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一度でいいから――伊部瀬 麻理(享年25歳)
4.麻理 1
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お爺さんがいなくなると、なんか寂しいな。
やることもないし。
寝られればいいんだけど、眠くないのよね。
幽霊の活動時間帯だもんね。当たり前か。
この身体って、出入り自由なのかしら。
入れるんだもの、出られるわよね。あ、出られた。
ならあの子のところに行こう。
今は寝てるだろうけど、ずっと見ていられるし。
案外便利よね。この身体って。
疲れないし、寒さも感じないし。
すり抜けられるし、こうやって空だって飛べちゃう。
触れられないのが欠点だけど。
あ、触れないからこそ、すり抜けができるんだ。
自分の意思で触るか、すり抜けるか選べたらいいのにな。
やだ。女の人の悲鳴が聞こえた。さっきの男の人じゃなかったらいいんだけど。
お爺さんの言うとおり、彼には彼の、あたしにはあたしの事情があるんだから、気にしない気にしない。あの子のところに急ごう。
新居には去年の9月に引っ越したばかりで、半年ほどしか住めなかった。
2LDKで一部屋が和室、カウンターキッチンのおしゃれな台所が気に入って、ここに決めた。
お義母さんには子供が生まれたらすぐに手狭になるんだから、もうちょっと広い所にすればいいのに、とか言われたけど。
なんならうちに来てもいいのよ。って軽く同居を匂わされたりもした。
彼が断ってくれたし、お義兄さん夫婦が一緒に住んでいるから、それ以上は言われなかったけど。
ほんとは実家の近くに住みたかった。
あたしは一人っ子だから。
パパもママも今は元気だけど、将来はあたしが面倒をみるのは当たり前だから。
なのに、先に逝っちゃうなんてね。思いもしなかったな。
出産が命賭けっていうのはわかってはいたけど、どこか他人事だったんだろうな。
普通に出産して、普通に子育てして。
彼とたまに喧嘩もしつつ、ちゃんと仲直りして、二人目三人目ができて。
大きなことなんて望んでなかった。普通の生活が送れれば幸せだと思っていたのに。
神様、意地悪すぎるよ。あたしの命を奪わないでよ。
なんの取り柄もない平凡なあたしなんて連れていったって、何にも得することないのに。
勉強も運動も芸術もまるでだめ。
人付き合いも苦手。
好きなことは一人で裁縫をすること。
お母さんがミシンで服を作ったりセーターを編んだりすることが好きだから、いろいろ教えてもらった。だけど、あたしは服を作るよりも、ぬいぐるみやビーズアクセを作ることが好き。
料理人のお父さんの影響かお料理も好き。
だけど裁縫も料理も趣味程度で、仕事にしようとは思わなかった。
世の中には好きなことを仕事にしたいって人が多いと思うけど、あたしは逆。
だって仕事ってつらいことも多いじゃない。好きなことがつらくなるなんてあたしは耐えられない。
好きなものはとことん好きでいたい。
極めなくていい。自己満足で充分。
だから、こんなあたしが傍に行ったって、神様の特になるようなこともないのに。
どうしてあたしなんだろう。
なんか悪いことしたのかなあ。
あ、マンションが見えてきた。
やることもないし。
寝られればいいんだけど、眠くないのよね。
幽霊の活動時間帯だもんね。当たり前か。
この身体って、出入り自由なのかしら。
入れるんだもの、出られるわよね。あ、出られた。
ならあの子のところに行こう。
今は寝てるだろうけど、ずっと見ていられるし。
案外便利よね。この身体って。
疲れないし、寒さも感じないし。
すり抜けられるし、こうやって空だって飛べちゃう。
触れられないのが欠点だけど。
あ、触れないからこそ、すり抜けができるんだ。
自分の意思で触るか、すり抜けるか選べたらいいのにな。
やだ。女の人の悲鳴が聞こえた。さっきの男の人じゃなかったらいいんだけど。
お爺さんの言うとおり、彼には彼の、あたしにはあたしの事情があるんだから、気にしない気にしない。あの子のところに急ごう。
新居には去年の9月に引っ越したばかりで、半年ほどしか住めなかった。
2LDKで一部屋が和室、カウンターキッチンのおしゃれな台所が気に入って、ここに決めた。
お義母さんには子供が生まれたらすぐに手狭になるんだから、もうちょっと広い所にすればいいのに、とか言われたけど。
なんならうちに来てもいいのよ。って軽く同居を匂わされたりもした。
彼が断ってくれたし、お義兄さん夫婦が一緒に住んでいるから、それ以上は言われなかったけど。
ほんとは実家の近くに住みたかった。
あたしは一人っ子だから。
パパもママも今は元気だけど、将来はあたしが面倒をみるのは当たり前だから。
なのに、先に逝っちゃうなんてね。思いもしなかったな。
出産が命賭けっていうのはわかってはいたけど、どこか他人事だったんだろうな。
普通に出産して、普通に子育てして。
彼とたまに喧嘩もしつつ、ちゃんと仲直りして、二人目三人目ができて。
大きなことなんて望んでなかった。普通の生活が送れれば幸せだと思っていたのに。
神様、意地悪すぎるよ。あたしの命を奪わないでよ。
なんの取り柄もない平凡なあたしなんて連れていったって、何にも得することないのに。
勉強も運動も芸術もまるでだめ。
人付き合いも苦手。
好きなことは一人で裁縫をすること。
お母さんがミシンで服を作ったりセーターを編んだりすることが好きだから、いろいろ教えてもらった。だけど、あたしは服を作るよりも、ぬいぐるみやビーズアクセを作ることが好き。
料理人のお父さんの影響かお料理も好き。
だけど裁縫も料理も趣味程度で、仕事にしようとは思わなかった。
世の中には好きなことを仕事にしたいって人が多いと思うけど、あたしは逆。
だって仕事ってつらいことも多いじゃない。好きなことがつらくなるなんてあたしは耐えられない。
好きなものはとことん好きでいたい。
極めなくていい。自己満足で充分。
だから、こんなあたしが傍に行ったって、神様の特になるようなこともないのに。
どうしてあたしなんだろう。
なんか悪いことしたのかなあ。
あ、マンションが見えてきた。
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