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第二部
17 同業者の目 2
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食事の席は粛々とすすんでいた。総勢十五名が縦長の卓に左右に並び、カリエール公爵の話を聞き、質問に答えながら。
カリエール公の右辺にアイゼンシュタット公、ロドヴィーゴ、ディーノ、ピエール、チェンバロ奏者の三人が座り、左辺にカリエール夫人、アイゼンシュタット夫人、ヴァイオリン奏者たちが座っていた。
話題は昨夜の宴が中心だった。前半を盛り上げたのはバレエや人形劇。内容は短いものだったが、素晴らしいものであったらしい。貴族と同席していた三人の音楽家たちも、伴奏を担当していた楽団の演奏を褒めた。
男性オペラ歌手の歌声は特に素晴らしかったと誰かが云い、隣国オーストンの有名歌手で、王宮に呼ばれることもある人物なのだと話題になった。
ヴァイオリンのソロはもちろん、弟子たちとの合奏にも圧倒された。
反対にチェンバロの音は繊細で、心が洗われるものだった。
それぞれの音楽家を褒めた後、リュート演奏はなかでも格別だったとカリエール公爵は褒めちぎった。
ロドヴィーゴの演奏は涙も笑いも誘い、非常に楽しい演奏だったと夫人も同調した。
そして師弟の二重奏に話題が移ると、場の空気が少しだけ変わった。もともと盛り上がっていた席ではなかったが、その話題には関わらないぞという雰囲気をだす者や、あからさまに嫌悪感をむきだしにしてディーノを睨みつけてくる者もいる。
公爵たちは気づいていないのか、あの演奏は最高のものだったと四人だけで盛り上がっていた。
ディーノは顔を俯けた。突き刺さるような視線を視界に入れたくなかった。
「ディーノ君、一曲弾いて差し上げたらどうかね」
ぱっと顔を上げると、アイゼンシュタット公爵が穏やかにディーノを見つめていた。
「すてき」
「わたくしからも、ぜひお願い致しますわ」
両夫人は胸の前で指を絡ませ、お願いポーズをしている。きらきらさせている眸に、ディーノは顔を赤らめた。二人ともずいぶん年上なのだが、そうは見えない外見に、思わずどきどきしてしまう。恥ずかしくて、視線を逸らせたら、師匠と目が合った。
師匠が頷いている。弾いてさしあげなさい、と言っているのがディーノに伝わった。
ピエールが右から顔を寄せてくる。
「僕がリュートを持ってこようか」
「あ、いや、自分で。でも、いいのかな」
ディーノがちらと目を動かすと、ピエールはわかっているというふうに頷いた。
「誰に何を言われようと、きみはきみの演奏をすればいいんだよ。先生もそう仰っていたから」
「う、うん」
迷いが吹っ切れず、返事はどうしても歯切れが悪くなる。
「とにかく、リュートを取っておいで」
「わかった」
頷いて立ちあがり、貴族たちに向けて一礼をして、席を離れた。
部屋に戻る足は速い。走るのはさすがに遠慮したけれど、すれ違った使用人が、譲る必要のないほどの広い通路を端に寄ってディーノを見送る。
カリエール公の右辺にアイゼンシュタット公、ロドヴィーゴ、ディーノ、ピエール、チェンバロ奏者の三人が座り、左辺にカリエール夫人、アイゼンシュタット夫人、ヴァイオリン奏者たちが座っていた。
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そして師弟の二重奏に話題が移ると、場の空気が少しだけ変わった。もともと盛り上がっていた席ではなかったが、その話題には関わらないぞという雰囲気をだす者や、あからさまに嫌悪感をむきだしにしてディーノを睨みつけてくる者もいる。
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ディーノは顔を俯けた。突き刺さるような視線を視界に入れたくなかった。
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ぱっと顔を上げると、アイゼンシュタット公爵が穏やかにディーノを見つめていた。
「すてき」
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両夫人は胸の前で指を絡ませ、お願いポーズをしている。きらきらさせている眸に、ディーノは顔を赤らめた。二人ともずいぶん年上なのだが、そうは見えない外見に、思わずどきどきしてしまう。恥ずかしくて、視線を逸らせたら、師匠と目が合った。
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「あ、いや、自分で。でも、いいのかな」
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「誰に何を言われようと、きみはきみの演奏をすればいいんだよ。先生もそう仰っていたから」
「う、うん」
迷いが吹っ切れず、返事はどうしても歯切れが悪くなる。
「とにかく、リュートを取っておいで」
「わかった」
頷いて立ちあがり、貴族たちに向けて一礼をして、席を離れた。
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