94 / 157
第二部
41 不安(イレーネ目線)
しおりを挟む
イレーネはインゲンの筋を剥きながら、大きな溜め息をついた。
ここの生活は毎日ほとんど代わり栄えはないけれど、そのことに不満は一切ない。
養父母は優しくて、特にロゼッタは実母のように甘えさせてくれる。相談事にも乗ってくれるし、愚痴も聞いてくれる。ディーノのことだって、とても心配している。溜め息の原因はそのディーノのことだった。
前回の手紙が届いたのは、もう三年近く前になる。
最初の手紙には馬車での移動はお尻が痛くて大変なのに、先生はよく寝ている。お尻の皮が相当に厚い。ピエールさんは物知りで、新しい場所に行くといろいろと教えてくれる。御者のマウロさんは寡黙だけど、馬が大層好きらしく、馬からの信頼が篤い。など日常のことや、先生からたくさん曲を教えてもらっていること、演奏時の注意点を指摘されたことなどリュートのことがらどたどしい文章で綴られていた。
次の手紙には、貴族たちを前にして演奏が出来たことが心情とともに書かれていた。
三通目の手紙には、再び演奏旅行に出ていること。貴族相手の教師の仕事も入ってきている。貴族への対応は気を張るから疲れてしまう、といった愚痴も少し書いてあった。
体調を崩していないだろうかと気になりながらも、居場所がわからないためイレーネから手紙を出すことができなくて、もどかしい気持ちで次の手紙を待っていた。
なのに、なのに、ディーノときたら。もう私のことなんて忘れちゃってるのかしら。
今度は不安な思いで胸が押しつぶされそうになった。
「ほらほら、手が止まってるよ」
ロゼッタに注意され、イレーネは再びインゲンに向き合う。
「ねえ、お母さん。私から手紙を出す方法はないかしら?」
「ディーノにかい? 居場所がわからないんじゃあねえ。宛先のないものを受け付けてくれるわけがないからね」
「そうよね」
わかっていたけれど、聞かずにはいられなかった。
「ディーノも忙しいんだろう。それに通商のない国には届かないし、長距離だと手紙がどこかで止まる可能性もあるらしいから。そのうちひょっこり届くだろうさ。気長に待っておやりよ」
「……うん」
ロゼッタの云うことはもっともだった。
だけど、このままディーノに忘れ去られて、お婆さんになってしまったらどうしよう。と心配になる。
イレーネは十九歳になった。同じ歳頃の子たちは、縁付いたり仕事を見つけたりして、集落を出て近くの街に住んでいる。残っているのは歳下の子たちばかりだ。
周囲が独り立ちしていくのを見ていると焦ってしまう。いつかは家庭を持ちたいと願っているし、子供だって欲しい。
ここは居心地がとてもいいから、つい二人に甘えてしまっているけれど、このままじゃいけないこともわかっていた。
いっそ街で仕事を探してみようか。住み込みで雇ってもらえるような仕事はないだろうか。
ここの生活は毎日ほとんど代わり栄えはないけれど、そのことに不満は一切ない。
養父母は優しくて、特にロゼッタは実母のように甘えさせてくれる。相談事にも乗ってくれるし、愚痴も聞いてくれる。ディーノのことだって、とても心配している。溜め息の原因はそのディーノのことだった。
前回の手紙が届いたのは、もう三年近く前になる。
最初の手紙には馬車での移動はお尻が痛くて大変なのに、先生はよく寝ている。お尻の皮が相当に厚い。ピエールさんは物知りで、新しい場所に行くといろいろと教えてくれる。御者のマウロさんは寡黙だけど、馬が大層好きらしく、馬からの信頼が篤い。など日常のことや、先生からたくさん曲を教えてもらっていること、演奏時の注意点を指摘されたことなどリュートのことがらどたどしい文章で綴られていた。
次の手紙には、貴族たちを前にして演奏が出来たことが心情とともに書かれていた。
三通目の手紙には、再び演奏旅行に出ていること。貴族相手の教師の仕事も入ってきている。貴族への対応は気を張るから疲れてしまう、といった愚痴も少し書いてあった。
体調を崩していないだろうかと気になりながらも、居場所がわからないためイレーネから手紙を出すことができなくて、もどかしい気持ちで次の手紙を待っていた。
なのに、なのに、ディーノときたら。もう私のことなんて忘れちゃってるのかしら。
今度は不安な思いで胸が押しつぶされそうになった。
「ほらほら、手が止まってるよ」
ロゼッタに注意され、イレーネは再びインゲンに向き合う。
「ねえ、お母さん。私から手紙を出す方法はないかしら?」
「ディーノにかい? 居場所がわからないんじゃあねえ。宛先のないものを受け付けてくれるわけがないからね」
「そうよね」
わかっていたけれど、聞かずにはいられなかった。
「ディーノも忙しいんだろう。それに通商のない国には届かないし、長距離だと手紙がどこかで止まる可能性もあるらしいから。そのうちひょっこり届くだろうさ。気長に待っておやりよ」
「……うん」
ロゼッタの云うことはもっともだった。
だけど、このままディーノに忘れ去られて、お婆さんになってしまったらどうしよう。と心配になる。
イレーネは十九歳になった。同じ歳頃の子たちは、縁付いたり仕事を見つけたりして、集落を出て近くの街に住んでいる。残っているのは歳下の子たちばかりだ。
周囲が独り立ちしていくのを見ていると焦ってしまう。いつかは家庭を持ちたいと願っているし、子供だって欲しい。
ここは居心地がとてもいいから、つい二人に甘えてしまっているけれど、このままじゃいけないこともわかっていた。
いっそ街で仕事を探してみようか。住み込みで雇ってもらえるような仕事はないだろうか。
10
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる