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ボクの願いは――大辻 翔(享年11歳)

14.翔 8

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その夜は、お母さんの提案で夜通し起きていることにした。
三人でアルバムを見返すことにしたんだ。
お父さんお母さんのアルバムを最初に見せてもらった。
二人の小さい頃の写真は実家に置きっぱなしになってたから、最初の写真は二人の遊園地デートの様子だった。
お母さんが20歳で、お父さんが22歳。二人にも若いときがあったんだなって思うとなんだか不思議な感じがした。若いときや子供のときがあって当たり前なんだけど、ボクにとって二人はお父さんとお母さんだから、想像ができないんだよね。
二人は二年間お付き合いをして、結婚して、すぐにボクができた。
エコーっていう写真を指差したお母さんに、これが翔よって言われた。真っ黒い穴みたいなところに白い物体が写ってたけど、小さくてよくわからなかった。
お母さんのお腹が大きくなっていくと、エコーの白い物体も大きくなっていて、赤ちゃんだとはっきりわかるほど成長していた。これがボクだなんて。
そして9月3日、ボクは生まれた。疲れ切っているお母さんの隣で、まるでお猿さんみたいなボクが小さな口を開けて泣いている。
生後三日、たくさん並んだ新生児用ベッドの中ですやすやと眠っている。
看護師さんたちに囲まれた退院記念の一枚。
ミルクを飲んできたり、お風呂で気持ちよさそうにしていたり。
1月、立派な鯛と一緒に。
2月、寝返りをうとうとしているところ。
3月、よちよちと床を這いながら、カメラに手を伸ばした瞬間。
5月、勇ましい鎧兜の隣に座るボク。
6月、離乳食を自分で食べようと手も口の周りもべたべたになって笑っている顔。
9月、1歳の誕生日。
11月、お母さんに抱っこしてもらって、赤や黄に色づいた葉に触っている。
12月、サンタ帽を被ったボクと、トナカイの耳をつけたお父さん。
1月、お正月。両方のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんたちとの家族写真。
2月、鬼のお面を被ったお父さんを見て号泣しているボク。
4月、暖かそうな日差しの下で、桜と一緒に。
5月、どこかの川沿い。ボクの後ろにはたくさんの鯉のぼりが泳いでいる。
どの写真もとっても幸せそう。
2歳、ボクはベッドに横たわっていた。背を向けた看護師さんが写りこんでいる。
カメラを見ているボクの顔は弱々しい。
それからの二年間、ボクはずっとパジャマ姿だった。
病室だったり、車椅子を押されての散歩だったり。
入院している子たちとパーティをしていたり、何かを作っていたりしているけれど、笑顔の顔は全然なくて、カメラを睨みつけているものもあった。
撮影の枚数も減っていた。
4歳になって、やっと笑顔の写真が戻ってきた。
自宅でバースデーケーキを前に満面の笑みを浮かべているもの。
生クリームを口の端につけて、夢中でケーキを頬張っている姿。
小さな花を左手に握って散歩をする背中。
サンタ帽をかぶって白ひげをつけ、カメラに向かってケーキを差し出している。
お正月。着物をきせてもらって初詣。
節分のお面をかぶった父親から逃げるように、カメラに向かってくるボク。
どれも今にも動き出しそうなほど生き生きとしている。
4月、幼稚園の入園式。
制服だった紺のジャケットと膝上丈のズボンを着て、名前を書いたブルーのネームワッペンをつけててる。真ん中のボクはお父さんとお母さんと手を繋いで、みんなで笑ってた。
だけど、続きの写真はまたも病室に戻っていた。
二度目の手術とメモされている。
ベッドに横たわったまま、お父さんと拳を合わせている。反対側のベッドサイドにお母さんの上半身が写っていた。ボクの頬に手を添えて覗き込んでいる。お母さんの頬はこけて、目の下は隈ができている。
ボクはこのまま体調が戻らなくて、結局幼稚園には通えなかった。
だけど先生がすごく良い人で、幼稚園で催しごとがあったら事前にお知らせをしてくれたり、写真を見せに来てくれた。
いつか通えるようになるかもしれないって、夢をもって治療に挑めたんだ。ま、ダメだったんだけど。
先生は特別に病室でボクだけの卒園式をしてくれた。
パジャマの上から制服のジャケットを着て、胸に白い花をつけてもらった。卒業証書をくれて、家族みんなで写真を撮った。
ボクとお父さんお母さんと、四人のお祖父ちゃんお祖母ちゃんが揃った病室での写真は、全員とびきりの笑顔だった。
そのまま体調は改善されなかったから、小学校の入学式も出席できなかった。だからボクは院内学級で授業を受けることになった。
院内学級で友達がたくさんできた。みんな病気だから、パジャマ登校だし、帽子を被っている子もいる。学年もばらばらだから個人授業みたいな感じだったけど、病室にいるよりずっと楽しかった。
誰かの誕生日がある月は誕生パーティをしたり、クリスマスは歌を唄った。先生がサンタさんのコスプレをしてプレゼントを配ってくれた年もあった。
みんなで教室を飾るものを工作したり、先生や看護師さんに教えてもらって折り紙を折ったり。
ボクが小さすぎて覚えていないことを二人から聞いたり、お父さんが覚えていないことをお母さんが覚えていたり、その逆もあったり。僕も病室での卒園式以降の記憶が残ってる。
お父さんお母さんと、たくさんたくさん思い出話をした。
アルバムの続きに、今回の旅行の写真を貼った。ちゃんとボクが写っていた。
今週旅行に連れて行ってもらったけど、なんだか今晩が一番の楽しい日だったような気がした。
明け方、新聞がポストに投げ込まれる音がした。
「ちょっと眠くなってきた気がする」
戻ってきてから感じた事のないだるさがあった。
ボクたちは布団を敷いて、並んで横になった。
右にお父さん、左にお母さんと手を繋ぐ。
今まで感じなかったのに、今夜は二人の体温を感じた。ぽかぽかして、まるで冬の陽だまりにいるみたいだ。あったかい。身体の芯から温まってくる。とてもとても幸せな気分だった。
そうして、ボクは眠りについた。
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