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十二話 お祖母ちゃんと過ごす時間

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 美弥は子ども用エプロンをつけて、お祖母ちゃんのとなりに並んだ。
 エプロンはお祖母ちゃんのお手製。白地に葉っぱ模様の生地で、胸元にバーニーズマウンテンドッグのシルエットをいつけてくれた。
 美弥のお気に入りのエプロンだ。
 
 お祖母ちゃんは冷蔵庫から玉ねぎとニンジンを取り出した。
 ぶつ切りにした野菜を、美弥がフードプロセッサーに入れていく。
 全部入れると、ふたをして、スイッチを押す。

 玉ねぎが、みるみるうちに細かくなっていく。
 中身を取り出すのはお祖母ちゃん。刃がついていて危ないから。

「ニンジン入れるん?」
 ニンジンが苦手な美弥としては、入れないで欲しいところ。

「入れますよお。ニンジンさあん、ニンジンさあん、美弥ちゃんに美味しく食べてもらおうねえ」
 お祖母ちゃんが歌うみたいに抑揚よくようをつけてニンジンを切り、フードプロセッサーに入れていく。

 渋々、美弥はスイッチを押す。玉ねぎより多めに回して、できるだけ小さく。青っぽい匂いが少しでもなくなるように。

 取り出したニンジンと玉ねぎをフライパンに移し、バターで炒める。
 バターが溶ける匂いは、幸せになる香りだ。

「炒めたニンジンと玉ねぎは冷ましまぁす。その間に、美弥ちゃんはレタスをちぎってね」
「はーい」

 渡されたレタスをちぎって、ザルに入れる。
 お祖母ちゃんはキャベツを切っていく。ザクザクと気持ちのいい音がする。

「これくらい?」
「うん。それくらいでいいわよ。ありがとう。冷めるまで時間があるから、テレビでも見ていらっしゃい」
「はーい」

 テレビを点けてチャンネルを回す。
 夕方はニュースしかやっていなくて、つまらなかったので、台所のお祖母ちゃんのところに戻った。

 キャベツの千切りを終えたお祖母ちゃんは、お鍋に水を張って温めている。
「なに作るん?」

「お味噌汁よ。お豆腐は好き?」
「うん、好き。わかめは?」

「入れるよ。お祖父ちゃんの髪の毛のために」
「髪の毛? なんで?」

「残り少ない髪の毛が少しでも増えますようにって」
  お祖母ちゃんが胸の前で手を組んで、お祈りのポーズみたいにしたので、
「なにそれ、きゃはは」
 美弥はおもしろくて笑った。

 お味噌汁ができあがり、炒めたニンジン玉ねぎが冷めたから、とお祖母ちゃんはボウルにひき肉・パン粉・牛乳・卵と一緒に入れて、混ぜていく。

「美弥ちゃんもやってみる?」
「えー、なんか気持ち悪い」
 ぐちょぐちょした中に手を入れるのは、ちょっとした勇気が必要だった。

「泥んこ遊びだと思って、やってみなさいな」
 手を洗って、美弥はおそるおそる、肉や野菜が混ざったボウルに手を入れてみる。
 ぬちゃっとして、ひんやりしている。べたべたした感じもあって、やっぱり少し気持ち悪い。

「これ、ほんまにハンバーグ?」
「もちろんよ。美味しいハンバーグになるのよ。手に油をぬってから、てのひら分を取って、こうやって空気を抜きながら、形を作っていくの。ハンバーグのタネよ」

 てのひらにおさまるぐらいの大きさを取って丸めると、左右の手に軽く投げるようにキャッチボールをしていく。
 美弥も真似てみる。いきおい余って手から飛び出しそうになるのを落とさないようにしながら。

 美弥がひとつ作る間に、お祖母ちゃんは三つ作っていた。
「早いなあ」
「慣れたら簡単よ。美弥ちゃんはあともうひとつ作ってね」

 はいと渡された塊かたまりを、ぽん、ぽんと左右の手に受け渡す。
 全部で八個、ハンバーグのタネができた。

「割れないように、真ん中を少しへこまして」
 人差し指で、ぷにっと押していく。
 美弥も優しく真ん中を押した。

「これを焼いていきます。その前に手を洗いましょう」
「うん!」

 手はハンバーグのタネでべとべと。いつ洗うのかなと思っていた。
 お湯を出して、ハンドウォッシュを使って爪の中や指の腹、てのひらをしっかりと洗い流していく。

 べたべたは取れたけど、
「お祖母ちゃん、手がお肉くさい」
 匂いが手に残っていた。

「それじゃあね、お水にお酢を入れて、ここでこすってみて」
 いわれた通りにすると、手についた匂いが消えていた。
「とれた」
「よかった。いよいよ焼いていきます」

 美弥が形を作ったタネを含めた四つをフライパンで焼いていく。

 ジュージューという音と、こうばしい匂いがしてくる。
 美弥のお腹の虫が、クーと鳴った。

「もう少しだから、待っててねえ」
 
 お祖母ちゃんがハンバーグをひっくり返した。美味しそうに焼けている。
 水を入れて、蓋をする。

「この間に、お皿にサラダを盛ってねえ」
「はーい」
 レタス・キャベツ・きゅうりを順番に盛って。ハンバーグが焼き上がるのを待つ。

「蓋を外しまあす」
 その瞬間を見つめる。
 蓋が開いた瞬間、白い煙がふわっと漂い、匂いが続く。

「うわー、ええ匂い」
 美弥は嬉しくなって、きゃっきゃっと飛び跳ねた。

 美弥が持ったサラダのとなりに、ハンバーグがのる。
 焼くのに使ったフライパンで作ったソースが、ハンバーグにかかる。

「お祖母ちゃん、美味しそう」
「じゃあ、いただきましょう」
 自分の分を慎重にテーブルに運んだ。お祖母ちゃんがお味噌汁とお茶碗によそった白米を並べてくれる。
「はい、じゃあ、いただきましょう」
「いただきます」

 わくわくしながら、ハンバーグにお箸を入れて一口サイズに分ける。
 ぱくっと口に入れて、かむ。
「んー」
 美味しくて言葉にならない。美弥は夢中でハンバーグを頬張った。

「べちゃってしたタネが、こんなに美味しくなるんやあ」
「美弥ちゃんが勇気をだして、がんばったからね。やってみたら楽しかったでしょ」
「そうやなあ。美味しい食べ物ができるんやったら、勇気だしてみてよかった」
 お祖母ちゃんのいう通りだなあと思いながら、美弥はハンバーグ最後の一切れを口に入れた。

「ごちそうさまでした」
 流しに運んだ食器をお祖母ちゃんが洗っているとき、お留守番をしてくれているルークスを思い出した。
 お腹を空かせていることはないけど、寂しがっているかもしれない。そろそろ帰ろうかな。

 スマホを見たけど、ママから新しいメッセージはきていない。
 夜ご飯はハンバーグだよ。とメッセージを送っておく。

「なあ、お祖母ちゃん。そろそろお家帰ってもいい? 宿題あるねん」
「宿題? 持ってきたら? ママいつになるかわからないでしょ」

 少し考えた末、宿題をお祖母ちゃん家ですることに決め、取りに戻った。
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