしでは面倒見れんしな」
珠はわしの顔をじっと見つめていたが、
「承知しました。お願いいたします」
珠は頷いた。不承不承ながらも、といったところか。
珠とリンを今生の別れにさせないようにしてやらんとな。
来た道を戻りながら、見かけた猫に建物の取り壊しを告げ、近寄らないようにと警告しておいた。そして噂を広めるようにお願いしておいた。どこまで効果があるかわからないが、何もしないよりはましであろう。
廃墟に戻り、一匹を咥えて再び我が家へ戻り、珠の傍に下ろすとすぐに引き返した。
珠は何か言いたそうであったが、わしを見るだけで何も言わなかった。
リンを連れてきて欲しいのであろう。わしにもわかっておるわ。
公園に戻ってくると、人の姿がやたらと目についた。Tシャツ短パン姿であったり、マラソンの途中のような服装の者もいて、猫に餌をやろうとしている。役所や業者の類ではないとは思うが、油断はできぬな。
横目に見ながら、建物に入る。リンは動かず同じ所にいた。
わしの姿を見止めると、最後に残った一匹を差し出すように身体を動かした。
「リン殿。人が増えておる。一緒に来ぬか」
リンは無言であった。
「また来る」
短く告げると、最後のチビを咥え、リンの元を離れた。
家に戻ったわしの後ろにリンが来ていないことを見て取った珠は、落胆した様子を見せたが、気分を変えるように「殿のご帰還ぞ」と子猫たちに声をかけた。
待っていた三匹がいっせいにわしに群がってくる。足元をうろちょろしたり、這い上がろうと爪を立ててきたり、わしの身体はすべるから爪を経てることができずに滑っていくだけだが。
実に可愛いらしい。この幼い命をなんとしても守りたい。できれば野良ではなく、家猫として、生涯を愛されて過ごして欲しいと心から願う。
それは、もちとん珠に対してもそうだし、リンや他の野良たちに対してもそう思う。
一時は野良の生活も良いかもと思ったこともあったが、やはり、野良の生活は過酷過ぎるな。70年以上も前とは比べものにならんほど豊かになった分、危険も増しておる。
毎日飯にありつくのも難しく、道には車が行き交い、住処を探して流浪の日々。
安心を得られるのならば、多少の自由と引き換える価値はあるのではないかと思うのだが、それはわしのエゴだろうか。
猫の中にも自由を選択する者もおるだろうの。
それに人の中には酷い者もいるから、絶対にと言えぬことが、かつては人であった身として情けなく思う。
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