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第二部

12 デビュー

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 リュートの柔らかい音色が流れ始める。お得意のバラードだが、別離の曲ではない。遠く離れた戦場で戦っている妻の心情を綴った曲だ。夫の身を案じながらも子供たちを守り、夫が帰ってくるその日まで気丈に振舞う。やがて夫は無事に戻り、勝ち戦で戦争は終わり、家族にも国にも平穏が訪れる。師匠がある貴族のために作った曲だった。誇張されてはいるが、現実を元にした曲である。

 ざわついていたホールが、すっと静かになっていく。水に落ちた滴の波紋が広がるように、ロドヴィーゴに近い中央からすうっと。

 人々の関心はお喋りやドルチェから、ステージに向いた。

 リュートにうっとりしているのは座っている貴族だけではなかった。廊下から席に戻ろうとした人たちがその場で足を止め、開いたままの扉から漏れる音に耳を傾ける。感受性が豊かなのか目を拭っている者もいた。

 切ない曲を愛情たっぷりに弾き終えた師匠を迎えたものは、惜しみない拍手と褒め称える声だった。

 歓声に応えるため、立ち上がって何度か頭を下げた。

 演奏は四曲続いた。男女の恋愛模様を歌った曲では聴衆の顔を興奮で高潮させ。別離の曲で涙を誘い――

 好評のうちに演奏は幕を閉じた。

 歓喜と歓声に包まれ舞台を降りた師匠は拍手の渦の中、自身の席に戻っていき、ピエールとディーノはホールを出ようとしたが、出口で佇む人の多さに身動きがとれなくなった。

 聴衆の拍手は鳴り止まない。

 何度か立ち上がって師匠は拍手に応えたが、音は大きくなるばかり。

 カリエール公爵までが立ちあがってその拍手を煽る。

「皆さん、アニエッリ氏にもう一曲演奏願おう」

 カリエール公が高らかに宣言すると、歓喜の声と拍手が一際増した。

 出口付近で立ち往生していたピエールとディーノは慌ててステージに戻った。

 師匠はステージ下でディーノに顔を近づけ、耳元でささやいた。

「ディーノ。準備をしなさい」

「え?」

「今日が演奏家デビューだ」

 心臓が大きく跳ね上がった。そしてどきんどきんと激しく脈打つ。

「お前なら大丈夫だ。あれをやるぞ」

 ディーノは顔を上げ、師匠に大きく向けて大きく頷いた。持っていた二つのリュートをピエールに預ける。

 ロドヴィーゴがステージに上がり、聴衆に応えている間に続いてステージに上がったディーノは、チェンバロ用の椅子を師匠の椅子に並べた。ピエールからリュートを受け取り、ロドヴィーゴもさっき使ったリュートを受け取る。

 ディーノは師匠と目を合わせる。合図をするように頷き合った。

 ディーノが先に演奏を始めた。そこへ師匠の音が重なる。

 ロドヴィーゴの父親の、師匠の師匠が作ったというあの曲。

 ディーノが初めてレッスンを受け、ロドヴィーゴがディーノのリュートを初めて聴いた、二人を結びつけた曲。

 一本のリュートが奏でるものから、二重奏へとアレンジを変え、絶望、困惑、希望を歌い上げる。

 切ない場面では師匠がメインを弾き、ディーノが後を追いかける。親を追いかける子供のように。

 困惑する場面では二本のリュートが絡み合う。男女が睦み合うように。

 希望を感じさせる場面では同じメロディーを力強く弾く。

 全体的に暗いメロディが多く、切なくて悲しくなる曲ではあるが、誰一人として席を立つ者はいなかった。

 大柄の師匠と華奢な弟子。見た目はでこぼこでも、息の合った演奏は、聴衆を夢中にさせた。
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