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一度でいいから――伊部瀬 麻理(享年25歳)

14. 麻理 5

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もうダメ。
つらすぎて、いられない。
二人から離れられなくなるよ。
一度抱ければいいって思ってたけど、一回じゃ足りない。足りないよ。
もっともっとって求めちゃう。
「…りちゃ……」
それに赤ちゃんのぬくもりが感じられないなんて思わなかった。
この身体じゃあたしのぬくもりも赤ちゃんに伝わらないよ。
「麻理ちゃん」
あたし? 誰か呼んでる?
病院の出入り口で足を止めて振り返った先に、その人が、いた。
「ママ」
大きく息を乱したママが、必死にあたしを追いかけてきていた。
急いで取って返してママを支え、二人で待合の長椅子に腰をかけた。
「光ちゃんに付き添わなくてもいいの? あたしなら待ってるから大丈夫だよ」
「あちらのお母さんも来られてるから、私がいないくらい平気よ。
それより、本当に麻理ちゃんなの?」
「そうだよ、ママ。ママはわかってくれるんだね」
「そりゃそうよ。だって小学生のときのまんまの麻理ちゃんなんだもの」
「嬉しい。ね、ママ。いつわかったの?」
「わりと最初からよ」
「最初からって?」
「柱に隠れた女の子がずっと光次さんと巧くんを見てるなって思ってたの」
「そんなに最初から」
めっちゃ怪しい人だね、あたし。
「もちろんよく似た子だなって程度だったわよ。でも、途中からはばればれだったけど」
あ、そうだったんだ。なんか恥ずかしいな。
「光ちゃん気づいたかな」
「あなた、口癖あるの自分で知ってた?」
「口癖?」
「そうよ。『頑張ってね。だけど、頑張りすぎないでね』って。ママが風邪ひいてパートに行こうとしてたときにも、言ってくれたのよ。今光次さんにも」
「言ったね。言っちゃったね。無意識だわ」
「それまでの会話でも気づかれそうだったけどね。ちゃんと話したら?」
「いや、でも気味悪がられたら嫌だから」
「そんなことないと思うけど。光次さん、あなたが病室にいる間ずっと手を繋いで話していたのよ。赤ちゃんの様子とか、二人が結婚する前のこととか。
麻理ちゃんの回復を信じてたわ」
あたしも話したい。たくさん、たくさん。だけど、
「離れられなくなっちゃうの。ずっと傍にいたくなるの。気持ちにふんぎりがつかないの。もっともっとって求めちゃう。あたしはもう死んじゃってるのに」
ママはあたしの手を包むように握ってくれる。
あたしも子供にそうやってあげたかった。
ママにもらった愛情を、子供にもたくさん注いであげたかった。
「ママ。先に逝っちゃってごめんね」
「なに……言ってんの。あなたは」
ママの声に嗚咽が混じる。
ママの手の温もりは感じられないけれど、心がしっかり覚えてる。
あたしを育ててくれた、見守ってくれた温もりを。
「ママ、身体は大丈夫なの? 調子の悪いところはない?」
「え? ないわ。そりゃ年だもの、肩こりとか足のむくみは酷いけど、健康よ」
「それじゃ、巧をよろしくね。あたしの代わりに、ママの温もりを巧にあげて。本来巧が感じるはずだったママの温もりはこんなだったんだよって」
「麻理ちゃん」
「あたしは巧を自分の腕で抱きたかった。たった一度でよかったのに、この身体だと温もりは感じとれなかった。巧にはそんな思いをして欲しくないの」
「わかったわ。光次さんと、伊部瀬のお母さんと一緒に、立派な子に育てるわね。
だけどね、麻理ちゃん、この写真見て」
ママが手を離し、鞄から数枚の写真を取り出して渡してくれた。
「これって……」
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