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一章 女子高生殺傷殺人未遂事件

7.恐ろしい夢

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 夢を見た。

 芙季子の目の前に赤ちゃんがいた。
 あどけない笑顔で崇史と遊んでいる。芙季子に顔を向け、はいはいしてくる。
 か弱い存在に芙季子は戸惑いながらも、脇に手を入れ抱え上げた。その瞬間、赤ん坊の全身が真っ黒になった。

 悲鳴を上げ、思わず手を離してしまう。
 落ちた真っ黒の物体は、ロープのような蛇のような、細長い物体に姿を変えて、足に絡みつこうとする。

 芙季子は逃げた。

 それは芙季子を追いかけてくる。
 逃げても逃げても、近づいてくる。

 ついに芙季子の足をとらえ、転倒させた。

 ずりずりと体を這いあがってくる。
 芙季子は手足を振り回し抵抗したが、喉に達した時、ぐぐっと力がこめられた。

 体の上で、黒い物体が大きくなった。胸に体重を感じる。
 悲鳴すら出せず、苦しさのあまり手足をばたばたと動かすと、芙季子の手がそれの体を捉えた。

 力を込めて引き剝がす。黒い部分だけが剥がれ、下から芙季子の顔が現れた。悲しみに歪んだ顔で首を絞めながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。そしていつものように言うーー

「僕を一人にしないで」

 飛び起きた芙季子は、ぜいぜいと激しく息をついた。
 熱い。
 全身がひどく熱い。

 顔から体から汗が流れ、気持ちが悪い。
 タオルで顔を拭き、濡れた部屋着を着替える。

 出産後から毎日のように、夢を見る。
 大体が何かに追われていた。ライオンだったり、殺人鬼だったり。
 場所はエレベーターだったり森の中だったり。逃げ切れたことはない。
 肩や脚を掴まれたり、殺されかけたり。
 崇史と一緒に逃げていることもあったが、一人のことが多かった。

 家に籠っているからいけないのだと思い、散歩に出てみると夢を見る頻度は減った。
 仕事を再開すると、きっと疲れて見なくなる。
 期待していたのに、やはり見てしまった。

 目覚めが悪い。最悪の気分だった。
 時計を見ると日付が変わったばかり。

 水でも飲もうと、自室を出た。

 廊下は真っ暗なのに、玄関先がうっすらと明るかった。
 廊下を挟んで夫婦の寝室と崇史の自室がある。

 崇史の部屋から明かりが漏れていた。
 仕事をしているのかゲームをしているのかわからないが、音を立てないでおこう。

 そっと歩いてリビングから台所へ。
 水を飲むと少し落ち着いた。

 眠るのが怖い。
 起きているのもつらい。
 何かをして気を紛らしていないと、気持ちがどんどん暗い方に沈んでいく。

 あの時ああすれば良かった。こうすれば良かったと、後悔ばかりが押し寄せる。
 考えても仕方がない、起こった事実は、誰にも変えようがない。
 まして、誰にも予想出来ないことだったのだ。医者ですらも。

 それでも、扶季子は自分を責めた。
 自分の行いが悪いから起こってしまったのだ。
 自分は罰を受けなければいけないのだ。
 生きていては駄目なのだ。

 そう考えてしまう瞬間もあった。

 行動に起こしたことはない。まだ理性が勝っていた。

 女子高生たちの事件に惹かれたのは、扶季子には出来ないボーダーを、二人はなぜ乗り越えてしまったのか。
 若さのせいなのか、扶季子以上につらいことがあったのか。
 動機が知りたかったからだ。

 報道されるのを、ただじっと待っている事が出来ず、動き出したのだった。

 取材は始まったばかりで、まだ何もわかっていない。
 何かがわかれば、悪夢から解放されるかもしれない。
 ならば明日からの取材に備えて体を休めないといけない。悪夢を見るかもしれなくても眠ろう。
 
 リビングを出た時、声が聞こえた。
 崇史の部屋からだった。
 こんな時間に誰と話しているんだろう。
 緊急事態でも起こったのだろうか。

 扶季子は崇史の部屋の前に移動した。
 引き戸は締まりきっておらず、隙間が空いていた。
 崇史の声が漏れてくる。いけないと思いながらも、聞き耳を立てた。

 それは押し殺した嗚咽だった。
 堪えようとして、漏れた声が呻いているように聞こえてくる。
 深い悲しみに満ちた、切ない声。鼻をすする。
「あき……」
 か細く呟く。

 聞こえた瞬間、扶季子は身を翻らせた。
 自室に逃げ込む。治まった動悸が再開して、耳鳴りがした。胸が苦しい。気持ちが悪い。

 布団を頭から被る。
 自分の殻に閉じこもったところで、何も進展はしない。そんなことよくわかっていた。
 けれど、今はすべてのことをシャットアウトしたかった。
 過去も現在も未来も、1時間後のことすらも考えたくなかった。
 ただただ、引きこもりたかった。
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