17 / 60
二章 旧友との再会
⒉子どものこと
しおりを挟む
妊娠に気づいたのは4月下旬だった。
就職してから生理不順はよくあることだから気にしていなかったが、胃のムカつきがあり、まさかと思いながら妊娠検査薬を使った。
線が出たことに動揺した。念願の週刊誌に異動になって3年目で、まだ仕事をしたいなと思っていたから。
新田デスクに相談し、異動はしないでデスクワークをさせてもらえることになった。
妊娠に戸惑いはしたが、仕事のために堕ろすつもりなどなかったから、産むと決めた。
ところが、悪阻が思っていた以上にきつく、一度気持ちが悪くなるとトイレや医務室から戻ってくるのに時間がかかり、仕事どころか、電話番すらもろくにできない日が続いた。
編集部員たちに申し訳ないという思いでいっぱいになり、悪阻が落ち着いて安定期に入った頃から、少し無理をして仕事をするようになっていた。
満員電車を避けるため朝早く出勤して、定時より長く仕事をして帰った。
特につらくはなく検診でも問題がなかったから、丈夫な子なのだと油断していた。
仕事中にいつもよりお腹の張りを感じた。おかしいなと思いつつ、翌日が検診日だったため、明日相談しようとその日はそれで過ごしてしまった。
検診日、エコーがやたらと長く疑問に感じていると、崇史も診察室に呼ばれ、『心音がありません』と告げられた。
先生の言う言葉の意味が理解できず、二人ともぼんやりしていた。
エコーを見せられて、心臓が動いていないですと説明されても、芙季子は飲み込めなかった。
母体に危険が及ぶこともあると説明され、今日か明日に入院して、出産するように言われた。自分では決められず、夫が決めた。
崇史が入院道具を取りに帰宅し、一人で病院の天井を見上げている時に思った。
わたしが悪いから、生まれてくるのが嫌になっちゃったんだろうな。
わたしが仕事を続けたいと思ったから、ボクは望まれてないって赤ちゃんに思われたんだろうなと。
息子には何の罪もないのに。
予定日までまだ二カ月半もあったのに、明日出産しないといけない。悲しいのに涙が出なかった。
ひとまず上司に連絡し、休職の手続きと仕事の引き継ぎをして、駆け付けた両親と大村の両親に謝った。
みんな芙季子の体を心配してくれた。落胆しただろうに、おくびにも出さず。
夜になって崇史も帰り、病室で一人になってもまだ実感が湧かない。何かの間違いじゃないか。行き違いがあって心音が戻ってくるんじゃないかと思っていた。
翌朝の診察でもやはり心音は確認できなかった。
陣痛誘発剤を入れて、陣痛が始まってようやく出産するんだと実感が沸いた。
だが嬉しいわけがない。死んでしまっている子を産むのだから。
痛いし、出産後の希望もなくて、泣きながら子宮口が開くのを待った。
耐えてる間とてつもなく長い時間に感じたが、実際の分娩時間は5時間ほどだった。
出産後、赤ちゃんはどこかに連れて行かれて抱かせてもらえなかった。
疲れきって病室に運ばれたら寝てしまい、起きると翌日の昼になっていた。
一目会いたくて、看護師に息子のことを訪ねたら、すでに病院から出ていた。
夫に電話をすると、これから葬儀だと言われた。
延期を頼んだが、無理だった。
今すぐに退院して参列するからと葬儀場を教えてもらおうとしたが、崇史は教えてくれず、病院からも宥められて、結局行けなかった。
しばらくして病室に来た看護師が、赤ちゃんの話をしてくれた。
身長25センチ、体重1230グラム。
数度いきんだだけですとんと出てくれた。お外を見たかったのでしょうねと優しく言われた。
芙季子は大きくなってきたお腹を撫でながら、目に映るものを説明していた。
『ツツジが咲いてるよ。ピンクの花だよ』
『今日はママの誕生日だよ。パパがケーキ買ってきてくれたよ。あなたもいつか祝ってくれるかな』
『今日も暑いね。あなたは冬生まれになるから、夏の暑さが苦手かもしれないね』と。
だから外の世界に興味持ったのかもしれない。
無事に産んであげられなかった。
外の経験がないまま、一人で空に行かせてしまった。
息子に申し訳なくて、涙が溢れて止まらなかった。
お母さんも赤ちゃんもよく頑張りましたと褒めてくれる看護師の言葉に救われた。
泣き止むまでずっと側にいて、背中をさすってくれたその手が温かくて、ありがたかった。
崇史も両方の親も労わってくれた。芙季子を気遣う優しい言葉をかけてくれた。
でも芙季子には自分を責める要因にしかならなかった。
看護師は身内でもないし友人でもない。
仕事だから来てくれただけかもしれない。
でもあの時の芙季子にとっては、その距離感がありがたかった。
優しさに甘えて、遠慮なく心を預けられた。
就職してから生理不順はよくあることだから気にしていなかったが、胃のムカつきがあり、まさかと思いながら妊娠検査薬を使った。
線が出たことに動揺した。念願の週刊誌に異動になって3年目で、まだ仕事をしたいなと思っていたから。
新田デスクに相談し、異動はしないでデスクワークをさせてもらえることになった。
妊娠に戸惑いはしたが、仕事のために堕ろすつもりなどなかったから、産むと決めた。
ところが、悪阻が思っていた以上にきつく、一度気持ちが悪くなるとトイレや医務室から戻ってくるのに時間がかかり、仕事どころか、電話番すらもろくにできない日が続いた。
編集部員たちに申し訳ないという思いでいっぱいになり、悪阻が落ち着いて安定期に入った頃から、少し無理をして仕事をするようになっていた。
満員電車を避けるため朝早く出勤して、定時より長く仕事をして帰った。
特につらくはなく検診でも問題がなかったから、丈夫な子なのだと油断していた。
仕事中にいつもよりお腹の張りを感じた。おかしいなと思いつつ、翌日が検診日だったため、明日相談しようとその日はそれで過ごしてしまった。
検診日、エコーがやたらと長く疑問に感じていると、崇史も診察室に呼ばれ、『心音がありません』と告げられた。
先生の言う言葉の意味が理解できず、二人ともぼんやりしていた。
エコーを見せられて、心臓が動いていないですと説明されても、芙季子は飲み込めなかった。
母体に危険が及ぶこともあると説明され、今日か明日に入院して、出産するように言われた。自分では決められず、夫が決めた。
崇史が入院道具を取りに帰宅し、一人で病院の天井を見上げている時に思った。
わたしが悪いから、生まれてくるのが嫌になっちゃったんだろうな。
わたしが仕事を続けたいと思ったから、ボクは望まれてないって赤ちゃんに思われたんだろうなと。
息子には何の罪もないのに。
予定日までまだ二カ月半もあったのに、明日出産しないといけない。悲しいのに涙が出なかった。
ひとまず上司に連絡し、休職の手続きと仕事の引き継ぎをして、駆け付けた両親と大村の両親に謝った。
みんな芙季子の体を心配してくれた。落胆しただろうに、おくびにも出さず。
夜になって崇史も帰り、病室で一人になってもまだ実感が湧かない。何かの間違いじゃないか。行き違いがあって心音が戻ってくるんじゃないかと思っていた。
翌朝の診察でもやはり心音は確認できなかった。
陣痛誘発剤を入れて、陣痛が始まってようやく出産するんだと実感が沸いた。
だが嬉しいわけがない。死んでしまっている子を産むのだから。
痛いし、出産後の希望もなくて、泣きながら子宮口が開くのを待った。
耐えてる間とてつもなく長い時間に感じたが、実際の分娩時間は5時間ほどだった。
出産後、赤ちゃんはどこかに連れて行かれて抱かせてもらえなかった。
疲れきって病室に運ばれたら寝てしまい、起きると翌日の昼になっていた。
一目会いたくて、看護師に息子のことを訪ねたら、すでに病院から出ていた。
夫に電話をすると、これから葬儀だと言われた。
延期を頼んだが、無理だった。
今すぐに退院して参列するからと葬儀場を教えてもらおうとしたが、崇史は教えてくれず、病院からも宥められて、結局行けなかった。
しばらくして病室に来た看護師が、赤ちゃんの話をしてくれた。
身長25センチ、体重1230グラム。
数度いきんだだけですとんと出てくれた。お外を見たかったのでしょうねと優しく言われた。
芙季子は大きくなってきたお腹を撫でながら、目に映るものを説明していた。
『ツツジが咲いてるよ。ピンクの花だよ』
『今日はママの誕生日だよ。パパがケーキ買ってきてくれたよ。あなたもいつか祝ってくれるかな』
『今日も暑いね。あなたは冬生まれになるから、夏の暑さが苦手かもしれないね』と。
だから外の世界に興味持ったのかもしれない。
無事に産んであげられなかった。
外の経験がないまま、一人で空に行かせてしまった。
息子に申し訳なくて、涙が溢れて止まらなかった。
お母さんも赤ちゃんもよく頑張りましたと褒めてくれる看護師の言葉に救われた。
泣き止むまでずっと側にいて、背中をさすってくれたその手が温かくて、ありがたかった。
崇史も両方の親も労わってくれた。芙季子を気遣う優しい言葉をかけてくれた。
でも芙季子には自分を責める要因にしかならなかった。
看護師は身内でもないし友人でもない。
仕事だから来てくれただけかもしれない。
でもあの時の芙季子にとっては、その距離感がありがたかった。
優しさに甘えて、遠慮なく心を預けられた。
14
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
「鏡像のイデア」 難解な推理小説
葉羽
ミステリー
豪邸に一人暮らしする天才高校生、神藤葉羽(しんどう はね)。幼馴染の望月彩由美との平穏な日常は、一枚の奇妙な鏡によって破られる。鏡に映る自分は、確かに自分自身なのに、どこか異質な存在感を放っていた。やがて葉羽は、鏡像と現実が融合する禁断の現象、「鏡像融合」に巻き込まれていく。時を同じくして街では異形の存在が目撃され、空間に歪みが生じ始める。鏡像、異次元、そして幼馴染の少女。複雑に絡み合う謎を解き明かそうとする葉羽の前に、想像を絶する恐怖が待ち受けていた。
放課後は、喫茶店で謎解きを 〜佐世保ジャズカフェの事件目録(ディスコグラフィ)〜
邑上主水
ミステリー
かつて「ジャズの聖地」と呼ばれた長崎県佐世保市の商店街にひっそりと店を構えるジャズ・カフェ「ビハインド・ザ・ビート」──
ひょんなことから、このカフェで働くジャズ好きの少女・有栖川ちひろと出会った主人公・住吉は、彼女とともに舞い込むジャズレコードにまつわる謎を解き明かしていく。
だがそんな中、有栖川には秘められた過去があることがわかり──。
これは、かつてジャズの聖地と言われた佐世保に今もひっそりと流れ続けている、ジャズ・ミュージックにまつわる切なくもあたたかい「想い」の物語。
舞姫【後編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
彼らには思いもかけない縁(えにし)があった。
巨大財閥を起点とする親と子の遺恨が幾多の歯車となる。
誰が幸せを掴むのか。
•剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
•兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
•津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われ、ストリップダンサーとなる。
•桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
•津田(郡司)武
星児と保の故郷を残忍な形で消した男。星児と保は復讐の為に追う。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる