上 下
133 / 157
第三部 最終話

34 葛藤(ロマーリオ目線)

しおりを挟む
「痛てっ」

 すかし彫りの練習中、小刀が滑り、指先を軽く切った。じんわりと痛む指先を咥えると鉄の臭いがした。

 ったく。修行したてのガキじゃねえんだからよ。

 八年も修行をしているのに、いまさら指を切るなんて。未熟な自分に腹が立つ。

 リュート製作に向き合っているときぐらい雑念を追い払いたいのに、近頃集中ができないでいる。

 原因はわかっている。もう十日もイレーネの顔を見ていない。今まで五日も置かず、会いに行っていたのに。
 イレーネを口説こうとしていた男は、あれ以来現れていないだろうか。
 いろいろ気になって仕方がないのに、足が向かない。

 迎えに行ったあの日、通りに止まっている馬車の荷台で誰かに話しかけているイレーネを見つけた。フードが取れて頭部が露になった。ディーノだった。

 ディーノが帰ってきた。

 それはとても嬉しいことのはずなのに、素直に喜べない自分がいた。

 ディーノが帰ってくるまで、イレーネは自分が守る。そう決めてロマーリオは見守ってきた。

 自分に勝ち目がないのはわかっていた。だってイレーネはいつもディーノを目で追っていたから。

 それなのに、あいつはイレーネを置いて突然出て行った。
 イレーネはずっと寂しい顔をしていた。無理して笑っているのがバレバレれで、見ているロマーリオもつらかった。
 あいつがそんなに想われている事に嫉妬もした。ロマーリオだってイレーネを想って興奮した夜があったのに。

 けれど、すぐに修行に出たから、つらそうなイレーネは見ずにすんだ。あの時はそれがかえって良かったと思った。片想いを終わらせられるかもしれないと。

 けれど、一年して帰省したときにイレーネに会って、ロマーリオは自分の気持ちを再確認することになってしまった。

 久しぶりに会えることにそわそわしてしまって、にやつきそうになる表情を隠すのに必死になった。会ったら会ったで、緊張するし、心臓がどくどく激しいし、以前のように振る舞おうと思っていたのに、どんなふうに接していたっけ? と頭が真っ白になるし。気持ちを整理するのが、すごく大変だった。

 でも、おかげで覚悟ができたのだ。イレーネが幸せになるまで守るという決心がついた。

 実際にディーノが帰ってきて、イレーネの喜ぶ姿を見たときは、かなりの衝撃を受けた。それはロマーリオ自身も驚くほどだった。

 もう自分の役目は終わった。

 気持ちにけりをつける時がきたんだ。

 切なさと寂しさと、気持ちを伝えることもできなかった後悔と情けなさと、自分に向けた怒りの感情もあった。

 お酒を呑んだところでどうにもならないことがわかっているのに、つい酒に頼ってしまう。毎日しこたま呑んで、ぐでんぐでんに酔っ払って、二日酔いで仕事に行って親方に怒られて。
 ついこの間ようやく酒断ちをしたのに、今度はイレーネの顔がチラついて集中できない。

 ディーノの顔を見に行こう。一発でも殴ればすっきりするかもしれないしな。

 そう思うのに、やっぱり怖気づいてしまって、近いうちにと逃げてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑)

処理中です...