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第二部

9 熱意

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 自信がないのかずっと同じところばかりを練習している人。

 瞼を閉じて微動だにしない人。

 ある人は楽屋を出たり入ったり、そわそわしている。

 ある人は譜面を見つめている。

 スカーフを何度も巻き直している。

 人それぞれに緊張のほぐしかたがあって出る前はばらばらなのに、いざ舞台に上がると、一つにまとまり、素晴らしい演奏を聴かせてくれる。そのギャップがたまらなく好きだった。単独演奏では味わえないものを、疑似体験させてくれる。

「人ひとりが経験できることって限られてるからさ、他人になったつもりになることで、自分の経験を増やせれば、演奏にも活かせられるんじゃないかなって思ってさ」

「きみ……すごいね。そういう考え方もあるんだ」

 彼の声に力が戻ってきたように思ったディーノは、出演者に向けていた目を彼に戻した。

「そう言われると、なんだかおもしろいね。緊張の仕方やほぐし方ってそれぞれ違っていて。僕ならどうするかなって、舞台に出させてもらえたときの楽しみが増した気がする」

「オレだって、早く一人前になりたいなって思ってるよ」

「きみ、なんだか考え方がしっかりしてるよね。年下に見えるんだけど、考え方は年上みたいだ。幾つなんだい?」

「年が明けたら十八」

 実際は知らないけど、と心の中でだけ呟く。弟子になってから年齢を訊かれることがたまにあった。その時はロマーリオの年を答え、新年がきたら一歳プラスするようにした。最初の数回は答えるのに間があったが、もう慣れて即答できるようになっていた。

「十八?! そんなに下だったんだ。ははっ、僕はやっぱり子供なんだね。いじけてばかりで」

 嘲るように笑った彼に、ディーノはかける言葉が浮かばなくて黙ったままになった。

 今初めて会ったばかりの彼のことを何も知らないから、上っ面でも「そんな事ない」とは言えないし、年下に慰められても彼も嬉しくないだろう。

 そのまましばらく沈黙が訪れる。

 廊下のざわめきが幾分か落ち着いている。宴が始まって何人かの出演者たちが舞台脇に移動したのかもしれない。

 音楽家たちの出番はまだ先だから、この楽屋の様子はなにも変わっていない。

「練習時間はたくさんあるの?」

 再び彼が話かけてくる。

「たくさんかどうかわからないけど、わりとあるよ。師匠の練習や演奏を聴く時間も勉強になるし、師匠も教えてくれるし。リュートはチェンバロと違って場所を選ばないから」

「そっか、そうだね。僕もリュートと出逢いたかったかな」

 冗談めかして云って、彼は笑った。

「よく云うよ。チェンバロが好きなくせに」

 ディーノがそう云うと、彼は遠くを見つめるような目になった。

「好きだよ。あの繊細な音がとても好きなんだ。師匠は教会でパイプオルガンも弾くんだけど、僕はあまり好きになれなくて。だって、音量が凄いだろう。腹の底から響いてくるような感じがして、なんだか怖くって。神様の存在そのものって感じ。畏れ多いっていうか。反対にチェンバロは音量が小さいけど、可愛い音がするじゃないか。安心するんだよな、あの音」

 彼はまるで自分だ。チェンバロをいかに好きか語る彼の姿は、まるで自分のことのようにディーノは感じた。自分がリュートを語る姿もきっと彼のようなのだろう。

 にこにこ、と言うよりも、にまにま、と言うか。

 まるで恋人のことを語っているかのように、相好を崩す。

 彼のチェンバロに対する熱い思いが伝わってくる。手に取るようにわかる。

 いつしかディーノは彼の眸をみつめ、笑顔さえ浮かべ、彼の話を真剣に聞いていた。
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