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最期の贈り物――橘 修(享年55歳)

8. 修 3の続き

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夕刻、伸次が疲れた顔で帰ってきた。
伸次に声をかけられるまで全く動くことのなかった貴子が、ようやく体を動かした。
「おかえりなさい」と言い、差し出されもしないのに伸次が提げていた俺の鞄を奪うように取る。
されるがままの伸次は、戸惑うような表情で貴子の背中を見つめた後、ネクタイを外しながら溜め息をついて顔を背けた。
貴子が伸次に話しかけている。
内容はとりとめのないことばかりで、伸次にしてみれば本当にどうでもいいことだった。
長い付き合いの俺ならばどう返してやればいいのかわかっているが、伸次にはわからない。だから相槌もない。
聞いているのかいないのかわからない伸次の反応に、貴子が振り返り、「お父さん、疲れているのね。今日は先にお風呂にしましょうか。沸かしてきますね」と居間から出て行った。
突然父親を亡くし、母親の態度に手を焼いている。
伸次の困り果てた心中が手に取るようにわかった。
苦労をかけることになってしまって申し訳ないと思う。
しかし謝罪すら今の俺ではしてやれない。
言われるがまま風呂に入り、出された夕飯を食べ、伸次はソファーに横になった。
テレビのチャンネルを適当に回しているが、見る気などないのは、疲れた顔からすぐにわかる。
このままソファーで寝てしまうのではないかと心配になったが、自分で気がつき、起き上がると二階の自室に向かった。
貴子が心細げな顔で伸次を見送っている。いや、貴子の中ではあれは私か。
しばらく続くようなら、などと悠長なことを考えている場合ではないのかもしれないが、病院に連れて行きたくても、この身ではどうしてやることもできない。
歯痒かった。
ああしてやりたい、こうしてやりたいと思うのに、実体がないばかりに何もしてやれない。
生きていたときは、幽霊の存在など信じてもいなかったのに、いざ自分が幽霊となってさまようことになってみれば、うちの家族が霊感のある体質なら良かったのに、と勝手なことを願ってしまう。
幽霊を信じていなかったのと同等に、霊媒師や霊感のある人のことも信じていなかったが、今はそういう人に頼るしか方法がないのかもしれない。
あてなどなかったが、ともかく街に出て、自分の姿に目を止めてくれる人を探してみることにした。
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