上 下
25 / 60
三章 過去の行い

⒈モデルへの取材

しおりを挟む
「わたしは記者です。っていう顔をしていてくださいね」
「わかってるって。なんかわくわくしてきた」

 芙季子は美智琉を供なって、ボサノヴァが流れるカフェの一角でスマホを操作している女性に近づいた。

 さきほどまで隣の貸スタジオでグラビアの撮影をしていた。
 午後からの撮影前にカフェで休憩している松本ねねへの取材の許可が下りた。
 カフェは成倫社の撮影隊によって貸し切られている。そのお陰で今店内にいるのは撮影関係者だけ。

「こんにちは。週刊成倫の大村と申します。この度はお時間をくださってありがとうございます」
「松本ねねでーす。よろしくお願いします」

 スマホをテーブルに置いて、ねねが顔を上げる。
 小顔で肌が白く、とてもキメが細かくて、触れると柔らかそうだ。金髪のショートヘアがよく似合っている。

「よろしくお願いいたします」
 芙季子は向かいの席に腰掛け、手帳とペンを取り出す。
 美智琉も隣に座った。
 ICレコーダーのスイッチを入れる。

「さっそくですが、宮前亜澄さんについて教えてください。ねねさんと亜澄さんのご関係は?」
「友達っていうほど仲良うないですよ。何回か一緒に撮影をしたことがあるだけ」
 関西のイントネーションでねねが答える。

 芙季子は事前に松本ねねのプロフィールを仕入れてきている。
 和歌山県出身。19歳でグラビア歴は4年。

「今回の事件についてはどう思われましたか」
「商売道具の体を傷つけられちゃって、可哀想やなって思います」
 言葉のわりに、口振りはドライだ。

「傷があると、やはり仕事に差し支えますか」

「だって引きません? 傷が見えたら。事件があったってみんな知ってるのに、後で修正してもらうのも不自然やし。うちは指先でも気をつけてますよ。バンドエイドの跡もどうかなって」

 きれいにネイルされた指先を見せてくれる。節やしわが目立たず、しっとりとした透明感を湛えている。

「プロ意識が素晴らしいと思います。亜澄さんも、そのように体を気遣っておられましたか」

「亜澄ちゃんは、どうやろう。少しの休憩でもすぐに服を着てたけど、あれは守ってるっていうより、隠してるって感じやった。脱ぐ時もじもじしてたし」

「恥ずかしそうにしていたんですか」

「うん、そう。そういう初々しさが写真に出るんやなって、思ってました。あれは亜澄ちゃんの強みやと思います。いつまで通用するかはわかりませんけど」

「作るのは難しいですか」

「やってる子もいるけど、うちには無理かなって。初々しさってデビューしたての時だけのものやと思いますね。お芝居の勉強させてもらってるんですけど、すっごい難しいなあって実感してますもん」

「写真はその一瞬だけを切り取るものじゃないですか。カメラマンの腕によるところもありますよね」

「もちろんカメラマンさんや照明さんの腕にもよりますけど、被写体の気持ちも重要やと思うんです。笑えばいい、ポーズすればいい、指示通りに動けばいいだけとは思ってないです」

「亜澄さんはどうでしたか」

「あの子はお母さんの指示に従ってました。カメラマンさんの指示にうまく動けてなくて、お母さんが声を掛けてました。お母さんが口出しした時、カメラマンさんが戸惑ってたのを見た事があります」

「撮影の邪魔になっていたのですか」
「前に出ちゃう人なんかな。娘がうまく表現できなくて、じれったくなっちゃうんじゃないですか」

「そういうモデルさんは他にいますか」

「事務所の人から後で言われることはあっても、現場ではないです。撮影の雰囲気を作るのはカメラマンさんやから。撮影ってカメラマンさんとの対話やと思うんです。コミュニケーションを取りながら、二人三脚で頑張ってるところにスタッフさんでもない、無関係の人が声を出したらおかしな雰囲気になってしまいます」

「亜澄さんの初々しさはお母さんの指示だと思いますか」

「それは違うと思います。お母さんは笑顔が足りないって叱ってましたもん。亜澄ちゃんの売りがわかってからは、口出さへんようになってました」

「他になにか気づいたことはありませんか。撮影後は他の方の撮影を見学していたそうですが」

「他……? あ、うちらとはほとんど喋らへんのに、カメラマンさんに話しかけてるのを見た事ありますよ」

「好みのタイプだったとか?」
「好みかどうかはわかんないけど、カメラの話してました」

「カメラに興味があるのかしら」
「カメラに興味あるふりして、カメラマンさん狙いなんかも」

 どや顔できらきらと目を輝かせている。他人の色恋話が好きなのだろう。

「そういうの、よくあるんですか」
「まあ、ありますね。スタッフさんを食事に誘ったり、誘われたり」
 うふふと含み笑いを浮かべる。

「亜澄さんは、どういう方が好みだとか話したことはないですか。好きな芸能人とか」

「知らないです。亜澄ちゃん、ほんまにうちらと喋らへんから。うちらどれだけ嫌われてるんやろうって思っちゃいますね。でも撮影は楽しそうに見てるんですよね。何考えてるんか、わかんないです」

「亜澄さんはいまだ目覚めていないようですけど、同業者としてはどう思われますか」

「ライバルが減って喜ぶ子がいるかも。うちは復帰とかの前に早く元気になってくれたらええなあって思ってますよ。ほんまに」

「亜澄さんのことをライバルだと思いますか」

「ちょっと意地悪な質問しはりますね。まあいいですけど。キャラが被ってないという点では、ライバルやと思ってません。それに……」
 よどみなく話していたねねが、口を噤んだ。

「どうされましたか」
「こんなこと言っていいかわかりませんけど、亜澄ちゃんは長くこの業界にいようとは思ってないような気がするんです」
 それまでふんわりとした雰囲気だったのが、すっと引き締まった。

「何か聞かれたのですか。悩みのようなものを」
「ただの直感です。亜澄ちゃんとはそこまで打ち解けてないです」

「直感でも、それは何かを見聞きしたから、そう思われたのですよね」

「そうですね。亜澄ちゃんにはプライドとか向上心がないように見えたんです。うちらがグラビアをやる理由は、胸が大きいとかスタイルがいいとかの武器が活かせることや、女優やタレントになるために名前と顔を売るためとか、夢を持ってる子がほとんどです。うちも女優さんを目指してます。好きやないと続かないと思うんです。撮影には体力使うし、ポージングの勉強だってしないとだめ。スタイルを維持して、撮影前は食事に気を付けて。カメラの前で水着になってぼんやりしているだけでできる仕事じゃないです。亜澄ちゃんからガツガツしたものを感じたことがない。受け身を悪いとは言わないけど、それだけで続けていけるほど、甘い世界じゃないですよ」

 口調が徐々に標準語に変わっていた。写真だけではわからない、ねねの仕事に対する真剣さを感じ取った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...