上 下
106 / 157
第三部 最終話

7  イレーネの仕事(イレーネ目線)

しおりを挟む
「おはよう。イレーネちゃん」

「おはようございます」

「これ。直るかね」

「けっこう破けちゃってますね」

「継ぎはぎでも何でもいいからさ、どうにか着られるようにしてくれないかい」

「ええ。大丈夫です。お任せください」

「よろしく頼んだよ」

「いつもありがとうございます」

 朝一番で来たお客に頭を下げて見送ると、お客の名前を書いた薄い木札をぶら下げるように縫いつけ、職人に仕立て直してもらうため、仕事用の棚に置いた。

 街には裁縫が苦手な女性が以外と多く、仕立て直し屋には古くなった服や破れた服が次々と持ちこまれる。

 字が読めるイレーネはお客の対応を任されている。職人の中には仕事は出来るけれども、字は読めないという者も多数いた。

 手が空くと、職人の邪魔にならないような場所で繕い方の勉強をしたり手伝ったりしている。

 ここの仕立て直し屋で世話になって一年半が過ぎた。ご主人から店を引継いだ女主人はロゼッタのような気さくな人物であったお陰で、男性が多い職人の中でも何とかやっていけた。

 時々街にやってきたリノとロゼッタも、ここへ顔を出してくれるし、近くはないのにロマーリオもよく顔を見せてくれる。街の勝手がわからなくて数ヶ月は戸惑ったけれど、今は馴染めていると思う。少なくともイレーネは住み慣れたつもりだった。

 オルッシーニ男爵の屋敷がある街と違って、このパレルの街はとても活気があった。思っていたより大きな街だったので、初めて来たときはかなり驚いたけれど。

 しっかりとした壁が街をぐるりと取り囲み、門には警備の兵が立っている。たまに出入りをする人間を捕まえて、荷物の検めをしている。

 街では年に数回祭りが行われる。住人はここぞとばかりにハメを外して呑んだくれたり、踊ったり。毎日のようにごったがえしている酒屋の雰囲気が街中にも溢れ、そのときばかりは少し怖いので、いつも誰かと一緒に帰るようにしている。

 ロゼッタはイレーネの一人暮らしを赦してくれなくて、ロゼッタの実家の一部屋を間借りさせてもらうことになった。お給料は多くはないけれど、独り立ちの証として、家賃はきちんと支払っている。

 実家にはロゼッタの両親、兄夫婦とその子供たちが住んでいるので、家事も積極的に手伝っている。どんなに仕事で疲れていても、できるだけそれを理由にすることは避けた。信用を得るには多少の無理が必要。そう心に刻み込んでいるので、居心地が悪いわけではないけれど、まだ気が休まる場所とはいえなかった。

 そんなとき、ディーノの手紙がイレーネの心の拠り所になった。四通目の手紙が街へ来る直前に届いた。ディーノの頑張る姿が想像できて、自分も頑張ろうと思ったのだ。

 ときどき郵便会社に赴いて、手紙が来ていないか確認をするのが楽しみでもあった。

 五通目はまだ来ていないけれど、ディーノが少し近くなったような気がして、嬉しくなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

腐女子とゆめかわ男子の契約恋愛

遠野まさみ
恋愛
腐女子であるために中学時代を暗黒に過ごしたヒロイン。 一念発起して高校デビューを果たすが、同級生のヒーローに腐女子がバレてしまう。 ヒーローは、ばらさない代わりに、モテるのが鬱陶しくて虫よけが欲しいからと、ヒロインに契約彼女になるよう要求してきた。 屈辱を感じながら契約を飲むヒロイン。 しかし、そのヒーローは実は、ゆめかわオタクだったのだ。 周りに対して擬態を続けながら、お互いの推しについて理解を深めていく二人。 だが、ヒーローが本当に好きなのは、ヒロインの親友だった。 それを知った時、ヒロインは・・・!? タイトルロゴ:Mさま。 色彩アドバイス:都筑まおさま。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【完結】暁の荒野

Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。 いつしか周囲は朱から白銀染まった。 西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。 スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。 謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。 Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。 キャラクターイラスト:はちれお様 ===== 別で投稿している「暁の草原」と連動しています。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

朽木昴
恋愛
 平凡で冴えない誠也はいわゆる陰キャ。地味キャラとして高校生活を送る予定が、学校一の美少女瑞希に呼び出される。人気のない屋上で告白され、まさかの恋人関係に。とはいっても、瑞希は毎日告白されるのが嫌で、それを回避しようと偽りの恋人という残念な現実。  偽りの恋人生活が始まる。校内でイチャつく姿に幼なじみの瑠香が嫉妬する。モヤモヤする中、本当のことを誠也から言われひと安心。これぞチャンスと言わんばかりに、親友の沙織が瑠香の背中を押し誠也に告白するよう迫る。  最初は偽りだった関係も、誠也のさり気ない優しさに触れ、瑞希の心が徐々に誠也へと傾いていく。自分の本心を否定しながらも偽りの恋人を演じる毎日。一方、瑠香も恥ずかしながら誠也にアピールしていく。  ドキドキの三角関係、すれ違い、様々な想いが交差し、学園生活を送る恋愛物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

処理中です...