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おまけSS 19.5話 冬樺の初店員
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「いらっしゃいませ」
甘味処の扉を開けたのは、大学生風の二人組の女性客。
冬樺にとっては初めてのお客。ルイとマリーのお店だから失礼があってはいけないと、しっかりと挨拶をした。
「え? 男の子の店員さんや」
「ほんまや」
二人は少し驚いていた。以前にも来たことがあるのだろう。
「お好きなお席にどうぞ」
事前にルイから教わったように、お客が座りたい席に任せる。
二人がテーブル席についたのを確認してから、温かい煎茶を用意する。
給仕をするのは初めてなので、少し緊張しながら持ち運んでいると、小さな声で話している内容が聞こえてしまった。
「新しい店員さん、かっこよくない?」
「背高いし、絵になりそうやな」
お盆を持つ手が少し震える。
愛想笑いはできないから、無愛想な店員だと機嫌を害してしまわないか気にしていたから、彼女たちの言葉に動揺した。
零さないように煎茶碗を二人の前に置く。
「ご注文はお決まりですか」
袂からペンと注文票を取り出し訊ねると、二人がメニューを指差して注文をする。
ルイからはゆっくりでいいですよと言ってもらっているので、メニューを見て口に出しながらメモをしていると、
「もしかして初出勤ですか」
と話しかけられた。
初出勤だけど、ここのスタッフではない。マリーが二階で座敷童子の花子をあやしている間だけの手伝いだ。
という説明をしてもお客が困るのが目に見えていたので、
「はい。慣れなくて申し訳ありません」
と謝った。
「初々しくてかわいいよ」
「頑張ってな」
と激励された。
抹茶と葛餅のセットを受け、ルイに伝えていると次のお客がやってきた。男女四人組は奥の座敷席に向かい、煎茶を準備していると、男女二人組のお客がやってきた。
ルイが用意した注文の品を運び、新たしいお客に煎茶を運び、お茶のおかわりを持っていき。ばたばたしていると、夏樹が二階から降りてきた。
花子は落ち着いたものの、まだ交代ではないようだ。
マリーから柏餅を注文されたので、作り置きの商品棚から取り出して渡した。
すみませんと呼ばれ、メモを持って席に向かう。
甘味処が忙しいのはランチ後なのかと思っていた。まだ昼前なのに甘い物を食べにくる客が多いことに、冬樺は驚いた。
冬樺は甘い物を食べない。ケーキも和菓子もアイス、砂糖の塊と認識している。料理でも甘すぎるものは少し苦手。
夏樹も所長も、たまに食後のおやつとして買ってきて食べている。
何度か「食べてみいひん?」と夏樹が差し出してくるけれど、冬樺は断っていた。
胃が受け付けないのは本当だ。胸やけがして、吐きそうになる。
子どもの頃はそうでもなかった。
仕事が休みの日に、母がホットケーキを作ってくれた。ミックスに牛乳と卵を足して混ぜるだけの、お手軽なもの。
母は料理があまり上手ではなかったから、ホットケーキもよく焦がした。焦げた部分を削って、バターをたっぷり乗せて頬張った。
兄も甘い物が大好きで、ホイップクリームをプラスしていた。
父は一切食べなかった。匂いも受け付けないと言って、家から出て行くほどだった。
幸い冬樺は、匂いは平気だった。棚に並ぶ色とりどりの和菓子をかわいいとも思う。美味しそうとは思わないけれど。
お菓子を食べているお客たちの顔は、みんな綻んでいる。
運んでいくと目を輝かせてお菓子に熱い視線を送り、頬を緩ませる。写真撮影をしてから、なくなるのを惜しむように、小さく切り分けて、ゆっくりと食べていく。
美味しいねえ、と囁いて頷き合って。
目の前の光景を見ているルイも、嬉しそうに口角を上げている。
美味しい物を食べられる幸せは理解できる。冬樺自身も料理をするし、食べることは好きだし。
だから、この空間や空気は好きだった。
最初に案内をした女性客が立ち上がった。
会計はわからないので、ルイがレジに向かう。
冬樺は女性客を見送りながら、「ありがとうございました」と心を込めて挨拶を行った。
「新人くん、頑張ってな」
「また来るね」
二人は満足そうな笑顔で手を振った。
甘味処の扉を開けたのは、大学生風の二人組の女性客。
冬樺にとっては初めてのお客。ルイとマリーのお店だから失礼があってはいけないと、しっかりと挨拶をした。
「え? 男の子の店員さんや」
「ほんまや」
二人は少し驚いていた。以前にも来たことがあるのだろう。
「お好きなお席にどうぞ」
事前にルイから教わったように、お客が座りたい席に任せる。
二人がテーブル席についたのを確認してから、温かい煎茶を用意する。
給仕をするのは初めてなので、少し緊張しながら持ち運んでいると、小さな声で話している内容が聞こえてしまった。
「新しい店員さん、かっこよくない?」
「背高いし、絵になりそうやな」
お盆を持つ手が少し震える。
愛想笑いはできないから、無愛想な店員だと機嫌を害してしまわないか気にしていたから、彼女たちの言葉に動揺した。
零さないように煎茶碗を二人の前に置く。
「ご注文はお決まりですか」
袂からペンと注文票を取り出し訊ねると、二人がメニューを指差して注文をする。
ルイからはゆっくりでいいですよと言ってもらっているので、メニューを見て口に出しながらメモをしていると、
「もしかして初出勤ですか」
と話しかけられた。
初出勤だけど、ここのスタッフではない。マリーが二階で座敷童子の花子をあやしている間だけの手伝いだ。
という説明をしてもお客が困るのが目に見えていたので、
「はい。慣れなくて申し訳ありません」
と謝った。
「初々しくてかわいいよ」
「頑張ってな」
と激励された。
抹茶と葛餅のセットを受け、ルイに伝えていると次のお客がやってきた。男女四人組は奥の座敷席に向かい、煎茶を準備していると、男女二人組のお客がやってきた。
ルイが用意した注文の品を運び、新たしいお客に煎茶を運び、お茶のおかわりを持っていき。ばたばたしていると、夏樹が二階から降りてきた。
花子は落ち着いたものの、まだ交代ではないようだ。
マリーから柏餅を注文されたので、作り置きの商品棚から取り出して渡した。
すみませんと呼ばれ、メモを持って席に向かう。
甘味処が忙しいのはランチ後なのかと思っていた。まだ昼前なのに甘い物を食べにくる客が多いことに、冬樺は驚いた。
冬樺は甘い物を食べない。ケーキも和菓子もアイス、砂糖の塊と認識している。料理でも甘すぎるものは少し苦手。
夏樹も所長も、たまに食後のおやつとして買ってきて食べている。
何度か「食べてみいひん?」と夏樹が差し出してくるけれど、冬樺は断っていた。
胃が受け付けないのは本当だ。胸やけがして、吐きそうになる。
子どもの頃はそうでもなかった。
仕事が休みの日に、母がホットケーキを作ってくれた。ミックスに牛乳と卵を足して混ぜるだけの、お手軽なもの。
母は料理があまり上手ではなかったから、ホットケーキもよく焦がした。焦げた部分を削って、バターをたっぷり乗せて頬張った。
兄も甘い物が大好きで、ホイップクリームをプラスしていた。
父は一切食べなかった。匂いも受け付けないと言って、家から出て行くほどだった。
幸い冬樺は、匂いは平気だった。棚に並ぶ色とりどりの和菓子をかわいいとも思う。美味しそうとは思わないけれど。
お菓子を食べているお客たちの顔は、みんな綻んでいる。
運んでいくと目を輝かせてお菓子に熱い視線を送り、頬を緩ませる。写真撮影をしてから、なくなるのを惜しむように、小さく切り分けて、ゆっくりと食べていく。
美味しいねえ、と囁いて頷き合って。
目の前の光景を見ているルイも、嬉しそうに口角を上げている。
美味しい物を食べられる幸せは理解できる。冬樺自身も料理をするし、食べることは好きだし。
だから、この空間や空気は好きだった。
最初に案内をした女性客が立ち上がった。
会計はわからないので、ルイがレジに向かう。
冬樺は女性客を見送りながら、「ありがとうございました」と心を込めて挨拶を行った。
「新人くん、頑張ってな」
「また来るね」
二人は満足そうな笑顔で手を振った。
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15話まで拝読いたしました!
奈良で妖の相談所という舞台設定が今までにない感じで、すごくワクワクしますね。
舞台柄ゆえ端々に出てくる関西弁がとても好きです🤭
各キャラクターも個性があって、それぞれがすごくいい味を出しているので推しキャラを探すのも楽しい作品だなと思いました!なお、イラスト映えしそうな世界観だなあという印象もあり、自分は脳内でコミカライズさせながら読んでいました笑
ちなみに私のイチオシはカマ吉です🫶めちゃくちゃ可愛い😂😂😂
初登場シーンで強烈なインパクトを受け、一目惚れでした笑
また、人(?)でいうと、夏樹くんと冬樺くん、どちらも好きですが現状だとどちらかといえば関西弁が可愛い夏樹くん推しです🤭伸び代しかない🥰二人の掛け合いも好きです!
そしていつも思うのですが、衿乃さんは実際に取材なさっていたり、おそらくは色々と(歴史のことなども)調べながら書かれているんだろうなあと、小説に対する真摯さが作品からとてもよく伝わってくるように感じます😊なのでとても信用して読めて、且つ読み応えがあります。
簪の件、経緯を把握した時、そういうことだったのか…と、すごくジワりときました。
おそらくこれから、冬樺くんのことも掘り下げられていくんだろうなと思うと、ワクワクが止まりません。
長くなってすみません!最後まで読んでから…と思っていたのですが、一月が終わってしまいそうなのでひとまずここまでの感想を残させて頂きました。
応援しております!!
ステキな感想ありがとうございます。
推しキャラ探しや、脳内コミカライズしてくださって、嬉しいです。
歴史にも触れて頂き、頑張って調べて良かったなと思っています。
調べながらなので執筆に時間がかかっていましたが、わかってくださったお陰で報われました。
1話の分量がなかなか多いので、ゆっくり楽しんでください。
心のこもった感想ありがとうございました。
35話までお読みくださり、ありがとうございます。
Xでの感想もたくさんありがとうございました。
この後の展開も冬樺の見どころがあるので、引き続きお読み頂けると嬉しいです。
完結まで頑張ります!
誕生日に感想をくださいまして、ありがとうございます。
素敵な解決方法と言ってもらえて、良かったです。