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三話 パパとルークス
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窓を全開にして、扇風機をつける。
「ルークス暑くない?」
(ぼくはへいき)
ルークスも美弥についてきていた。
美弥はベッドの端に座った。ルークスがベッドにひょいと上がって、美弥の隣に座る。
「あ、ルークスの朝ご飯あげてなかった。おこずかいで、カリカリ買えるかな?」
ルークスはドライタイプのご飯を食べていた。なんていう名前のごはんだったかな、と美弥は思い出そうとした。
(ぼく、おなかがすかないみたい)
「お腹すかへんの? あんなに食べること好きやったのに?」
驚いてルークスを見下ろすと、
(ぼくもざんねんだよ)
ルークスは伏せをして、美弥の膝に頭をのせた。しょぼんと落ちこんでいるように見える。
残念がっている姿がかわいらしくて、美弥はなぐさめるようにルークスの頭をなでた。
「なんで、ルークスは帰ってこれたん?」
(どうしてかわからないんだ。きがついたら、お花畑にいたんだ)
「お花畑?」
(そうなんだ。ずっととおくまでお花がたくさんさいていて、どうぶつがいっぱいいたんだ)
「どんな動物?」
(イヌやネコ。ウサギにハムスター、ほかにもたくさん。みんななかよしで。どれだけあそんでもつかれないし、おなかもすかないから、ずっとあそんでたんだ)
「楽しそう」
(あそんでいたら、たいちくん、っていうなまえのゴールデンレトリバーにあったんだ)
「たいちくん?」
(たいちくんとはとても気があって、はしりまわってじゃれあって、いっぱいあそんでいたらさ、なつかしいかおりがするバイバイって、急にどこかに行っちゃったんだ。ぼくもしっているにおいの気がしたんだけど、あとはおわなかった)
「なんで一緒に行かへんかったん?」
(ぼくのにおいじゃないっておもったんだ)
「ルークスの匂い?」
(そうじゃなくて、ぼくがまってるにおいじゃないってかんじかな)
「ルークスが待ってる匂い?」
(そうなんだ。このにおいじゃないっておもって。それでまたあそびにいったんだ。そうしたら、みやちゃんの声がきこえたんだ)
「あたしの声?」
(あいたいなって)
美弥はなでる手を止めた。ルークスが顔を見上げてくる。
「さっき、石像のところで呟いた。知らんおじいちゃんとルークスのお話しした後に」
(そうだったんだ! みやちゃんがこまってるかえらなきゃ、っておもったら、目のまえにみやちゃんがいた)
「わー、不思議な話やねえ」
美弥はルークスの顔を両手で挟んで、頬をもにもにと動かした。
ルークスは尻尾をぱたぱたと振る。
「ルークス帰ってきてくれてありがとう」
(ぼくもみやちゃんとまたあえてうれしいよ)
美弥はルークスをたくさんなでまわした後、ふと手を止めた。
「なんでママには見えへんのかな?」
ママは美弥が指差した場所を見たけれど、驚きもよろこびもしなかった。ママの目には床しか見えなかったのだろう。
(それは……ぼくにもわからないや)
ルークスが頭を下げると、尻尾も下がる。
「ルークスのせいやないから、落ち込まんでも大丈夫やで」
美弥はルークスの頭をよしよしと撫でた。
(ぼくのからだは、たぶんみやちゃんにだけ、みえるんだとおもう)
「あたしだけなんかなあ」
マンションの入り口で会ったポメのおばさんは、美弥しか見ていなかったように思う。バーニーズマウンテンドッグは珍しい犬種ではないけれど、街で会うとほとんどの人が驚く。だからおばさんもルークスを見ていれば、なにか反応したと思う。
「あたしだけのワンちゃんなんかぁ」
ルークスを誰にも見てもらえないのは残念なような、でも美弥だけの特別な犬という感じもあって、寂しいと嬉しいを同時に感じた。
「会いたいって呟いてルークスが帰ってきたくれた。もう一回いったらパパにも会えるかな」
ルークスは何もいってくれない。
膝の上のルークスを見ると、なにかを考えているように見えた。
三か月前、ルークスとパパは同じ日に死んでしまった。
交通事故だった。パパとルークスをはねた人が逃げたせいで、長い時間放置されていた。雨が降る中、倒れたパパに寄り添ってルークスが息を引き取っていた。
パパは発見してくれた人が呼んでくれた救急車で病院に運ばれたけど、間に合わなかった。
犯人はその日のうちに警察に出頭して、逮捕された。
「ルークス、ひどい質問してもいい?」
(いいよ)
「パパは今、どうしてるんかな?」
(パパは……ぼくもわからない。あのとき、とてもいたかったんだ)
美弥は先だけが白いルークスの前脚に、そっと手を置いた。
(雨なのに、パパはいつもと同じようにさんぽにつれていってくれた。パパのとなりをあるいていたら、はねとばされて、あちこちいたくて。雨がどんどんつよくなっていて、たおれているパパはうごかなくて。パパのとなりにいったんだ。うでをつついてもなでてくれなくて、かおをなめてもおきてくれない。いつもくすぐったいからやめろって、わらいながらいうのに。ぼくもいたくてがまんできなくて、パパのとなりでねむったんだ。そして、ぼくだけがお花畑にいた)
「そっか。パパはどこにおるんやろうね。ルークス、痛いのに、パパのとなりにいてくれてありがとう」
美弥は泣きたい気持ちになったけれど、我慢した。
ルークスが体を起こした。美弥の右頬をぺろりとなめた。
我慢したつもりだったけど、片方の目から涙が流れていた。
(ぼくがいるよ、みやちゃん。ぼくがいるから)
「うんうん。ルークスがいてくれると、安心やねえ」
美弥はルークスの首に両腕を回し、優しくしがみついた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ルークスのセリフはあえて、ひらがなを多く使っています。
成長に合わせてゆっくりと漢字を増やす予定ですが、現状で読みにくいようでしたら漢字を増やすので、お気づきの点があれば、お知らせいただけると、ありがたいです。
「ルークス暑くない?」
(ぼくはへいき)
ルークスも美弥についてきていた。
美弥はベッドの端に座った。ルークスがベッドにひょいと上がって、美弥の隣に座る。
「あ、ルークスの朝ご飯あげてなかった。おこずかいで、カリカリ買えるかな?」
ルークスはドライタイプのご飯を食べていた。なんていう名前のごはんだったかな、と美弥は思い出そうとした。
(ぼく、おなかがすかないみたい)
「お腹すかへんの? あんなに食べること好きやったのに?」
驚いてルークスを見下ろすと、
(ぼくもざんねんだよ)
ルークスは伏せをして、美弥の膝に頭をのせた。しょぼんと落ちこんでいるように見える。
残念がっている姿がかわいらしくて、美弥はなぐさめるようにルークスの頭をなでた。
「なんで、ルークスは帰ってこれたん?」
(どうしてかわからないんだ。きがついたら、お花畑にいたんだ)
「お花畑?」
(そうなんだ。ずっととおくまでお花がたくさんさいていて、どうぶつがいっぱいいたんだ)
「どんな動物?」
(イヌやネコ。ウサギにハムスター、ほかにもたくさん。みんななかよしで。どれだけあそんでもつかれないし、おなかもすかないから、ずっとあそんでたんだ)
「楽しそう」
(あそんでいたら、たいちくん、っていうなまえのゴールデンレトリバーにあったんだ)
「たいちくん?」
(たいちくんとはとても気があって、はしりまわってじゃれあって、いっぱいあそんでいたらさ、なつかしいかおりがするバイバイって、急にどこかに行っちゃったんだ。ぼくもしっているにおいの気がしたんだけど、あとはおわなかった)
「なんで一緒に行かへんかったん?」
(ぼくのにおいじゃないっておもったんだ)
「ルークスの匂い?」
(そうじゃなくて、ぼくがまってるにおいじゃないってかんじかな)
「ルークスが待ってる匂い?」
(そうなんだ。このにおいじゃないっておもって。それでまたあそびにいったんだ。そうしたら、みやちゃんの声がきこえたんだ)
「あたしの声?」
(あいたいなって)
美弥はなでる手を止めた。ルークスが顔を見上げてくる。
「さっき、石像のところで呟いた。知らんおじいちゃんとルークスのお話しした後に」
(そうだったんだ! みやちゃんがこまってるかえらなきゃ、っておもったら、目のまえにみやちゃんがいた)
「わー、不思議な話やねえ」
美弥はルークスの顔を両手で挟んで、頬をもにもにと動かした。
ルークスは尻尾をぱたぱたと振る。
「ルークス帰ってきてくれてありがとう」
(ぼくもみやちゃんとまたあえてうれしいよ)
美弥はルークスをたくさんなでまわした後、ふと手を止めた。
「なんでママには見えへんのかな?」
ママは美弥が指差した場所を見たけれど、驚きもよろこびもしなかった。ママの目には床しか見えなかったのだろう。
(それは……ぼくにもわからないや)
ルークスが頭を下げると、尻尾も下がる。
「ルークスのせいやないから、落ち込まんでも大丈夫やで」
美弥はルークスの頭をよしよしと撫でた。
(ぼくのからだは、たぶんみやちゃんにだけ、みえるんだとおもう)
「あたしだけなんかなあ」
マンションの入り口で会ったポメのおばさんは、美弥しか見ていなかったように思う。バーニーズマウンテンドッグは珍しい犬種ではないけれど、街で会うとほとんどの人が驚く。だからおばさんもルークスを見ていれば、なにか反応したと思う。
「あたしだけのワンちゃんなんかぁ」
ルークスを誰にも見てもらえないのは残念なような、でも美弥だけの特別な犬という感じもあって、寂しいと嬉しいを同時に感じた。
「会いたいって呟いてルークスが帰ってきたくれた。もう一回いったらパパにも会えるかな」
ルークスは何もいってくれない。
膝の上のルークスを見ると、なにかを考えているように見えた。
三か月前、ルークスとパパは同じ日に死んでしまった。
交通事故だった。パパとルークスをはねた人が逃げたせいで、長い時間放置されていた。雨が降る中、倒れたパパに寄り添ってルークスが息を引き取っていた。
パパは発見してくれた人が呼んでくれた救急車で病院に運ばれたけど、間に合わなかった。
犯人はその日のうちに警察に出頭して、逮捕された。
「ルークス、ひどい質問してもいい?」
(いいよ)
「パパは今、どうしてるんかな?」
(パパは……ぼくもわからない。あのとき、とてもいたかったんだ)
美弥は先だけが白いルークスの前脚に、そっと手を置いた。
(雨なのに、パパはいつもと同じようにさんぽにつれていってくれた。パパのとなりをあるいていたら、はねとばされて、あちこちいたくて。雨がどんどんつよくなっていて、たおれているパパはうごかなくて。パパのとなりにいったんだ。うでをつついてもなでてくれなくて、かおをなめてもおきてくれない。いつもくすぐったいからやめろって、わらいながらいうのに。ぼくもいたくてがまんできなくて、パパのとなりでねむったんだ。そして、ぼくだけがお花畑にいた)
「そっか。パパはどこにおるんやろうね。ルークス、痛いのに、パパのとなりにいてくれてありがとう」
美弥は泣きたい気持ちになったけれど、我慢した。
ルークスが体を起こした。美弥の右頬をぺろりとなめた。
我慢したつもりだったけど、片方の目から涙が流れていた。
(ぼくがいるよ、みやちゃん。ぼくがいるから)
「うんうん。ルークスがいてくれると、安心やねえ」
美弥はルークスの首に両腕を回し、優しくしがみついた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ルークスのセリフはあえて、ひらがなを多く使っています。
成長に合わせてゆっくりと漢字を増やす予定ですが、現状で読みにくいようでしたら漢字を増やすので、お気づきの点があれば、お知らせいただけると、ありがたいです。
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