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第三部 最終話

6 ニルスに向けて

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 翌朝にはオーストンの王都に向け、再び馬車で揺られることとなった。

 しかし旅の目的地は王都ではなく、その先の街ニルス。

 師匠の古い知り合いが市井のための楽団を作ったので、ぜひ一度聴きに来て欲しいと、手紙をくれたのだ。

 王宮に楽団はあるが、市井のためというのは聞いたことがなかった。

 街に所属している音楽家はいる。時を知らせたり、街の行事に出演したり、有事の際に合図を出す役割がある。

 教会に所属する音楽家もいるけれど、オルガン奏者のみだった。

 おもしろそうだからと興味をもった師匠が、オーストンに行こうと決めたのだ。

 とはいえ、隣国だからとすぐに行けるわけではない。すでに入っている仕事は当然優先され、道の確認や冬の時期は避けるなどの日程の調整を行い、ようやく出立できたときには、手紙をもらってから二年が経っていた。

 パルディアから王都までは二日の道程。しかしニルスまでは王都から十日はかかるらしい。

 一本道を進んでいくと、王都を囲んでいる城壁と並走するようになった。

 オーストンの王都は山を切り開いて城を建てた天然の城塞らしい。王都に入るにはいろいろと手続きが面倒とのことなので、今回は興行もないからと素通りすることにした。

「この城壁は、お城のところまであるらしいよ」

 ピエールが仕入た情報を耳にして、ディーノは幌から身を乗り出して遠くを見ようとした。城壁の終わりは見えなかったけれど、はるか向こうに階段のようになっている王城を眺めることができた。

 道が分かれた先は王都の城門に向かっていて、旅人や幌馬車などで長蛇の列ができていた。警備兵がたくさんいて荷物の確認作業や人の整理で忙しそうにしていた。

 彼らの姿が遠ざかったところで、ディーノは頭を戻した。

 季節は初夏。顔を出しているほうが暖かくて気持ちが良いのだが、いざ雨が降ってきたときに幌がないと楽器が濡れてしまう。というわけで、幌は外せず、中は薄暗い。

 師匠はいつものように鼾を掻きだし、今日は珍しくピエールまでもうとうとし始めた。暇だったディーノは、ポケットにしまったイレーネへの土産を取り出した。

 帰郷できる可能性が高くなったので、郵便で出すのはやめにした。直接渡せるならそれが一番だから。

 イレーネは喜んでくれるだろうか。

 大人になったイレーネが想像できなくて、ディーノの頭の中で笑うイレーネは、子供の姿のままだった。
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