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一章 女子高生殺傷殺人未遂事件
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スマホのアラームが鳴った。
芙季子はぼんやりした頭で体を起こした。
昨夜は枕を抱えたまま、うつぶせで眠ってしまったらしい。
熟睡はできなかった。たくさん夢を見た気がするが、内容は覚えていない。
頭も体も重い。まるで人一人を背負っているみたいだった。
頭痛はないが変な姿勢で眠ったせいか、首が少し痛かった。
紅茶を飲んでいると、崇史が起きてきた。
すでにスーツに着替えている。昨夜のことを思い出し、顔を見れなかった。
「おはよう。俺ももらっていい?」
「うん。今朝は紅茶?」
崇史はコーヒーを飲みながらスマホで新聞を読むのが日常だった。
「なんか胃もたれがしててさ。豚丼もダメなのかなあ」
三十歳を過ぎた頃から大好物の牛丼を食べると胃がもたれるようになり、ショックを受けていた。
「疲れてるだけよ。はい」
マグカップをテーブルに置く。
結婚式を挙げなかった二人のために、範子がお祝いにくれたマグカップだった。
芙季子のFと崇史のTがそれぞれデザインされたマグカップ。
「ありがとう」
崇史の胃が荒れているのは、昨夜泣いたせいじゃないかな。
そう思いはしたが、疲れのせいにしておいた。
疲弊していないわけがない。体だけではなくて、精神的にも。
私たち夫婦に必要なのは、癒しなのか切り替えなのか、それとも救いか。
芙季子が教えてもらいたいぐらいだった。
着替えるためにリビングを出たところで、スマホがメールの着信を告げた。外村だった。
『この動画見てください』
本文のURLをタップする。動画サイトが立ち上がった。
白壁を背景に、顔を段ボールで隠した人物の上半身が現れた。
『10月25日に起こった、埼玉の女子校生の事件の真相をお話します。私は被害者の母親です。娘はある生徒のせいで現在意識不明の重体です。娘は、宮前亜澄というグラビアイドルです。3年目のまだまだ新人ですが、表紙になったこともあります。徐々に知名度は上がってきていました。そんな中、亜澄は同級生の女子生徒Yに刺されました』
母親だという人物は、そこで言葉を詰まらせた。
すすり泣き、顔をタオルで拭く動作をする。
『亜澄は出血が酷く、助かるのか、まだわかりません。出血量から、娘が先に刺されたのだろうと、言われました。同級生Yとの間にトラブルがあったなんて、娘からは聞いていません。亜澄はおとなしくて穏やかな性格で、人とトラブルを起こすような子では、絶対にありません! きっとYは娘に嫉妬したんです。一方的に僻んで、妬んで、事件を起こしたんです』
もう一度言葉を止め、顔を拭う。
『うちは父親がいませんので、亜澄は家計を助けるために一所懸命、お仕事をしてくれていました。私は、亜澄にとって良い母親ではないかもしれません。でも亜澄はあたしのすべてなんです。たった一人の、大切な娘なんです。返して下さい! 娘を返して!』
動画は五分ほどで終わった。
投稿された時間は、十分前。午前7時の投稿。
再生回数はまだ百回ほど。
コメント欄は荒れている。
注目を浴びたいだけの騙りだと非難する声。
亜澄のファンが心配している声。
勝手に話して大丈夫なのかという危惧する声や、大切な娘ならそんな仕事をさせるなという怒りの声もある。
芙季子としては、捜査が攪乱されないかが心配だった。誤誘導される可能性もあるんじゃないかと。
それに、これは事務所を通しているのだろうか。
事務所とトラブルになると、宮前亜澄が回復し復帰したくとも、出来なくなるのではないか。
いろいろなことが一瞬で頭を過ったが、まずは真実かどうかを探らなければいけない。宮前亜澄の周辺取材が必要だ。
リビングに戻り、点けていなかったテレビの電源を入れた。
朝のニュースを見るが、今のところ話題になっていない。だが昼までに事態が動く可能性がある。
動画に気づいたどこかの局が取り上げると、一気に火がつく。母親の悲痛な訴えは、大衆受けするだろうから。
テレビを消し、芙季子は大急ぎで出勤の準備を終えた。崇史は8時に出勤し、芙季子も後を追うように自宅を出た。
満員電車に揺られながら、スマホで調べものをする。
所属事務所のホームページに宮前亜澄の宣材写真が掲載されていた。
黒髪姫カットの少女が、視線をわずかに逸らして恥ずかしそうにはにかんでいる。
清楚な雰囲気だった。写真をクリックしてプロフィール画面に飛ぶ。
芙季子は「え?!」と小さく声を上げた。誕生日が10月25日。事件のあった日だった。
ツイッターへのリンクをクリック。開始時期は2年ほど前。フォロワー数は5万人。
最後の投稿は誕生日の朝。
昨夜、誕生日を事務所の人たちに祝ってもらった、とショートケーキだけの写真が載っている。
その投稿への返信が800ほど。
内容を確認すると、直近のコメントはお祝いメッセージではなかった。
『大丈夫ですか? 帰ってきてよ』『ずっと待ってるよ』『犯人絶対許さない!』と物騒なものもある。
残り400ほどになって、ようやく本来のおめでとうコメントが出てきた。
熱心なファンによる動画の拡散は、時間の問題に思えた。
過去の投稿には、掲載される雑誌の宣伝や写真集の発売、差し入れの台湾カステラ美味しかった、タピオカは太るから我慢我慢とタピオカ抜きのアイスミルクティの写真。気になってたお洋服買っちゃいましたなど日常の投稿。
週1・2回の更新に本人の写真はほとんどない。
グラビア活動をしているなら、自撮りやスタッフが撮影したものを投稿しそうなものだが、と不思議に思う。
仕事中の写真と、他のグラドルたちと絡んでいる写真もなかった。
芙季子はぼんやりした頭で体を起こした。
昨夜は枕を抱えたまま、うつぶせで眠ってしまったらしい。
熟睡はできなかった。たくさん夢を見た気がするが、内容は覚えていない。
頭も体も重い。まるで人一人を背負っているみたいだった。
頭痛はないが変な姿勢で眠ったせいか、首が少し痛かった。
紅茶を飲んでいると、崇史が起きてきた。
すでにスーツに着替えている。昨夜のことを思い出し、顔を見れなかった。
「おはよう。俺ももらっていい?」
「うん。今朝は紅茶?」
崇史はコーヒーを飲みながらスマホで新聞を読むのが日常だった。
「なんか胃もたれがしててさ。豚丼もダメなのかなあ」
三十歳を過ぎた頃から大好物の牛丼を食べると胃がもたれるようになり、ショックを受けていた。
「疲れてるだけよ。はい」
マグカップをテーブルに置く。
結婚式を挙げなかった二人のために、範子がお祝いにくれたマグカップだった。
芙季子のFと崇史のTがそれぞれデザインされたマグカップ。
「ありがとう」
崇史の胃が荒れているのは、昨夜泣いたせいじゃないかな。
そう思いはしたが、疲れのせいにしておいた。
疲弊していないわけがない。体だけではなくて、精神的にも。
私たち夫婦に必要なのは、癒しなのか切り替えなのか、それとも救いか。
芙季子が教えてもらいたいぐらいだった。
着替えるためにリビングを出たところで、スマホがメールの着信を告げた。外村だった。
『この動画見てください』
本文のURLをタップする。動画サイトが立ち上がった。
白壁を背景に、顔を段ボールで隠した人物の上半身が現れた。
『10月25日に起こった、埼玉の女子校生の事件の真相をお話します。私は被害者の母親です。娘はある生徒のせいで現在意識不明の重体です。娘は、宮前亜澄というグラビアイドルです。3年目のまだまだ新人ですが、表紙になったこともあります。徐々に知名度は上がってきていました。そんな中、亜澄は同級生の女子生徒Yに刺されました』
母親だという人物は、そこで言葉を詰まらせた。
すすり泣き、顔をタオルで拭く動作をする。
『亜澄は出血が酷く、助かるのか、まだわかりません。出血量から、娘が先に刺されたのだろうと、言われました。同級生Yとの間にトラブルがあったなんて、娘からは聞いていません。亜澄はおとなしくて穏やかな性格で、人とトラブルを起こすような子では、絶対にありません! きっとYは娘に嫉妬したんです。一方的に僻んで、妬んで、事件を起こしたんです』
もう一度言葉を止め、顔を拭う。
『うちは父親がいませんので、亜澄は家計を助けるために一所懸命、お仕事をしてくれていました。私は、亜澄にとって良い母親ではないかもしれません。でも亜澄はあたしのすべてなんです。たった一人の、大切な娘なんです。返して下さい! 娘を返して!』
動画は五分ほどで終わった。
投稿された時間は、十分前。午前7時の投稿。
再生回数はまだ百回ほど。
コメント欄は荒れている。
注目を浴びたいだけの騙りだと非難する声。
亜澄のファンが心配している声。
勝手に話して大丈夫なのかという危惧する声や、大切な娘ならそんな仕事をさせるなという怒りの声もある。
芙季子としては、捜査が攪乱されないかが心配だった。誤誘導される可能性もあるんじゃないかと。
それに、これは事務所を通しているのだろうか。
事務所とトラブルになると、宮前亜澄が回復し復帰したくとも、出来なくなるのではないか。
いろいろなことが一瞬で頭を過ったが、まずは真実かどうかを探らなければいけない。宮前亜澄の周辺取材が必要だ。
リビングに戻り、点けていなかったテレビの電源を入れた。
朝のニュースを見るが、今のところ話題になっていない。だが昼までに事態が動く可能性がある。
動画に気づいたどこかの局が取り上げると、一気に火がつく。母親の悲痛な訴えは、大衆受けするだろうから。
テレビを消し、芙季子は大急ぎで出勤の準備を終えた。崇史は8時に出勤し、芙季子も後を追うように自宅を出た。
満員電車に揺られながら、スマホで調べものをする。
所属事務所のホームページに宮前亜澄の宣材写真が掲載されていた。
黒髪姫カットの少女が、視線をわずかに逸らして恥ずかしそうにはにかんでいる。
清楚な雰囲気だった。写真をクリックしてプロフィール画面に飛ぶ。
芙季子は「え?!」と小さく声を上げた。誕生日が10月25日。事件のあった日だった。
ツイッターへのリンクをクリック。開始時期は2年ほど前。フォロワー数は5万人。
最後の投稿は誕生日の朝。
昨夜、誕生日を事務所の人たちに祝ってもらった、とショートケーキだけの写真が載っている。
その投稿への返信が800ほど。
内容を確認すると、直近のコメントはお祝いメッセージではなかった。
『大丈夫ですか? 帰ってきてよ』『ずっと待ってるよ』『犯人絶対許さない!』と物騒なものもある。
残り400ほどになって、ようやく本来のおめでとうコメントが出てきた。
熱心なファンによる動画の拡散は、時間の問題に思えた。
過去の投稿には、掲載される雑誌の宣伝や写真集の発売、差し入れの台湾カステラ美味しかった、タピオカは太るから我慢我慢とタピオカ抜きのアイスミルクティの写真。気になってたお洋服買っちゃいましたなど日常の投稿。
週1・2回の更新に本人の写真はほとんどない。
グラビア活動をしているなら、自撮りやスタッフが撮影したものを投稿しそうなものだが、と不思議に思う。
仕事中の写真と、他のグラドルたちと絡んでいる写真もなかった。
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