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一度でいいから――伊部瀬 麻理(享年25歳)

5. 麻理 1の続き

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あ、マンションが見えてきた。
空からでも意外とわかるもんだね。地図も見てないのに。
ただいま。
扉をすり抜けると、当然だけど、中は真っ暗。
夏場なら夜が明けてくる時間だけど、真冬の今は日が昇るのはもう少し後ね。
廊下の左に洋間、右にお風呂場とトイレ。リビングと和室は奥だけど、暗くたってぶつかる心配はないから平気。
赤ちゃんはいつもお義母さんと和室で寝ていたから、今夜もいつも通りのはず。
私の赤ちゃーん……あれ! いない? どうして。どうしていないの。
家、間違えてないよね。
二人で選んだ家具もあるし、結婚式の写真だって飾ってあるもの。
間違えてない、間違えてない。
あ、もしかして手前の部屋かしら。
今日は彼と一緒に寝てるのかも。きっとそうよ。
隣、隣。いない。
っていうか、彼もいないじゃない。
実家かしら。
そうよ、お義母さんが連れて帰ったのよ。
真冬に新生児を連れて外に出るなんてよっぽどのことよね。
何かあったのかしら。
義実家に行かなきゃ。
ここから歩いて15分ぐらいだから、今のあたしならすぐよね。
義実家は昔からこの辺りの土地で代々暮らしていて、地域との繋がりが根深い。
隣近所との関係が密接で、地域全体が親戚かと思うほど。
あたしには、なんだか敷居の高い家という感じがした。
ううん。義実家だけじゃない。
地域自体が入りづらかった。不義理なことなんてしてないんだけど。
物理的に閉鎖されているわけじゃないのに、ロープに引っかかるような変な感じがして。
気がついたときには、入り口のお地蔵さんにお邪魔しますと、小さく呟くようになっていた。
眼下のお地蔵さんを目にして、今日もやっぱり唱えてしまう。
習慣化するほど、頻繁に来ていたわけじゃないのね。
あ、でも、今の存在はある意味近いのかもしれない。
人には見えない、いるのかいないのかわからない、不可思議な存在としては。
じゃあ、礼儀としては間違ってないのかな。
鶏がコケコケ鳴いている以外は寝静まっている家々を抜け、地域の奥まった所にある義実家の壁をすり抜ける。
ここの家は広いから、すべての部屋を知っているわけじゃないけど、いるとしたら一階の和室か、二階の彼の部屋かしら。
あ、いたいた。よかった。
和室の端に布団を敷いて、お義母さんと並んで眠っていた。
小さなお口がむにゅむにゅ動いてる。
ミルクをもらった後なのかも。かわいいな。
彼とじゃないのがちょっと不満だけど、二・三時間ごとにミルクをあげるんだもん、仕事のある彼には無理ね。
育休は二週間だけ取ってくれたけど、あたしのお葬式や諸々の届け出とかでバタバタしてたから、赤ちゃんのお世話をしてくれたのは結局お義母さんで。
自分の子供だってわかっているのか、ちょっと心配。
彼の寝顔も見てこよう。 
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