上 下
48 / 93
一度でいいから――伊部瀬 麻理(享年25歳)

9. 麻理 2の続き

しおりを挟む
出産の途中で意識を失って、気がついたら病院のベッドにいた。
横になっているあたしを身内が取り囲んで泣いていて。
その光景を、あたしは自分の身体からじゃなくて、みんなの後ろから見ていた。
ベッドにいたのは身体だけ。
声を上げても、触れようとしても、誰にも気づいてもらえなくて。
パパもママも光ちゃんも。
お義父さんもお義母さんも。
お義兄さんもお義姉さんも。陽依ちゃんも舞依ちゃんも。
誰にも気づいてもらえないまま、抜け殻になったあたしの身体は伊部瀬の家の和室に運ばれ、安置された。
翌日に通夜で、あたしは自分の通夜とお葬式をこの目で見ることになってしまった。
麻美は二日間とも最初から最後までずっと泣きっぱなしで、身体中の水分が全部出ちゃうんじゃないかなってあたしが心配になるほど。
棺の中はみんなが添えてくれたお花とピグレットの人形でいっぱいになった。
一番つらかったのは、火葬のときだったな。
焼かれたらもう戻れない。気持ち悪がられてもいいから身体に戻ろうともがいたけれど、結局戻ることはできなくて。
自分の身体が骨と灰になるのを見てしまった。
さすがに火葬の瞬間までは見なかったけど。きつかったな。
火葬待ちの間、あたしはみんなの傍にいた。
パパの身体がいつもより小さく見えた。
ママの涙は止むことがなかった。
光ちゃんは火葬場の外にいた。煙草を吸いに行ったのかと思っていたら、空を見上げて煙突から上がる煙をずっと見ていた。
あたしも光ちゃんの傍で、自分の身体から出た煙を見つめた。
もう戻れない。この世界にあたしの居場所はなくなったんだって。
遺骨はママにどうしてもと願って分骨され、伊部瀬家とはなぶさ家、両方に持ち帰られた。
翌日、病院に預けていた巧を光ちゃんとお義母さんが迎えに行き、あたしが抜けて赤ちゃんが加わった新居での生活が始まった。
しおりを挟む

処理中です...