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六話 柴犬の声
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学校を一周して、スーパーの横の道に戻ってきた。そこで柴犬を連れた二人の男子がやってくるのが目にとまった。
一人は美弥より大きくて、高学年に見えた。もう一人は美弥より小さい、低学年だろうか。きっと二人は兄弟だ。
イヌは茶色の毛の柴。大きさからして成犬に思えた。くるんと巻き上がった尻尾がとてもかわいい。リードがぴんと張っているので、元気のいい子なのかもしれない。
「お兄ちゃん、ボクも持ちたい」
弟くんのほうが、お兄ちゃんの持つリードに触れようと手を伸ばす。
「だめだ!」
鋭い声とともに、お兄ちゃんの手が伸びてきた弟くんの手を振り払った。
お兄ちゃんの言葉や仕草が乱暴で、びっくりした美弥は思わず足を止めた。
「おねがい、お兄ちゃーん」
弟くんが足をじたばたさせて甘えてみせるけれど、お兄ちゃんの方はまったく気にかけていない。ずんずん進んでいく。柴犬の方が足を止めて、弟くんを気にするそぶりを見せた。
「お前はだめだ」
お兄ちゃんが美弥と通り過ぎながら、もう一度弟くんにそういった。
弟くんは半泣きで後を追って、美弥とすれちがった。
二人を見送った美弥も歩き出す。
『びっくりした。リードくらい半分持たせてあげたらいいのに。いじわるなお兄ちゃんやね』
(あのしば、ふたりにごめんなさい、っていってた)
『謝ってたの? なんでやろう。っていうかルークス、柴ちゃんとお話しできたん?』
(はなしをしたんじゃないんだけど、かんがえてることがわかったんだ)
『ルークスは、超能力犬やねえ』
(ちょうのうりょく?)
『不思議な力を持ってる子ってこと』
(ぼく、からだないからね)
『そっか。それで不思議な力があるのかもね。知らんけど』
ルークスがちらりと背後を見た。美弥も振り返る。
歩いていく三人の背中が見えた。リードを持ちたいと弟くんの訴える声が聞こえてきそうだった。
幹線道路沿いをとことこ進む。レストラン、コンビニ、かわいい内装のケーキ屋さん、ドーナツ屋さん、メガネ屋さん、角には動物病院がある。
信号を渡って、マンションに戻るまでに、バーガー屋さん、ピザ屋さん、本屋さん、コンビニ、くつ屋さん、カフェなど、たくさんのお店が並んでいる。
どのお店も美弥はまだ行ったことがないけれど、いつかママに連れてきてもらおうと思いながらマンションに戻った。
ママにオートロックの扉を開けてもらって家に入ると、
「汗だくじゃない。お風呂入っちゃいなさい」
といわれて、お風呂場に向かった。服を脱いで、背後を振り返る。
「ルークス、一緒に入る?」
(え! ぼくはいいよ)
お風呂場まではついてきたルークスが、慌てたように出て行こうとする。
「ぬれないんとちゃうかなあ」
水道のお水をお皿に手のひらにため、ルークスの上で傾けてみる。
首をすくめて目をつぶったルークスの体を通り抜けて、お水は床に落ちた。
「ほら、大丈夫。一緒に入ろうや」
(う、うん)
「おいで、おいで」
腰がひけた状態のルークスを誘導していく。
湯船のお湯をかけてもルークスはやっぱり濡れなかった。
「ちょっと待っててな」
頭から全身を手早く洗って、ちゃぽんとお湯につかる。
「ルークスもおいでよ」
水が苦手なルークスは、濡れないとわかっていてもためらっている。
美弥はお湯の中で立ち上がって、ルークスの体を抱え上げた。
想像していたような重さを感じなかった。それどころか、羽のように軽い。
「ルークス、まるで天使さんやねえ。軽いわあ」
抱えたまま、座っていく。
ルークスは慌てるように脚を動かしたけれど、美弥にされるがまま、お湯に体を沈めた。
「どう? 気持ちいい?」
ルークスは湯船の中で立っていた。顔がつかるほどの湯量はないのに、顔を上げている。
(わかんないけど、みやちゃんといっしょだと楽しい)
「うん。あたしも楽しい」
パパが庭にプールを作ってくれたとき、美弥はルークスと一緒に水遊びをするつもりだったのに、ルークスは嫌がった。周囲を走り回り、クーラーのきいた涼しい室内で休憩をし、最期までプールに入ってくれなかった。
美弥は指鉄砲を作ってルークスに水をかけると、ルークスは顔をそむけた。
「濡れへんのに、なんでよけるん?」
だんだんおもしろくなってきて、美弥はばしゃとばしゃと豪快にかけた。
ルークスが暴れる。
気分が上がって、美弥はきゃーきゃーと大きな声をだした。
「美弥! なにやってるの」
騒いでいる声をききつけたママがお風呂場に飛び込んできた。
「なんでもないよ」
美弥は慌ててルークスとのお風呂遊びを終わらせ、お風呂から上がった。
晩ご飯は、野菜炒めと冷奴とお漬物。
「お風呂でなにしてたの? 一人で遊んでたの?」
ママは不思議そうな顔をしていた。
ルークスの姿はやっぱりママには見えていなかった。ママにルークスが帰ってきたことをわかってもらうのは諦めた美弥は、
「秘密」
と答えた、苦手なニンジンと格闘して、夕食を終えた。
夜もママは勉強するというので、美弥は自室に戻った。
いつもなら、ママと少しお話したいなと思うけれど、これからはルークスがいる。
寂しい気持ちはどこかにいった。
ルークスとお話しようと思いながら、ベッドでごろんと横になった。ところが話もしないうちに眠くなり、美弥はすっと眠りについた
一人は美弥より大きくて、高学年に見えた。もう一人は美弥より小さい、低学年だろうか。きっと二人は兄弟だ。
イヌは茶色の毛の柴。大きさからして成犬に思えた。くるんと巻き上がった尻尾がとてもかわいい。リードがぴんと張っているので、元気のいい子なのかもしれない。
「お兄ちゃん、ボクも持ちたい」
弟くんのほうが、お兄ちゃんの持つリードに触れようと手を伸ばす。
「だめだ!」
鋭い声とともに、お兄ちゃんの手が伸びてきた弟くんの手を振り払った。
お兄ちゃんの言葉や仕草が乱暴で、びっくりした美弥は思わず足を止めた。
「おねがい、お兄ちゃーん」
弟くんが足をじたばたさせて甘えてみせるけれど、お兄ちゃんの方はまったく気にかけていない。ずんずん進んでいく。柴犬の方が足を止めて、弟くんを気にするそぶりを見せた。
「お前はだめだ」
お兄ちゃんが美弥と通り過ぎながら、もう一度弟くんにそういった。
弟くんは半泣きで後を追って、美弥とすれちがった。
二人を見送った美弥も歩き出す。
『びっくりした。リードくらい半分持たせてあげたらいいのに。いじわるなお兄ちゃんやね』
(あのしば、ふたりにごめんなさい、っていってた)
『謝ってたの? なんでやろう。っていうかルークス、柴ちゃんとお話しできたん?』
(はなしをしたんじゃないんだけど、かんがえてることがわかったんだ)
『ルークスは、超能力犬やねえ』
(ちょうのうりょく?)
『不思議な力を持ってる子ってこと』
(ぼく、からだないからね)
『そっか。それで不思議な力があるのかもね。知らんけど』
ルークスがちらりと背後を見た。美弥も振り返る。
歩いていく三人の背中が見えた。リードを持ちたいと弟くんの訴える声が聞こえてきそうだった。
幹線道路沿いをとことこ進む。レストラン、コンビニ、かわいい内装のケーキ屋さん、ドーナツ屋さん、メガネ屋さん、角には動物病院がある。
信号を渡って、マンションに戻るまでに、バーガー屋さん、ピザ屋さん、本屋さん、コンビニ、くつ屋さん、カフェなど、たくさんのお店が並んでいる。
どのお店も美弥はまだ行ったことがないけれど、いつかママに連れてきてもらおうと思いながらマンションに戻った。
ママにオートロックの扉を開けてもらって家に入ると、
「汗だくじゃない。お風呂入っちゃいなさい」
といわれて、お風呂場に向かった。服を脱いで、背後を振り返る。
「ルークス、一緒に入る?」
(え! ぼくはいいよ)
お風呂場まではついてきたルークスが、慌てたように出て行こうとする。
「ぬれないんとちゃうかなあ」
水道のお水をお皿に手のひらにため、ルークスの上で傾けてみる。
首をすくめて目をつぶったルークスの体を通り抜けて、お水は床に落ちた。
「ほら、大丈夫。一緒に入ろうや」
(う、うん)
「おいで、おいで」
腰がひけた状態のルークスを誘導していく。
湯船のお湯をかけてもルークスはやっぱり濡れなかった。
「ちょっと待っててな」
頭から全身を手早く洗って、ちゃぽんとお湯につかる。
「ルークスもおいでよ」
水が苦手なルークスは、濡れないとわかっていてもためらっている。
美弥はお湯の中で立ち上がって、ルークスの体を抱え上げた。
想像していたような重さを感じなかった。それどころか、羽のように軽い。
「ルークス、まるで天使さんやねえ。軽いわあ」
抱えたまま、座っていく。
ルークスは慌てるように脚を動かしたけれど、美弥にされるがまま、お湯に体を沈めた。
「どう? 気持ちいい?」
ルークスは湯船の中で立っていた。顔がつかるほどの湯量はないのに、顔を上げている。
(わかんないけど、みやちゃんといっしょだと楽しい)
「うん。あたしも楽しい」
パパが庭にプールを作ってくれたとき、美弥はルークスと一緒に水遊びをするつもりだったのに、ルークスは嫌がった。周囲を走り回り、クーラーのきいた涼しい室内で休憩をし、最期までプールに入ってくれなかった。
美弥は指鉄砲を作ってルークスに水をかけると、ルークスは顔をそむけた。
「濡れへんのに、なんでよけるん?」
だんだんおもしろくなってきて、美弥はばしゃとばしゃと豪快にかけた。
ルークスが暴れる。
気分が上がって、美弥はきゃーきゃーと大きな声をだした。
「美弥! なにやってるの」
騒いでいる声をききつけたママがお風呂場に飛び込んできた。
「なんでもないよ」
美弥は慌ててルークスとのお風呂遊びを終わらせ、お風呂から上がった。
晩ご飯は、野菜炒めと冷奴とお漬物。
「お風呂でなにしてたの? 一人で遊んでたの?」
ママは不思議そうな顔をしていた。
ルークスの姿はやっぱりママには見えていなかった。ママにルークスが帰ってきたことをわかってもらうのは諦めた美弥は、
「秘密」
と答えた、苦手なニンジンと格闘して、夕食を終えた。
夜もママは勉強するというので、美弥は自室に戻った。
いつもなら、ママと少しお話したいなと思うけれど、これからはルークスがいる。
寂しい気持ちはどこかにいった。
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