91 / 157
第二部
38 誘惑
しおりを挟む
自分に貸し与えられた部屋は三階だった。今階段を何階まで上がったのかわからなかった。
「先生」
夫人に手を取られ、どこかの部屋に雪崩れ込むようにして入った。
蜀台に灯された三本の小さな火のお陰で部屋はうっすらと明るい。奥にキングサイズの寝台が置かれていたがそこまで行きつけず、扉付近で倒れ込んだ。
無意味に笑い続けて疲れた。腹筋が痛い。
「飲みすぎちゃった……」
先に夫人がよろよろしながら上半身を起こし、床に腰を落ち着けた。頭が軽く揺れている。
ディーノはまだ寝そべったままでいた。絨毯が気持ちよかった。このまま眠ってしまいそうだった。
勧められるままに杯を重ねた。どれだけ呑んだのか全くわからないが、許容量はとっくに超えていた。頭は痛くないけれど、きっと明日は二日酔いだろうな。
気配を感じてディーノが瞼を開けると、目の前に夫人の顔があった。驚く感覚も麻痺したのか、笑ってしまった。笑いながらなんとか身を起こした。
「何、やってるんです?」
「苦しいから、後ろ解いてくださいな」
夫人がくるりと背中を向けた。服の紐が肩の下まで解けていた。手を伸ばしているものの、解けた紐には届いていない。
要求されるままにドレスの紐に手を伸ばした。しっかりと締められていた紐を解いてやり、できたよと告げると、「こっちもやって」と叱られた。
ドレスの下でより硬く締められているコルセットは、酔った手では簡単に解けてくれず、時間をかけながら少しずつ緩めていった。
全部が解けたとき、夫人の吐息が漏れた。ようやく解放されて、人心地ついたらしい。
「きついったらないわ」
文句を言いながらドレスの袖から腕を抜き、きつい下着もぬいだ。そして壁に手をついて立ちあがった。ついでのように腰にまとわりついていたドレスが、すとん落ちる。
蝋燭の炎に照らされ、裸体が浮かび上がる。
華奢な肩、下着の締めつけ具合がよくわかる跡がついた背中、きゅっと細い腰から丸みを帯びた尻のライン。まるでギターのようなシルエットだとディーノは思った。
見られていること意識しているのだろう、夫人は首だけをディーノに向け、艶かしい笑みを浮かべた。
ゆっくりと部屋の奥に向かって歩いていく夫人の背中を、ディーノは見惚れるように呆然と見送った。
寝台に辿りついた夫人はシーツをめくり、端に腰掛けた。胸元はさりげなくシーツで隠して。
ディーノは夫人から眸を逸らすことができなくなった。このまま留まれば、その先に何が起こるのかわかりきっていたが、それでも視線は夫人に向かったままで、微動だにしなかった。
「……せんせい……」
小さく呼ばれて、弾かれるように背筋を正した。
視線が交錯する。
夫人が声に出さずに何かを呟いた。
反射的にディーノは立ち上がっていた。アルコールで理性が麻痺し、本能が増幅された瞬間だった。
誘われるままに、ディーノは寝台に近づき、マルティナ夫人の真向かいに腰をかけた。
夫人の手が伸びてきて、ディーノの顔に触れた。卵を相手にしているかのように優しく撫でられる。
その手は柔らかくて、温かい。だけど、ときどき長い爪がわざとのように立てられた。
爪が皮膚をこするたびにディーノが軽く反応をしてしまうと、夫人が微かな声を上げて笑った。
その手が顔から離れた。
今度は服の上から上半身を触られた。撫で回すように触れられたあと、その手は服の内側に潜り込んできた。腹から上にゆっくりと移動する。胸に辿り着いたところで、
「あら、これは何かしら?」
夫人が呟いた。
ディーノははっとなった。酔いが一瞬にして醒めた。
慌てて立ち上がると、夫人の手が自然に離れた。
夫人が手に触れた物を、服の上から握り締める。
「これは、人から預かったとても大事な物なんです」
「先生」
夫人に手を取られ、どこかの部屋に雪崩れ込むようにして入った。
蜀台に灯された三本の小さな火のお陰で部屋はうっすらと明るい。奥にキングサイズの寝台が置かれていたがそこまで行きつけず、扉付近で倒れ込んだ。
無意味に笑い続けて疲れた。腹筋が痛い。
「飲みすぎちゃった……」
先に夫人がよろよろしながら上半身を起こし、床に腰を落ち着けた。頭が軽く揺れている。
ディーノはまだ寝そべったままでいた。絨毯が気持ちよかった。このまま眠ってしまいそうだった。
勧められるままに杯を重ねた。どれだけ呑んだのか全くわからないが、許容量はとっくに超えていた。頭は痛くないけれど、きっと明日は二日酔いだろうな。
気配を感じてディーノが瞼を開けると、目の前に夫人の顔があった。驚く感覚も麻痺したのか、笑ってしまった。笑いながらなんとか身を起こした。
「何、やってるんです?」
「苦しいから、後ろ解いてくださいな」
夫人がくるりと背中を向けた。服の紐が肩の下まで解けていた。手を伸ばしているものの、解けた紐には届いていない。
要求されるままにドレスの紐に手を伸ばした。しっかりと締められていた紐を解いてやり、できたよと告げると、「こっちもやって」と叱られた。
ドレスの下でより硬く締められているコルセットは、酔った手では簡単に解けてくれず、時間をかけながら少しずつ緩めていった。
全部が解けたとき、夫人の吐息が漏れた。ようやく解放されて、人心地ついたらしい。
「きついったらないわ」
文句を言いながらドレスの袖から腕を抜き、きつい下着もぬいだ。そして壁に手をついて立ちあがった。ついでのように腰にまとわりついていたドレスが、すとん落ちる。
蝋燭の炎に照らされ、裸体が浮かび上がる。
華奢な肩、下着の締めつけ具合がよくわかる跡がついた背中、きゅっと細い腰から丸みを帯びた尻のライン。まるでギターのようなシルエットだとディーノは思った。
見られていること意識しているのだろう、夫人は首だけをディーノに向け、艶かしい笑みを浮かべた。
ゆっくりと部屋の奥に向かって歩いていく夫人の背中を、ディーノは見惚れるように呆然と見送った。
寝台に辿りついた夫人はシーツをめくり、端に腰掛けた。胸元はさりげなくシーツで隠して。
ディーノは夫人から眸を逸らすことができなくなった。このまま留まれば、その先に何が起こるのかわかりきっていたが、それでも視線は夫人に向かったままで、微動だにしなかった。
「……せんせい……」
小さく呼ばれて、弾かれるように背筋を正した。
視線が交錯する。
夫人が声に出さずに何かを呟いた。
反射的にディーノは立ち上がっていた。アルコールで理性が麻痺し、本能が増幅された瞬間だった。
誘われるままに、ディーノは寝台に近づき、マルティナ夫人の真向かいに腰をかけた。
夫人の手が伸びてきて、ディーノの顔に触れた。卵を相手にしているかのように優しく撫でられる。
その手は柔らかくて、温かい。だけど、ときどき長い爪がわざとのように立てられた。
爪が皮膚をこするたびにディーノが軽く反応をしてしまうと、夫人が微かな声を上げて笑った。
その手が顔から離れた。
今度は服の上から上半身を触られた。撫で回すように触れられたあと、その手は服の内側に潜り込んできた。腹から上にゆっくりと移動する。胸に辿り着いたところで、
「あら、これは何かしら?」
夫人が呟いた。
ディーノははっとなった。酔いが一瞬にして醒めた。
慌てて立ち上がると、夫人の手が自然に離れた。
夫人が手に触れた物を、服の上から握り締める。
「これは、人から預かったとても大事な物なんです」
10
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる