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二章 旧友との再会

⒉子どものこと

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 妊娠に気づいたのは4月下旬だった。
 就職してから生理不順はよくあることだから気にしていなかったが、胃のムカつきがあり、まさかと思いながら妊娠検査薬を使った。
 線が出たことに動揺した。念願の週刊誌に異動になって3年目で、まだ仕事をしたいなと思っていたから。

 新田デスクに相談し、異動はしないでデスクワークをさせてもらえることになった。
 妊娠に戸惑いはしたが、仕事のために堕ろすつもりなどなかったから、産むと決めた。

 ところが、悪阻が思っていた以上にきつく、一度気持ちが悪くなるとトイレや医務室から戻ってくるのに時間がかかり、仕事どころか、電話番すらもろくにできない日が続いた。

 編集部員たちに申し訳ないという思いでいっぱいになり、悪阻が落ち着いて安定期に入った頃から、少し無理をして仕事をするようになっていた。

 満員電車を避けるため朝早く出勤して、定時より長く仕事をして帰った。
 特につらくはなく検診でも問題がなかったから、丈夫な子なのだと油断していた。

 仕事中にいつもよりお腹の張りを感じた。おかしいなと思いつつ、翌日が検診日だったため、明日相談しようとその日はそれで過ごしてしまった。
 検診日、エコーがやたらと長く疑問に感じていると、崇史も診察室に呼ばれ、『心音がありません』と告げられた。

 先生の言う言葉の意味が理解できず、二人ともぼんやりしていた。
 エコーを見せられて、心臓が動いていないですと説明されても、芙季子は飲み込めなかった。
 母体に危険が及ぶこともあると説明され、今日か明日に入院して、出産するように言われた。自分では決められず、夫が決めた。

 崇史が入院道具を取りに帰宅し、一人で病院の天井を見上げている時に思った。
 わたしが悪いから、生まれてくるのが嫌になっちゃったんだろうな。
 わたしが仕事を続けたいと思ったから、ボクは望まれてないって赤ちゃんに思われたんだろうなと。

 息子には何の罪もないのに。
 予定日までまだ二カ月半もあったのに、明日出産しないといけない。悲しいのに涙が出なかった。

 ひとまず上司に連絡し、休職の手続きと仕事の引き継ぎをして、駆け付けた両親と大村の両親に謝った。
 みんな芙季子の体を心配してくれた。落胆しただろうに、おくびにも出さず。

 夜になって崇史も帰り、病室で一人になってもまだ実感が湧かない。何かの間違いじゃないか。行き違いがあって心音が戻ってくるんじゃないかと思っていた。

 翌朝の診察でもやはり心音は確認できなかった。
 陣痛誘発剤を入れて、陣痛が始まってようやく出産するんだと実感が沸いた。
 だが嬉しいわけがない。死んでしまっている子を産むのだから。

 痛いし、出産後の希望もなくて、泣きながら子宮口が開くのを待った。
 耐えてる間とてつもなく長い時間に感じたが、実際の分娩時間は5時間ほどだった。

 出産後、赤ちゃんはどこかに連れて行かれて抱かせてもらえなかった。
 疲れきって病室に運ばれたら寝てしまい、起きると翌日の昼になっていた。

 一目会いたくて、看護師に息子のことを訪ねたら、すでに病院から出ていた。
 夫に電話をすると、これから葬儀だと言われた。
 延期を頼んだが、無理だった。
 今すぐに退院して参列するからと葬儀場を教えてもらおうとしたが、崇史は教えてくれず、病院からも宥められて、結局行けなかった。

 しばらくして病室に来た看護師が、赤ちゃんの話をしてくれた。

 身長25センチ、体重1230グラム。
 数度いきんだだけですとんと出てくれた。お外を見たかったのでしょうねと優しく言われた。

 芙季子は大きくなってきたお腹を撫でながら、目に映るものを説明していた。
『ツツジが咲いてるよ。ピンクの花だよ』
『今日はママの誕生日だよ。パパがケーキ買ってきてくれたよ。あなたもいつか祝ってくれるかな』
『今日も暑いね。あなたは冬生まれになるから、夏の暑さが苦手かもしれないね』と。
 だから外の世界に興味持ったのかもしれない。

 無事に産んであげられなかった。
 外の経験がないまま、一人で空に行かせてしまった。
 息子に申し訳なくて、涙が溢れて止まらなかった。

 お母さんも赤ちゃんもよく頑張りましたと褒めてくれる看護師の言葉に救われた。
 泣き止むまでずっと側にいて、背中をさすってくれたその手が温かくて、ありがたかった。

 崇史も両方の親も労わってくれた。芙季子を気遣う優しい言葉をかけてくれた。
 でも芙季子には自分を責める要因にしかならなかった。
 看護師は身内でもないし友人でもない。
 仕事だから来てくれただけかもしれない。
 でもあの時の芙季子にとっては、その距離感がありがたかった。
 優しさに甘えて、遠慮なく心を預けられた。
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