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第二部

32 過去

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 ディーノは決意を固めた。孤児の自分を家族のように思ってくれている。この気持ちに応えるには、自分のすべてを打ち明けるしかないと思った。

「先生。お話があります」

 夕餉の後、意を決して口を開いた。

 自身の出生。奴隷としてオルッシーニ家に売られ、九番目の奴隷だったことからレーヴェと呼ばれたこと。休みはなく、食事も湯浴みろくになかった劣悪な環境。たくさん暴力を受け、抵抗もできなかったこと。絶望のさなかイレーネが現れ、花が咲いたように毎日が楽しくなったこと。イレーネが主人から暴力を受け、脱走を決意し、森を歩き続けてあの集落に辿りつき、リノとロゼッタに助けられたこと。数日前、オルッシーニ男爵に身元がばれ、連れ戻されてしまうかもしれないこと。

 何も包み隠すことなく、全てを話した。堪えきれず涙を流し、何度も何度もつっかえながら。

 胸が痛かった。胃も痛くなった。思い出すこともつらいのに、言葉にするのはもっとつらかった。

 だけど、二人は黙って耳を傾けてくれている。ときごき襲ってくる吐き気をディーノが堪えて言葉を詰まらせるたびに、心配そうな顔をして。

「奴隷の子から生まれたオレが、先生たちと一緒にここにいられる身分じゃないのは、よくわかっています。だけど……だけど、オレ、これからも先生たちと一緒に演奏をしたいです。どうか、このままここに置いてください」

 時間をかけて話し終えると、最後に今の願いを口にした。卓に額がぶつけりそうなほど深々と頭を下げる。

 ブーンと洟をかむ音が聞こえた。

「さあて、寝るか。明日もご婦人方とのリュート勉強会だからな。ディーノはしっかり寝て、明日に備えるように。何も心配いらないからな」

 ディーノは顔を上げると、師匠と目があった。すると師匠は一瞬だけ右目をつむった。そして個室の向こうに姿を消した。

 メッセージを受け取ったディーノは、立ちあがってもう一度頭を下げた。

 お礼を云う声は、嗚咽のせいで言葉にならなかったが、今流れている涙はもう悲しみの涙ではなかった。


       *          *          *


 背中で扉を閉めたロドヴィーゴは、ぐずっと鼻を鳴らして机に向かった。

 紙と羽ペンを手元に用意し、抽斗からインク壷をとりだす。

 羽ペンを走らせ、ときおり手を止めて、思案をしながら手を動かしていく。

 長い手紙を書き上げて内容を読み返し最後に署名をすると、インクを乾かすために机の上に置いて席を立ち、寝台で横になった。

 翌朝、したためた手紙を封に収め、ロドヴィーゴは食事の前に何気なくピエールに渡した。そして、ピエールから執事へ、執事からレオーネ・アイゼンシュタット公爵へと、その日のうちに渡された。
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