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三章 元カレ来たりて父、動揺

5.春風の企画

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 インフルエンサーの影響で盛況だった予約は、お盆を過ぎると落ち着いてきた。問い合わせの電話やメールは減り、9月はお客様のご希望どおりのお日にちで、ほぼ予約が取れるようになっている。
 今のところ七割から八割ほどの稼働率になりそうな感じだった。

「減るよねえ。このままだと」
 大浴場で足を伸ばし、春風は独り言つひとりごつ
 三か月ほどは続くかなと思っていたが、予想より早い。少しの間ならかまわないが、秋の紅葉シーズンに部屋が埋まらないと困る。冬は客足が鈍くなるから。

 なにかイベントを企画して、集客した方がいいかもしれない。
 平日は主婦や年配層を、土日はファミリーか会社員を呼べるようなイベント。
 隣の山でお弁当つきの紅葉狩り、夜は秋の味覚祭り。美味しいランチとモーニングつき婚活パーティー。仲居体験。熱波師を呼ぶ。アイドルとのファン交流会。

 いいかもしれない。
 このままなにもしないでいると、以前の状態に戻ってしまう。
 いろいろ試してあがいてみないことには、じり貧だ。お客様を待っているだけの旅館だと潰れてしまう。
 思いついた案を詰めるべく、入ったばかりの湯船から上がった。

 数日後、出来上がった企画書の束を、父と郡治に読んでもらった。
 父は料理のこと以外わからないから任せると。
 郡治はしっかりと読んで注意点や気がかりな点をあげてくれた。

 婚活パーティーは集まったお客様の中に既婚者や詐欺師がいた場合、トラブルに巻き込まれたとしてクレームに繋がるのではないか。シングル同士でカップリングに成功しても、後々合わない人を紹介して、とお怒りになる参加者もおられるのではないかなど。

「主催者が別にいて場を提供するだけの方がいいのではないですか」と提案されたので、春風はそれもそうだなと納得する。
「それなら、婚活会社にうちを使いませんかと提案するほうが良さそうですね」
 婚活パーティーに関して、旅館側が主催者になるのは却下した。
「婚活会社とのマッチングは、融資をしてもらっている銀行に相談してみます」

 仲居体験はおもしろそうだと乗ってくれた。季節を気にしなくていいし、子供でも学生でも社会人でも男女OK。「興味を持ってもらえるきっかけになるといいですな」と楽しそうだった。

 紅葉狩りはこれからシーズンになるから、早い段階で詳細を詰めようという話になった。山頂の神社と話しあって、絶景ポイントにテーブルを置く許可を求め、お土産に神社の開運お守りをつけてはどうだろうか、雨天の場合はどうしようか、など話が弾んだ。

 熱波師とアイドルは保留になった。
 サウナの利用者が宿泊客に繋がっているのはごくわずか。これ以上サウナのみの利用客を増やすのはどうだろうか。
 アイドルとのファン交流会は、乗ってくれる事務所がまずあるのかどうか。リイチに相談してみるといいかもね、という結論に至った。

 後日、紅葉狩りと仲居体験の企画を従業員全員に伝えたところ、仲居体験では不満の声が上がった。
「毎日忙しいのに、素人の面倒なんて見ていられない!」
 最初に声を荒らげたのは、春風の予想どおり琴葉だった。

「子供がお膳をひっくり返して掃除が増えたり、畳が汚れたり、SNSに上げたいだけのバカが写真撮るだけでしょ。いい迷惑よ!」
「琴葉さん! やめてください」

 春風はぴしゃりとたしなめる。琴葉の言葉はきつ過ぎた。言っていいことと、悪いことがある。
 春風に向かって文句を言うのは全然かまわない。不満を聞く耳は持っている。
 しかしお客様や、これからお客様になるかもしれない方々への文句は聞き流せない。しかもバカだなんて、失礼にもほどがある。

「皆さんが、がんばってくださっているのは、十分わかっています。お疲れだとも思います。あたしが至らぬ女将で申し訳なく思っています。ですが、待っているだけでは、お客様が来てくださる時代ではありません。こちらからも積極的に動かないと、旅館は終わります。数字を見ていなくても、予約の状況を見ている皆さんにならわかってもらえますよね」

 従業員全員を見渡す。深刻な顔をしている人、戸惑った表情を浮かべている人、あまりピンときていない人。さまざまな反応がある。
 それぞれに思っていることはあるだろうが、誰もなにも言わない。
 素直に吐き出した琴葉の反応はわかりやすかった。言い方にトゲはあったけれど、不満なのはよくわかったから。

「戸惑うのは仕方がありません。でもやってみたら、楽しくなりそうな気がしませんか? 改善点などが見つかれば、お客様にもっと快適にお過ごしいただけると思うんです。ご新規様も大切ですが、リピーターから、ご贔屓さんになっていただけるようにしたいんです。お願いします」

 協力して欲しくて、必死の思いで頭を下げた。従業員の手がないと、青陽荘はやっていけない。新しい従業員ではなく、長く働いてくれている従業員を大切にしたいと思っている。

 チッと舌打ちが聞こえた。
 後頭部を押さえつけられたように感じた。

「命令したらいいじゃない。いちいち頭下げて嫌味ったらしい。どうせあたしたちには拒否権なんてないんだから」

 琴葉の言葉がぐさぐさと刺さる。顎で使おうなんて思ったこともないのに、琴葉はそう捉えていたのだろうか。みんなそうなのかな。
 ショックを顔に出さないようにして、小さく息を吐いてから顔を上げた。

「勤めていただいている限り、業務は皆さんに等しく割り振ります。反発する人は外す。そんなことはしませんよ。クレームをいただいたら別ですが、わざとお客様の嫌がることをする従業員はいないと信じていますから」

「いいじゃん。楽しそうだよ」

 爽やかな声がすっと通った。リイチだった。

「僕、みんなに仲居の仕事教えてもらって、楽しいよ。裏方の大変さってわかっていたけど、実際にやってみてもっとわかった。仲居さんたちがお客のことをすごく考えて接してくれてるって。裏方に興味を持ってる人には、楽しんでもらえると思うよ」

 リイチの言葉に、うんうんと頷いてくれる人が出てきた。
「あの、女将」
 とおずおずと口を開いたのは、陽子。

「実は、美遥みはるが仲居の仕事に興味を示しているんです。中学生になったら職業体験してみたいと。選択肢にあるのかはわからないですけど」
「美遥ちゃんが? 嬉しい。それじゃあ、美遥ちゃんにはあたしたちの練習台になってもらえないですか」
「練習台ですか? 本人に聞いてみます」
「お願いします。年齢によってできることが制限されますから、なにを体験していただくか、ある程度のマニュアルがあるといいかもしれません」

 リイチと陽子が賛同してくれたお陰で、停滞していた空気が前向きな方に動いた。
 実際にやってみると、いろんな意見が出てくるだろう。良いことも良くないことも。
 その意見を取り入れて、改善して良い方向に進むよう実行するのが自分の仕事。
 そのためには反対意見があろうとも動こうと、春風に決心させた。
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