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24.幽世からの使者

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 翌朝、着物姿に戻った花子は、夏樹が初めて見る女性を伴って事務所にやってきた。

「花子さまが大変お世話になりました。わたくし、花子さまの案内人を仰せつかっております、鬼の朱果しゅかと申します」

 鬼と名乗ったとおり、女性の頭頂部には二本の角が、黒髪をかきわけて、にょきっと突き出ていた。
 白い着物で、背筋をすっと伸ばして座っている。てきぱきと仕事をこなしそうな、できる女性の雰囲気を醸している。

「花子さまの夜から朝にかけて、お世話をさせて頂いておりました」
「良かったあ」

 夏樹が声を発したことに驚いたのか、朱果が夏樹に目をやった。表情はあまり変わりないけれど。
「夜、宿で一人なんかなって、ちょっと気になってたんっす。寂しくしてへんかなって」

「朱果お姉ちゃまと、一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、子守歌唄ってくれたの。マリーお姉ちゃまと、夏樹兄ちゃまと、小太郎兄ちゃまのお話たくさんしたの」

「そっか。寂しくなかったんやな。ちょっと待って。花子ちゃん、たくさん話せるようになってへん?」

「その通りです。初めて花子さまと会った時より、語彙が増えているのです」
 朱果が突然、興奮したように頬を蒸気させて話し出した。

「花子さまは、力の大半を削られており、低年齢化なさっておいででした。見た目は人の10歳ほどですが、わたくしが仰せつかった時は、ほとんど赤子でした」

「赤子ということは、話せる状態になかったと?」
 と質問したのは所長。

「左様です。ただただ微笑んでおられるばかりで、意志の疎通が難しい状態となっておりました」
「それはいつ頃ですか?」

「三月末です。花子さまのお住まいは、とある富豪のお屋敷でした」
「やっぱりお金持ちの家なんや」
「花子さまのお陰で、名声と富を得られたのです。そこをお間違えないようお願いします」
 びしっと叱られた夏樹は口をつぐんだ。

 *

 幽世側が花子さまの存在を認知致しましたのは、1720年頃です。
 時は八代将軍吉宗公の時代。

 とある藩でお生まれになった子どもが亡くなりました。子どもの死亡率がたいへん高かった時代です。遅くにできた子どもだったので藩主夫妻はたいそうお嘆きになり、その子どもだけを祀る神棚を造られました。

 夫妻は信心深い人物で、悲しい事があった後でも、神仏への祈りを欠かす事はありませんでした。熱心な祈りが聞き届けられ、亡くなった子どもは座敷童子となって夫妻の元へお戻りになりました。

 その子どもこそ、花子さまでございます。
 藩主夫妻に花子さまを見ることは叶いませんでしたが、迎え入れた養子に授かった子どもには、見ることができました。

 花子さまが戻られてから、子どもの死亡はなくなり、おいえは安泰となりました。
 それこそが花子さまの望みだったのです。

 花子さまは代々の子どもたちの遊び相手となり、お家を守ってこられましたが、年号が明治となったおり、藩はなくなり、ひとつの県となった頃、お家は事業を立ち上げました。
 これからは建設の時代だと先読みし、会社はどんどん成長していきました。

 時代が下るにつれて、信仰心は失われていきます。医療が発達したことで、子どもの死亡率が減り、神の存在を軽視するようになっていきました。

 それでも、一族の中には信仰を失わない者もおり、その人物のお陰で花子さまは存在を保っていられたのです。
 しかしながら、一年ほど前にかの人物は寿命を迎え、幽世にやって参りました。

 遺言にて、毎日のお供えと神棚のお掃除を疎かにしないようにと明記しているのに、子孫たちはすっかり忘れ、放置しました。かの人物が再三枕元にお立ちになったにも関わらずです。

 そして広大なお屋敷を建て替えるとことが決まったのです。
 旧いお屋敷ですから、これまでも改装は行われてきましたが、神棚だけはしっかりと守られていました。

 しかしながら、この建て替えで神棚の撤去が決まり、花子さまは屋移りを決断なさったのです。
 幽世に連絡があった頃は、まだご意識ははっきりなさっておいででしたが、幽世での準備を整えている数日のうちにどんどん弱体化なさってしまい、赤子にまで遡ってしまわれました。
 幽世で英気を養い、5歳児ほどにまで力がお戻りなり、今回のご旅行をお申し出になられました。

 この旅行は、次の定住先を決めるためのものでした。
 いくつかの県を観光なさり、この後もいくつか向かう予定でしたが、花子さまが奈良を大変お気に召しました。

 水が合ったのもあるでしょうが、こちらにお住まいの方々と触れ合えたのが、楽しかったようです。ウマが合ったということでしょうか。

 奈良の地にて信仰心の篤い方が住むお家をお探しすることとなりました。
 皆さまのお陰です。
 深く感謝申し上げます。

 *

 帰り際、朱果さんは謝り忘れておりました、と振り返った。

「花子さまが幽世の飴をさしあげたとお聞きしました。ただ仲良くなりたかっただけで、幽世へ連れて行こうとはまったく思っておらず、皆さまに悪いことをしたと泣いておいででした」

「泣いてた理由は、オレらに悪いと思ったから?」
 夏樹が腰をかがめて花子に問う。

 花子はうつむき、うんと頷いた。
「夏樹兄ちゃま、ごめんなさい」

「オレは気にしてないよ。お互いに覚えたんやから、もうせえへんかったらええねん」
「うん!」

「良い家、見つかったらええな」
「遊びに来れたら、また来てもいい?」

「おいでおいで。待ってるからな」
「ありがとう」

 次の家が決まったらメールを差し上げます、と言って朱果さんは花子と帰って行った。
 花子は鹿のぬいぐるみを大切そうに抱いて、夏樹たちに手を振った。

 二人が帰った後、仕事前のマリーが事務所にやってきた。
 ずっと気になっていた事があったのだと。

 春日大社にお詣りした時に花子が行った、三拝三拍手一拝。

 参拝マナーは神社にもよるが、現在は二拝二拍手一拝が一般的。

 そこでマリーが調べたところ、古来から三拝三拍手一拝が作法だった。

 明治時代に簡略化され、何度も改訂された。二拝二拍手一拝が浸透したのは戦後や平成という説もあり、わりと最近だということだった。

 マリーは大正時代に作られたため、それ以前の作法は知らなかったそうだ。

 花子が生まれたとされるのは、江戸時代。話では聞いたものの、幼い外見と中身から、実感が湧かなかった。
 花子のやり方を習ったお陰で、300歳に納得がいった。

 朱果から聞いた、これまでの花子の経緯を話すと、マリーは涙ぐんだ。
 信仰を忘れると、消えてしまう存在である妖たち。
 本体が壊れると消えてしまう自身の存在と重ねたのかもしれない。

 人よりもはるかに長く、悠久の時を生きると思われる妖たちにも期限があり、儚い存在でもある。
 妖の命も人と同じなのだなと、夏樹は感じた。

 数日後、日本を代表する大手建設会社が手掛けた建物の数値偽装という不正が発覚し、長らく続いていた経営者一族による経営は崩壊した。
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