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三章 過去の行い

3.宮前一家について

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 次は写真館の左隣、シニア向けファッションの店に入る。
 全体を見て回りながら、店主の様子を窺う。
 60代ぐらいだろうか、黒のロングスカートのワンピースを着て、きちんとメイクをしている。

 二人にさりげなく送ってくる視線から、友好的なものは感じられなかった。
 他人との距離が近い話し好きなおばさまを期待していたのだが、警戒心が強いのかもしれない。
 住宅街にある洋服店なら常連客が多いと思われる。
 商品の年代的にも芙季子たちが合わないせいもあるだろう。

「うちの母親にこれどうですか? 似合うと思います?」
「え? 芙季ちゃんのお母さんに? どうかな。こっちはどう?」

 美智琉に話しかけて、母へのプレゼントを見ているアピールをする。美智琉はわかっているのかいないのかわからないが、話を合わせてくれる。これで店主の警戒も少しは薄れるだろう。

「この帽子すてき」
 季節柄、冬物の商品が多数を占めているが、セーターやパンツは値段が少々張っていた。
 経費で落とすにしても、高すぎる物は経理部から渋い顔をされる。
 夏物のセール品もあったが、店主へのイメージはあまり良くないだろうと判断し、避けた。
 経費で落ちなかった場合、三千円ちょっとの帽子なら自腹でも構わない。なんなら本当に母にあげてもいい。

 芙季子はバラのコサージュが付いたベージュのクローシェ帽を手に取り、レジに行く。
 包装をするか訊ねられ、少しでも長話が出来るように、手のかかる包装をお願いした。

「お隣の写真館は休業中ですか? あんなに本格的な写真館って珍しいなと思って」

「夏頃から休んでますね。奥さんが入院されたから」
 店主は箱を取り出しながら、話に応じてくれた。

「奥様というのは、店前に飾られている写真の方ですか。あのきれいな人」

「そうそう。杏子さん、昔は女優さんやってらしたみたい。きれいだけど、あまり愛想のない方よ。包装紙はどれになさいますか」

 見せられた包装紙のサンプルを見せられ、「これで」と白を指差す。

「ご家族で経営されていらっしゃるんですか」
「杏子さんはノータッチよ。昔は娘の亜矢ちゃんが手伝ってることもありましたけどね」

「今は、娘さんは家を出られてるんですか」
「杏子さんと亜矢ちゃん、あまり仲が良くなくてね。高校を卒業したら、出ていかれて」

「結婚写真が飾られていますよね。あの方が亜矢さんですか」

「杏子さんにあまり似てないでしょ。そのせいか、杏子さん冷たく当たっててね。子供の頃からしょっちゅう叱りつける声が聞こえてましたよ。虐待じゃないかと、近所中で心配したものですよ」

「亜矢さんとご主人、お似合いのご夫婦ですね」

「家を出てから二年ぐらいで結婚したのかな。いい人と出会えて良かったねって結婚祝い持って行ったんですけどね、二年足らずであんなことになってしまってね。おリボンは赤にしておきましょうか」

「はい、お願いします。あんなことというのは」
「ご主人が事故に遭って、亡くなってるんですよ」

「お気の毒に。どのような事故ですか」
「長距離ドライバーでね、仕事中の事故みたいよ」

「それじゃあ、残されたお孫さん、可愛がっておられるんじゃないですか」
「亜澄ちゃんねえ……」

 含みのある様子を見せる。店主は見かけより噂好きのおばさまらしかった。リボンもかけ終わっているのに、まだ話してくれそうだった。少し顔を寄せて小声になるので、芙季子も顔を近づけた。

「ここだけの話だけど、時期が合わないのよ」
「時期、ですか」

「豪さんが亡くなった時期と、亜澄ちゃんが生まれた時期が」
「その後再婚されたんじゃ」

「いえいえ、してないんですよ。不倫じゃないかって、近所の噂になってね」
「誰かが目撃されたんですか。不倫現場とか」

「亜矢ちゃんが一時期スナックで働いていたのを見た人がいてね。それで噂だけが独り歩きして。実際は知りませんけどね」
 こそこそ話はこれで終わりとばかりに、店主が声のトーンを戻して値段を告げた。

「杏子さんと亜矢さんの仲が良くないなら、あまり帰省されないんじゃないですか」
 お札をトレーに置いた後、小銭を探すのに手間取っているようにしながら、芙季子は話を続ける。

「亜澄ちゃんが幼稚園の頃は店舗の上で一緒に住んでたんですよ。亜澄ちゃん、杏子さんに似てきれいな顔しててね、隆司りゅうじさんはよく写真を撮って、可愛い可愛いって言ってましたよ。相好崩してね。隆司さんは、亜矢ちゃんも可愛がっておられたけど」

「お孫さんの撮影会ですか。プロが撮るんだから、上手なのでしょうね」

「隆司さん、芸能人から声がかかることもあるみたいで、撮らせ方っていうのかしらね、気分の乗せ方も上手なのよ。ご機嫌ななめの子でもすぐに笑顔になって。亜澄ちゃんも隆司さんにはよく懐いてましたよ」

 には、と言ったことが引っ掛かる。

「杏子さんも可愛がっておられたんですか」

「杏子さんは、厳しく躾していたわね。日焼けをしないようにしなさいとか、怪我して傷が残ったらだめだからスカートは止めなさいとか。今考えたら躾とは違ってるわね。ご自身の好みを押し付けていただけの気がするわね」

「窮屈だったでしょうね」

「そのせいか、小学校入学前に引っ越していきましたよ。たまに帰ってきたら、隆司さんが嬉しそうにしていて」

「亜澄さんは、杏子さんともうまくいってなかったのでしょうか」

「杏子さんは、敵を作るタイプね。自分が一番だと思ってるんでしょうね。杏子さんを見ていると、顔より性格が大事だわってつくづく思うわねえ。はい、お釣り」

 渡された釣り銭を受け取ると、店主が謝ってきた。

「ごめんなさいね。知らない人に気分の良い話じゃなかったわよね。でも、隆司さんの腕は確かですよ。学校から依頼されて行事の撮影にも行っていたけど、評判が良かったから」

「再開予定はご存知ありませんか」

「わからないわね。杏子さんの病状次第じゃないかしら。今は個人でカメラを持ってる時代でしょ。節目にちゃんとした写真を撮っておくなんて家族は減ってるから、経営が難しいみたいで。このまま辞めてしまうかも、なんて笑いながら言ってましたね」

「それは残念です」

 袋に入れてもらった商品を受け取り、芙季子たちは店を出た。
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