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第三部 最終話
34 葛藤(ロマーリオ目線)
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「痛てっ」
すかし彫りの練習中、小刀が滑り、指先を軽く切った。じんわりと痛む指先を咥えると鉄の臭いがした。
ったく。修行したてのガキじゃねえんだからよ。
八年も修行をしているのに、いまさら指を切るなんて。未熟な自分に腹が立つ。
リュート製作に向き合っているときぐらい雑念を追い払いたいのに、近頃集中ができないでいる。
原因はわかっている。もう十日もイレーネの顔を見ていない。今まで五日も置かず、会いに行っていたのに。
イレーネを口説こうとしていた男は、あれ以来現れていないだろうか。
いろいろ気になって仕方がないのに、足が向かない。
迎えに行ったあの日、通りに止まっている馬車の荷台で誰かに話しかけているイレーネを見つけた。フードが取れて頭部が露になった。ディーノだった。
ディーノが帰ってきた。
それはとても嬉しいことのはずなのに、素直に喜べない自分がいた。
ディーノが帰ってくるまで、イレーネは自分が守る。そう決めてロマーリオは見守ってきた。
自分に勝ち目がないのはわかっていた。だってイレーネはいつもディーノを目で追っていたから。
それなのに、あいつはイレーネを置いて突然出て行った。
イレーネはずっと寂しい顔をしていた。無理して笑っているのがバレバレれで、見ているロマーリオもつらかった。
あいつがそんなに想われている事に嫉妬もした。ロマーリオだってイレーネを想って興奮した夜があったのに。
けれど、すぐに修行に出たから、つらそうなイレーネは見ずにすんだ。あの時はそれがかえって良かったと思った。片想いを終わらせられるかもしれないと。
けれど、一年して帰省したときにイレーネに会って、ロマーリオは自分の気持ちを再確認することになってしまった。
久しぶりに会えることにそわそわしてしまって、にやつきそうになる表情を隠すのに必死になった。会ったら会ったで、緊張するし、心臓がどくどく激しいし、以前のように振る舞おうと思っていたのに、どんなふうに接していたっけ? と頭が真っ白になるし。気持ちを整理するのが、すごく大変だった。
でも、おかげで覚悟ができたのだ。イレーネが幸せになるまで守るという決心がついた。
実際にディーノが帰ってきて、イレーネの喜ぶ姿を見たときは、かなりの衝撃を受けた。それはロマーリオ自身も驚くほどだった。
もう自分の役目は終わった。
気持ちにけりをつける時がきたんだ。
切なさと寂しさと、気持ちを伝えることもできなかった後悔と情けなさと、自分に向けた怒りの感情もあった。
お酒を呑んだところでどうにもならないことがわかっているのに、つい酒に頼ってしまう。毎日しこたま呑んで、ぐでんぐでんに酔っ払って、二日酔いで仕事に行って親方に怒られて。
ついこの間ようやく酒断ちをしたのに、今度はイレーネの顔がチラついて集中できない。
ディーノの顔を見に行こう。一発でも殴ればすっきりするかもしれないしな。
そう思うのに、やっぱり怖気づいてしまって、近いうちにと逃げてしまった。
すかし彫りの練習中、小刀が滑り、指先を軽く切った。じんわりと痛む指先を咥えると鉄の臭いがした。
ったく。修行したてのガキじゃねえんだからよ。
八年も修行をしているのに、いまさら指を切るなんて。未熟な自分に腹が立つ。
リュート製作に向き合っているときぐらい雑念を追い払いたいのに、近頃集中ができないでいる。
原因はわかっている。もう十日もイレーネの顔を見ていない。今まで五日も置かず、会いに行っていたのに。
イレーネを口説こうとしていた男は、あれ以来現れていないだろうか。
いろいろ気になって仕方がないのに、足が向かない。
迎えに行ったあの日、通りに止まっている馬車の荷台で誰かに話しかけているイレーネを見つけた。フードが取れて頭部が露になった。ディーノだった。
ディーノが帰ってきた。
それはとても嬉しいことのはずなのに、素直に喜べない自分がいた。
ディーノが帰ってくるまで、イレーネは自分が守る。そう決めてロマーリオは見守ってきた。
自分に勝ち目がないのはわかっていた。だってイレーネはいつもディーノを目で追っていたから。
それなのに、あいつはイレーネを置いて突然出て行った。
イレーネはずっと寂しい顔をしていた。無理して笑っているのがバレバレれで、見ているロマーリオもつらかった。
あいつがそんなに想われている事に嫉妬もした。ロマーリオだってイレーネを想って興奮した夜があったのに。
けれど、すぐに修行に出たから、つらそうなイレーネは見ずにすんだ。あの時はそれがかえって良かったと思った。片想いを終わらせられるかもしれないと。
けれど、一年して帰省したときにイレーネに会って、ロマーリオは自分の気持ちを再確認することになってしまった。
久しぶりに会えることにそわそわしてしまって、にやつきそうになる表情を隠すのに必死になった。会ったら会ったで、緊張するし、心臓がどくどく激しいし、以前のように振る舞おうと思っていたのに、どんなふうに接していたっけ? と頭が真っ白になるし。気持ちを整理するのが、すごく大変だった。
でも、おかげで覚悟ができたのだ。イレーネが幸せになるまで守るという決心がついた。
実際にディーノが帰ってきて、イレーネの喜ぶ姿を見たときは、かなりの衝撃を受けた。それはロマーリオ自身も驚くほどだった。
もう自分の役目は終わった。
気持ちにけりをつける時がきたんだ。
切なさと寂しさと、気持ちを伝えることもできなかった後悔と情けなさと、自分に向けた怒りの感情もあった。
お酒を呑んだところでどうにもならないことがわかっているのに、つい酒に頼ってしまう。毎日しこたま呑んで、ぐでんぐでんに酔っ払って、二日酔いで仕事に行って親方に怒られて。
ついこの間ようやく酒断ちをしたのに、今度はイレーネの顔がチラついて集中できない。
ディーノの顔を見に行こう。一発でも殴ればすっきりするかもしれないしな。
そう思うのに、やっぱり怖気づいてしまって、近いうちにと逃げてしまった。
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