上 下
6 / 157
第一部

6 いなくなったイレーネ

しおりを挟む
 目覚めたとき、とても気分が良かった。

 胸がどきどきして、自然と笑みが零れた。ぺらぺらの布団が厚手の毛布になったかのように、頬に当たる感触が気持ちいい。いつもはイラつく隣で眠る男の寝言にすら、笑う余裕があった。

 きっと素敵な夢を見たからだ。

 夢の中の生活が現実だったら、毎日こんなに幸福な気持ちで朝を迎えられるのだろうか。

 レーヴェはうーんと伸びをして、勢いよく起き上がった。今日は仕事が楽しく出来そうだ。

 鶏小屋に向かうため台所の裏口を開けて外に出ようとして、レーヴェは立ち止まった。

 仲間たちがのろのろと起き始めている。どんなに目をこらしても、その中にやはりイレーネはいなかった。

 楽しかった気分が一転した。

 なぜだかわからないけれど、胸騒ぎがする。

 鶏小屋に向かうはずだった足を反対側へ向け、屋敷内に入り込んだ。

 裸足の生活のせいで固くなった足の裏に、絨毯はあり得ないほどの心地良さを伝えてくる。芝生のふわふわした感触に似た、けれどちくちくと刺してくるような感じは全くなくて、動物のようなぬくもりはあるけれどもっと柔らかくて。

 元は何かの動物の毛だったのだろうが、廊下一面に敷き詰められ真っ赤に染められた絨毯には、元の面影は微塵もない。

 滅多に歩けないこの絨毯の感触が、レーヴェはとても好きだった。

 しかし今日はそれを味わっている場合ではなかった。

 使用人の男が前方の扉から出てくるのを見つけ、

「ねえ! イレーネは?」

 呼び止めた。

 振り返った男がレーヴェの姿を見つけると、表情を一変させた。もともと愛想の良い男ではないが、鬼のような形相で近寄ってきてレーヴェの頭を拳骨で殴った。

「おまえは裸足で何をやってる! ここに来るときは靴を使えと何回も言ってるだろうが! さっさと掃除しろ!」

 怒鳴りつけられ、頭も痛かったが、どうでもよかった。

「イレーネが帰ってきてないんだ。何かあったの?」

「イレーネ? ああ、デチーナのことか。それなら地下室だ」

「地下室!? どうしたの?」

「ああん、知らねえよ。それより早く掃除しろ。また殴られたいのか。あ、こら! どこに行きやがる!」

 男の話の途中でレーヴェは身を翻した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...