9 / 60
一章 女子高生殺傷殺人未遂事件
8.投稿された動画
しおりを挟む
スマホのアラームが鳴った。
芙季子はぼんやりした頭で体を起こした。
昨夜は枕を抱えたまま、うつぶせで眠ってしまったらしい。
熟睡はできなかった。たくさん夢を見た気がするが、内容は覚えていない。
頭も体も重い。まるで人一人を背負っているみたいだった。
頭痛はないが変な姿勢で眠ったせいか、首が少し痛かった。
紅茶を飲んでいると、崇史が起きてきた。
すでにスーツに着替えている。昨夜のことを思い出し、顔を見れなかった。
「おはよう。俺ももらっていい?」
「うん。今朝は紅茶?」
崇史はコーヒーを飲みながらスマホで新聞を読むのが日常だった。
「なんか胃もたれがしててさ。豚丼もダメなのかなあ」
三十歳を過ぎた頃から大好物の牛丼を食べると胃がもたれるようになり、ショックを受けていた。
「疲れてるだけよ。はい」
マグカップをテーブルに置く。
結婚式を挙げなかった二人のために、範子がお祝いにくれたマグカップだった。
芙季子のFと崇史のTがそれぞれデザインされたマグカップ。
「ありがとう」
崇史の胃が荒れているのは、昨夜泣いたせいじゃないかな。
そう思いはしたが、疲れのせいにしておいた。
疲弊していないわけがない。体だけではなくて、精神的にも。
私たち夫婦に必要なのは、癒しなのか切り替えなのか、それとも救いか。
芙季子が教えてもらいたいぐらいだった。
着替えるためにリビングを出たところで、スマホがメールの着信を告げた。外村だった。
『この動画見てください』
本文のURLをタップする。動画サイトが立ち上がった。
白壁を背景に、顔を段ボールで隠した人物の上半身が現れた。
『10月25日に起こった、埼玉の女子校生の事件の真相をお話します。私は被害者の母親です。娘はある生徒のせいで現在意識不明の重体です。娘は、宮前亜澄というグラビアイドルです。3年目のまだまだ新人ですが、表紙になったこともあります。徐々に知名度は上がってきていました。そんな中、亜澄は同級生の女子生徒Yに刺されました』
母親だという人物は、そこで言葉を詰まらせた。
すすり泣き、顔をタオルで拭く動作をする。
『亜澄は出血が酷く、助かるのか、まだわかりません。出血量から、娘が先に刺されたのだろうと、言われました。同級生Yとの間にトラブルがあったなんて、娘からは聞いていません。亜澄はおとなしくて穏やかな性格で、人とトラブルを起こすような子では、絶対にありません! きっとYは娘に嫉妬したんです。一方的に僻んで、妬んで、事件を起こしたんです』
もう一度言葉を止め、顔を拭う。
『うちは父親がいませんので、亜澄は家計を助けるために一所懸命、お仕事をしてくれていました。私は、亜澄にとって良い母親ではないかもしれません。でも亜澄はあたしのすべてなんです。たった一人の、大切な娘なんです。返して下さい! 娘を返して!』
動画は五分ほどで終わった。
投稿された時間は、十分前。午前7時の投稿。
再生回数はまだ百回ほど。
コメント欄は荒れている。
注目を浴びたいだけの騙りだと非難する声。
亜澄のファンが心配している声。
勝手に話して大丈夫なのかという危惧する声や、大切な娘ならそんな仕事をさせるなという怒りの声もある。
芙季子としては、捜査が攪乱されないかが心配だった。誤誘導される可能性もあるんじゃないかと。
それに、これは事務所を通しているのだろうか。
事務所とトラブルになると、宮前亜澄が回復し復帰したくとも、出来なくなるのではないか。
いろいろなことが一瞬で頭を過ったが、まずは真実かどうかを探らなければいけない。宮前亜澄の周辺取材が必要だ。
リビングに戻り、点けていなかったテレビの電源を入れた。
朝のニュースを見るが、今のところ話題になっていない。だが昼までに事態が動く可能性がある。
動画に気づいたどこかの局が取り上げると、一気に火がつく。母親の悲痛な訴えは、大衆受けするだろうから。
テレビを消し、芙季子は大急ぎで出勤の準備を終えた。崇史は8時に出勤し、芙季子も後を追うように自宅を出た。
満員電車に揺られながら、スマホで調べものをする。
所属事務所のホームページに宮前亜澄の宣材写真が掲載されていた。
黒髪姫カットの少女が、視線をわずかに逸らして恥ずかしそうにはにかんでいる。
清楚な雰囲気だった。写真をクリックしてプロフィール画面に飛ぶ。
芙季子は「え?!」と小さく声を上げた。誕生日が10月25日。事件のあった日だった。
ツイッターへのリンクをクリック。開始時期は2年ほど前。フォロワー数は5万人。
最後の投稿は誕生日の朝。
昨夜、誕生日を事務所の人たちに祝ってもらった、とショートケーキだけの写真が載っている。
その投稿への返信が800ほど。
内容を確認すると、直近のコメントはお祝いメッセージではなかった。
『大丈夫ですか? 帰ってきてよ』『ずっと待ってるよ』『犯人絶対許さない!』と物騒なものもある。
残り400ほどになって、ようやく本来のおめでとうコメントが出てきた。
熱心なファンによる動画の拡散は、時間の問題に思えた。
過去の投稿には、掲載される雑誌の宣伝や写真集の発売、差し入れの台湾カステラ美味しかった、タピオカは太るから我慢我慢とタピオカ抜きのアイスミルクティの写真。気になってたお洋服買っちゃいましたなど日常の投稿。
週1・2回の更新に本人の写真はほとんどない。
グラビア活動をしているなら、自撮りやスタッフが撮影したものを投稿しそうなものだが、と不思議に思う。
仕事中の写真と、他のグラドルたちと絡んでいる写真もなかった。
芙季子はぼんやりした頭で体を起こした。
昨夜は枕を抱えたまま、うつぶせで眠ってしまったらしい。
熟睡はできなかった。たくさん夢を見た気がするが、内容は覚えていない。
頭も体も重い。まるで人一人を背負っているみたいだった。
頭痛はないが変な姿勢で眠ったせいか、首が少し痛かった。
紅茶を飲んでいると、崇史が起きてきた。
すでにスーツに着替えている。昨夜のことを思い出し、顔を見れなかった。
「おはよう。俺ももらっていい?」
「うん。今朝は紅茶?」
崇史はコーヒーを飲みながらスマホで新聞を読むのが日常だった。
「なんか胃もたれがしててさ。豚丼もダメなのかなあ」
三十歳を過ぎた頃から大好物の牛丼を食べると胃がもたれるようになり、ショックを受けていた。
「疲れてるだけよ。はい」
マグカップをテーブルに置く。
結婚式を挙げなかった二人のために、範子がお祝いにくれたマグカップだった。
芙季子のFと崇史のTがそれぞれデザインされたマグカップ。
「ありがとう」
崇史の胃が荒れているのは、昨夜泣いたせいじゃないかな。
そう思いはしたが、疲れのせいにしておいた。
疲弊していないわけがない。体だけではなくて、精神的にも。
私たち夫婦に必要なのは、癒しなのか切り替えなのか、それとも救いか。
芙季子が教えてもらいたいぐらいだった。
着替えるためにリビングを出たところで、スマホがメールの着信を告げた。外村だった。
『この動画見てください』
本文のURLをタップする。動画サイトが立ち上がった。
白壁を背景に、顔を段ボールで隠した人物の上半身が現れた。
『10月25日に起こった、埼玉の女子校生の事件の真相をお話します。私は被害者の母親です。娘はある生徒のせいで現在意識不明の重体です。娘は、宮前亜澄というグラビアイドルです。3年目のまだまだ新人ですが、表紙になったこともあります。徐々に知名度は上がってきていました。そんな中、亜澄は同級生の女子生徒Yに刺されました』
母親だという人物は、そこで言葉を詰まらせた。
すすり泣き、顔をタオルで拭く動作をする。
『亜澄は出血が酷く、助かるのか、まだわかりません。出血量から、娘が先に刺されたのだろうと、言われました。同級生Yとの間にトラブルがあったなんて、娘からは聞いていません。亜澄はおとなしくて穏やかな性格で、人とトラブルを起こすような子では、絶対にありません! きっとYは娘に嫉妬したんです。一方的に僻んで、妬んで、事件を起こしたんです』
もう一度言葉を止め、顔を拭う。
『うちは父親がいませんので、亜澄は家計を助けるために一所懸命、お仕事をしてくれていました。私は、亜澄にとって良い母親ではないかもしれません。でも亜澄はあたしのすべてなんです。たった一人の、大切な娘なんです。返して下さい! 娘を返して!』
動画は五分ほどで終わった。
投稿された時間は、十分前。午前7時の投稿。
再生回数はまだ百回ほど。
コメント欄は荒れている。
注目を浴びたいだけの騙りだと非難する声。
亜澄のファンが心配している声。
勝手に話して大丈夫なのかという危惧する声や、大切な娘ならそんな仕事をさせるなという怒りの声もある。
芙季子としては、捜査が攪乱されないかが心配だった。誤誘導される可能性もあるんじゃないかと。
それに、これは事務所を通しているのだろうか。
事務所とトラブルになると、宮前亜澄が回復し復帰したくとも、出来なくなるのではないか。
いろいろなことが一瞬で頭を過ったが、まずは真実かどうかを探らなければいけない。宮前亜澄の周辺取材が必要だ。
リビングに戻り、点けていなかったテレビの電源を入れた。
朝のニュースを見るが、今のところ話題になっていない。だが昼までに事態が動く可能性がある。
動画に気づいたどこかの局が取り上げると、一気に火がつく。母親の悲痛な訴えは、大衆受けするだろうから。
テレビを消し、芙季子は大急ぎで出勤の準備を終えた。崇史は8時に出勤し、芙季子も後を追うように自宅を出た。
満員電車に揺られながら、スマホで調べものをする。
所属事務所のホームページに宮前亜澄の宣材写真が掲載されていた。
黒髪姫カットの少女が、視線をわずかに逸らして恥ずかしそうにはにかんでいる。
清楚な雰囲気だった。写真をクリックしてプロフィール画面に飛ぶ。
芙季子は「え?!」と小さく声を上げた。誕生日が10月25日。事件のあった日だった。
ツイッターへのリンクをクリック。開始時期は2年ほど前。フォロワー数は5万人。
最後の投稿は誕生日の朝。
昨夜、誕生日を事務所の人たちに祝ってもらった、とショートケーキだけの写真が載っている。
その投稿への返信が800ほど。
内容を確認すると、直近のコメントはお祝いメッセージではなかった。
『大丈夫ですか? 帰ってきてよ』『ずっと待ってるよ』『犯人絶対許さない!』と物騒なものもある。
残り400ほどになって、ようやく本来のおめでとうコメントが出てきた。
熱心なファンによる動画の拡散は、時間の問題に思えた。
過去の投稿には、掲載される雑誌の宣伝や写真集の発売、差し入れの台湾カステラ美味しかった、タピオカは太るから我慢我慢とタピオカ抜きのアイスミルクティの写真。気になってたお洋服買っちゃいましたなど日常の投稿。
週1・2回の更新に本人の写真はほとんどない。
グラビア活動をしているなら、自撮りやスタッフが撮影したものを投稿しそうなものだが、と不思議に思う。
仕事中の写真と、他のグラドルたちと絡んでいる写真もなかった。
11
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
声の響く洋館
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。
彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。
密室島の輪舞曲
葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。
洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。
特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発
斑鳩陽菜
ミステリー
K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。
遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。
そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。
遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。
臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
かれん
青木ぬかり
ミステリー
「これ……いったい何が目的なの?」
18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。
※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる