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四章 めまぐるしい2日間

6.デートの時間

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「春ちゃん、デートしよう」
 リイチが突然誘ってきたのは、琴葉が退職して、一週間ほどたった頃だった。

 ランチ営業は予約分のみ営業して、しばらくの間休むことに決めた。
 たった一人でも、抜けた穴は大きい。
 それまでも人は足りていない状況でみんながんばってくれていたのだから、当然といえば当然。

 春風が琴葉の分も埋めないと、と思って動いていたが、女将には女将の仕事がある。
 体力には自信があるとはいえ、2人分の仕事はなかなかできなかった。

 明日、久しぶりに午後から休みをもらうことにした。ご贔屓さんの宿泊がないため、ご挨拶がなくてもいいかなと判断した。
 体力気力、ともに限界を越えていたので、寝まくろうと思っていた矢先の誘いだった。

「あたし、疲れてるんだけど」
「美味しい物食べに行こうよ。リフレッシュも大事だよ」
「大事だけど、ゆっくりしたい」
「お客様から教えてもらったんだけど、近くにハワイアンカフェがオープンしたんだって。リサーチ兼ねて行こうよ」
「リサーチ? そうだねえ」

 そしてリイチに連れられ電車に乗り、ハワイアンカフェにやってきた。
「おおー、ハワイ」
 白壁にサーフボードが掛けられ、波しぶきの立つ青い海と虹が描かれ、目を惹いた。
 テーブルとイスは木製で、観葉植物がたくさん置いてあり、温かみを感じる。

「リゾート地に来たみたいだね」
 うきうきが抑えきれず、春風は子どものようにきょろきょろと店内を見渡した。

「それに良い匂いがするね」
 香り高いコーヒーと、食欲をそそるお肉、甘い匂いは鼻に入っただけで幸せな心地になる。

「ずっと嗅いでたい」
 ずっと吸っている春風を、
「来てよかったでしょ」
 どや顔のリイチが眺めてくる。

「まあね」
 と返して、メニューを手に取った。
 バーガー、プレート、パンケーキ。どれも美味しそうだけど、春風はお店のオススメだというロコモコプレートにした。リイチはハワイアンハンバーガー。
 二人とも定番メニューになったけれど、初めてだからこそ、まずは定番から。

 店内には子連れのママたち、カウンター席ではお一人様、春風たちのような男女連れもいる。 
 席の間隔が広いので、周囲の音はあまり気にならない。

 控え目な音量でハワイアンミュージックが流れ、本当にハワイに来た気分になった。春風はまだハワイに行った事はないけれど。

「引退した祖父母がハワイで日本料理のお店やってるのよ」
「そうなの? 初めて聞いた」

「60歳でお父さんにすべて譲って、英語も話せないのに突然ハワイに行くって飛び出したの。旅行だと思ってたら、お店やるからって。あたしたちは無理だよ帰ってきてって言ったんだけど、なんか成功しちゃって。もう17年になるのかな。お母さんの葬儀は突然だったから帰ってこれなかったんだけど、一周忌法要は帰ってくるんだ」

「言葉わかんないのにお店オープンさせて成功って、なんかすごいね」

「青陽荘を作った初代のひい祖父さんが厳しい人だったらしくて、お祖父ちゃんに料理修行させるために、中学卒業後に料亭に放り込んだって。下積み時代にだいぶしごかれて、鋼のメンタルが出来上がったらしいよ。言葉がわからなくても、どうとでもなるって豪語してた。お祖父ちゃんだからどうにかなったんだよ」

「お祖母ちゃんは? 一緒に行ったの?」
「一緒なの。通訳代わりのスタッフは雇ってるけど、今でもお料理運んでるって。着物で」

「パワフルだなあ」
「すっごい元気だよ。電話、これくらい離しても、会話できるからね」

 春風がスマホを持った体で、右手を耳から30センチほど離した。

「声でか過ぎん?」
「大きいの。ほんとに」

 祖父母の話題で盛り上がっていると、料理が運ばれてきた。
 色どり鮮やかなプレートに、目も心も奪われた。
 レタスときゅうりとアボカドの緑、トマトの赤、パプリカの黄色、食用花の紫。
 細めのフライドポテト。ライスの上のハンバーグと目玉焼きが存在を主張し、グレイビーソースが絶対美味しいと訴えてくる。

「いただきます」
 リイチと声を揃えて挨拶。お箸を用意してくれたので、慣れないナイフとフォークで食べずにすんでほっとする。

 まずはハンバーグとライスから。
「ん~。美味しい」
 次は卵をつぶして、黄身と一緒に。
 普段、和食が中心で、しかもゆっくりと食べている時間はない。かきこむように食べ、少し休憩してから業務に戻る。
 琴葉が抜けてからは、もっと時間がなくなった。

 昼も夜も、忙しい。みんなバタバタしている。もちろん従業員には、ちゃんと休憩を取ってもらっているけど。

「月1でもいいから、全員が休める日を作った方がいいのかなあ」
 食後のコーヒーを飲みながら。
 お腹がいっぱいになって、眠さを感じる、気だるい午後のひととき。

 それなのに――
 青陽荘から離れると、落ち着かない。ゆっくりした時間を過ごしていると、申し訳ない気持ちになる。
 気づかないうちに、春風は見事な社畜に育っていた。

「借金を返したい一心で、がんばりすぎたのかなって。みんなにも押し付けてたなって思ってさ。全員が休みなら、あたしも安心してゆっくりできるし」

「春ちゃんは、真っ直ぐすぎるんだよね。目的に向かってわーって行っちゃうでしょ。僕は寄り道しながらのんびり行けばいいやってタイプだから、羨ましいなって思うけど、ちょっと待って、って思う時もあるんだよね」

「周囲が疲れちゃう、よね」
「引っ張っていってくれるのは、助かるんだよ。ついていけばいいだけなのは、すごく楽だから。でも取りこぼされる人も絶対出てくるよね、例えば琴葉さんみたいに。何があったのか知らないんだけどね」

「改装に反対だったの。それにイベントも。あたしはお願いすればやってもらえるだろうって甘えてた。琴葉さんが命令すればいいじゃないって煽ったのは、命令なら嫌だって反論できるのに、お願いされたら従うしかない。ずるいって不満を抱えたんだと思う。あたしは人の良さや立場の弱さにつけ込んだんだよ」

「仕事だからやれ、なんて命令できるわけないよね。春ちゃん、悪人じゃないもん」

「琴葉さんにしたら、嫌なことをさせられてたんだから、悪人なんじゃないの」

「やり方や考え方が合わない人って絶対いるから。世の中の人全員に好かれるなんて、できないんだから、気にしなくていいんじゃないかな」

 世の中の人、全員に好かれるとは思っていないけど、従業員とは揉め事を起こしたくない。

「昨日ね、美愛さんが、郁さんにあたしも辞めようかなって言ってるの聞いちゃったんだよね。あたしのせいでまた誰かが減ったら嫌だなって」

「自分のせいだって思わなくていいよ。琴葉さんはそうだったからって、美愛さんもそうだとは限らないでしょ」

「そうだけど。なんか臆病になってるね」

「トラウマみたいな? それだけ、春ちゃんにとって、琴葉さんは大切なスタッフだったってことなんだね。それが、本人に伝わらなかったのは残念だったけど。もし、帰ってきたら、どうするの?」

「もちろん、いつでもウエルカムだよ」

「また噛みついてくるかもしれないのに。優しいね、春ちゃんは」

「そんなんじゃないよ。言い方は直してくれるとありがたいけど、でもみんな遠慮してるっぽいから、反対意見でも言ってもらえたほうがいいのかなって今は思う。琴葉さんの本音を知れた訳だからね。こうなる前に対話をしていたら良かった」

「僕は、春ちゃんがんばってると思うよ。もうちょっと肩の力抜けたらいいなって思うけど」

「ありがとう。そうだね、余裕は持たなくちゃダメだね」

 リイチとゆっくりした時間を過ごしていると、全身の疲労がほぐれていくような感覚があった。
 心も少し、落ち着いてきた。
 リイチがいつまでいられるのか聞いていないけど、ずっといてくれると嬉しいな、と密かに思った。
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