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七章 再会

6. 一年を振り返って

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 翌日、参列いただけなかった方々から届いていた香典返しの手配を終え、お仏壇に手を合わせた。
 母が亡くなって一年が経った。長かったのかあっという間だったのか、よくわからないけれど、ともかく一区切りがついた。

 6月に8年勤めた会社を退職した。イベントの企画がしたくて入った会社だったが、実態は下請けのみで、企画はまったくできなかった。
 イベントの実行は学生時代からしてきたから、好きではある。けれど企画への思いは消えず、企画する会社の人に、提案もしてみた。
 受け入れてもらえる事もあれば、お叱りを受ける事もあった。
 それでもめげずに挑戦を続けていたある時のイベントで、上の方の逆鱗に触れてしまった。

 結果的に退職する形になり、それなら企画ができる会社に入りたいと就活に励んだが、うまくいかなかった。
 違う業種にエントリーしたが、お祈りメールばかりとなり。
 疲れてしまった春風はリイチにさよならメールを出し、実家に帰った。

 都内から特急で二時間。乗り換えて30分。
 忙しさや面倒さが買って、お盆も正月もろくに帰省しなかった。
 自然に囲まれた地元の空気はこんなに美味しかったのかと、呼吸をすることが新鮮に感じられた。

 家業は休みがないので、夜以外は人の出入りがあったが、寮にまで人の声が届くことはない。
 食事代は払うから、とお願いして、春風の分のまかないを作ってもらった。
 スタッフの使用時間には大浴場を使わせてもらう。
 それまではシャワーですませてしまうことが多かったから、湯船につかることがとても気持ち良かった。

 実家いいなあ、とのんびりほっこりしていた矢先、「女将が倒れた」と知らされた。

 夜、事務所に一人でいた母は、誰にも気づかれないまま、ひっそりと息を引き取っていた。
 見つけたのは父だった。
 朝の仕込みのため起床した父が、事務所で突っ伏している母に気がついた。

 春風たち三人は、起床時間が違うため、別々の部屋で寝ている。それがあだとなった。
 母が戻っていないことに、父も春風も気がついていなかった。

 隣室で眠っていた春風が気づいていれば。
 琴葉に指摘されたとおり、旅館を手伝っていたら。

 後悔すればきりがない。
 せめて、父に対して同じ轍を踏まないようにと、務めている。

 春風が眠るときは、父より後で、必ず父の寝息を聞いてから眠るようにしている。
 朝、父が起きるときには必ず目を覚ます。

 ご先祖様に手を合わせて、報告と共にお願いをする。
 父はまだまだ元気でいてくれますようにと。

 祈っていると、隣に人の気配がした。

「一年か」
「一年だね」
 呟いた父に答える。

「お父さん、ごめんね」
「なにが?」

「お母さんのこと」
「春風のせいじゃない。気づいてやれなかった俺のせいだ」

「ううん。あたしが甘えすぎてたからだよ。お父さん、疲れてたら早く休んでね。一人でお母さんのところにいかないで」
「それは、どうなるか俺にもわからないけどさあ‥‥‥」
 少し黙ったあと、善処するよ、と返ってきた。

 父の言うように、最後をどう迎えるかなんて、誰にもわからない。
 どれだけ気をつけていても、一瞬の隙をつかれることもあるだろう。
 春風が先にという可能性だってゼロではない。そうならないようにと願ってはいるけれど。

 一度失われれば二度と戻ってこないのが、命だ。
 二度目はない。
 生まれ変わりがあるのかどうかは知らないけれど、それは別の人生。
 清家春風せいけはるかという人間は今生限り。

 悔いなく生きようと思っても、実際は後悔だらけで、思うままに生きられない。
「難しいね、人生って」
 鴨居の上の母の遺影を見上げながら、ため息とともに呟いた。

「なるようになるしかねえさ」
 返答は、父らしい軽い口調。

 諦めているわけでも、流されるわけでもないと思う。
 できることをして、起きたことを受け入れる、という事かなと春風は解釈した。

「明日から、またがんばろう。ね、お父さん」
「ああ」
 今の春風にできる事。前を向いて、明日からのお客様をお出迎えし、おもてなしをする。
 心をこめて。
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