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11.妖退治
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冬樺はついてきているだろうと想定して、カマイタチを掴んだまま、夏樹は全速力で走った。
やすらぎの道に出て北上し、率川神社を超えて、東西を貫く三条通を渡る。
このまま進めば地下にある近鉄奈良線の真上の道路389号線に出るけれど、夏樹はそこまで行かず、駐車場の向こうにある狭い路地に飛び込んだ。
壁に体を預けて、乱れた息を整えていると、走り抜けたその背に声をかける。
「冬樺!」
慌てて呼び止めると、気がついた冬樺が戻って来た。
「騒ぐからですよ」
息を整えながら、恨みがましい視線を送ってくる。
「ごめん。でも大声出してたんオレやないで。コイツや」
夏樹が右手を持ち上げると、首根っこを掴まれたままのカマイタチは、キュ~と目を回していた。
「ごめん。大丈夫か。振り回してしもた」
カマイタチの顔を軽く叩いていると、はっと気がつき、再び鎌を構えた。
「ワレ! 酷いやないか!」
「その声やめろって。驚かせたんは悪かったけど、いきなりケンカ売るなって」
「先に売ったんは、ワレらやろう!」
「いやいや、お前やて。とりあえず落ち着けカマイタチ」
夏樹がちゃんと呼んでやると、カマイタチは鎌を下ろした。
「何や、わかってたんやん。ワシ、イタチとちゃうもん」
「そうやな。まちごうて悪かったな」
鎌を引っ込めたカマイタチを地面に下ろしてやる。夏樹がよしよしと頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「鎌がなければイタチでしょ」
「ワレ! いい加減にせい」
冬樺の余計な一言で、立ち上がって再び鎌を構える。
「冬樺、やめといたれ。カマイタチとイタチは違うって言うてるねんから」
「すみませんでした」
冬樺があっさりと謝罪すると、カマイタチもしゅっと鎌を引っ込めた。
「わかればええねん」
態度がちょっとエラそうだけど、姿のせいでかわいさが倍増する。
「ところで、カマイタチの鎌って、出し入れ自由にできるん?」
「できるで。やらん個体もおるけど、ワシは必要な時だけ出すようにしてるねん。たまに人がご飯くれたりするから。やけど、最近はイタチと間違われて悲鳴上げられたり、狩られかけたりするねん。ワシ腹減ったわ」
お腹をかかえてしょぼんと頭を落とすカマイタチが不憫で、夏樹はリュックを下ろして荷物を取り出した。
「おにぎりやったら、もってるで。やろか?」
「ほんま? くれるん?」
顔を上げたカマイタチの目がきらきらと輝く。
「妖に人の食べ物は大丈夫なんですか? 動物だとダメな食べ物ありますよね」
「妖なんやから、平気やろ」
佐和が作ってくれたおにぎりのラップを外してやると、カマイタチは前脚でおにぎりを掴み、むしゃむしゃと食べ始めた。
「旨い。旨いわ。あんがとう」
動物の食事風景は、寝姿に次いで癒やされる。
夏樹はカマイタチの食事を、頬を緩ませて眺めていた。
「一個で足りるか?」
食べ終えたカマイタチは、満足顔でげふーと息をつく。
「小さいんですから、一個にしておいたほうがいいと思いますよ」
「そやな。お前、この辺塒にしてるんか」
「そうやないよ。いつもは川におるけど、魚が獲れへんくてこっちまで来てしもてん」
「そっか。ほんなら、猫の情報は持ってへんか」
「猫? あんちゃんら、探してるん?」
「冬樺、猫の写真見せたって」
冬樺のスマホで琥珀の写真を見たカマイタチは、しかし首を振る。
「見たことないわ、ごめんやで」
「そうか」
「探してみようか?」
「いや、いいよ。危ないやろ」
「大丈夫。ワシには鎌があるから。猫パンチなんには負けへんで」
「そやな。お前には、かっこいい鎌があったな。じゃ、似た猫見かけたら、教えてくれるか」
「うん。わかった」
「くれぐれも無理はせんでいいからな。お前がケガしたらあかんから」
「あんちゃん優しいなあ。でもそっちのあんちゃんは嫌い。苦手な匂いするし」
「苦手な匂いって何や?」
「なんか、強そうな奴に似た匂い。ワシ嫌や」
「僕は動物からあまり好かれません」
「冬樺もか。オレもよく逃げられるねん」
「そうだったんですか」
「好きやから、逃げられるの辛いで」
「僕たちが猫の捜索なんて、無理があり過ぎなんじゃ」
「気配消して近づいたら、大丈夫や。地域猫掴まえたやろう」
「あれはちゅーるで気を引いていたからですよ。僕たちはどうして嫌われるんでしょうね」
「そら、あんちゃんら変わった気配持ってるからやん」
「変わった気配ってなんや?」
「動物が本能で逃げたくなるような、自分が狩られる側やて思わされるっていうか」
「オレらが怖いってこと?」
「そや。逃げるか、見つからへんようにじっとしてるか。掴まったら捕食されるって思うぐらい、すごいで」
「何もせえへんけどな」
「ワシは匂い憶えたから、大丈夫。あんちゃんがご飯くれる、ええ人ってわかったから。そっちのあんちゃんは、ちょっと」
「僕も何もしませんよ。キミが悪いことをしなきゃね」
「ワシはカマイタチや! 鎌で斬りつけるんは、本能や」
「斬りつけるんは、悪さしてる人間だけにしとき」
「悪さしてる人間?」
「そう。他人のものを盗もうとしてるとか、無抵抗の人を痛めつけようとしてるとか あと、仲間がひどい目に遭ってる時とかな」
「わかった。黒い気配持ってる奴だけにするわ」
「気配で良い人悪い人がわかるんか?」
「わかるよ。あんちゃんは」
「俺の名前は夏樹や」
「夏のあんちゃんは、赤やな。炎みたいなんが見える」
「たしかにオレの霊力は赤や。こいつは?」
「そっちのあんちゃんは」
「僕は霧山冬樺です」
「霧のあんちゃんは、白と黒? まだ黒にはなってなくて、灰色かなあ」
「2色なんですね。霊力って色がついているんですね」
「そうやで」
カマ吉が頷いた。
「黒い気配は怖いってことやな。できれば黒い奴には近づくなよ。お前の鎌は、大切な奴を守る時に使い」
「うん、わかった。そうする」
その時、男性のうろたえるような悲鳴が聞こえた
*
路地から出て声が聞こえた方を見ると、スクランブル交差点の途中で、スーツ姿のオジサンが尻もちを付いていた。
車が信号無視をして、交差点に進入したわけではなかった。今、車は走っていない。
オジサンの2メートルほど先にいたのは、
「ダルマ?」
手足を生やした、50センチほどの大きさのダルマが、でんと佇んでいた。あざ笑うかのように開いた口には、サメを思わせる鋭い歯がびっしりと並んでいる。
「エグい歯やな」
「なんですか? あのダルマは」
夏樹の後ろから達磨を見た冬樺の声が、少し震えている。
「妖やろな」
夏樹はポキポキと指を鳴らした。
「岩倉さん、まさか倒すつもりですか」
「そら、助けな。あのおっちゃん襲われてしまうやん」
「あんなの、倒せるんですか。勝算はあるんですか」
「さあな。やってみなわからん」
「夏のあんちゃん、ワシも助太刀するで」
足元のカマイタチが、鎌を出して構える。
「頼もしいな。行くで! カマ吉!」
「大丈夫なんですか? っというかカマ吉?」
冬樺の静止も気に留めず、夏樹は走り出した。
「ダルマー!」
大声を上げる。
ダルマの顔がオジサンから夏樹に向いた。狙い通り。
路地からスクランブル交差点までは100m近く距離がある。夏樹なら6秒ほどあれば着くけれど、ダルマとオジサンは道の端と端にいるとはいえ、人の足で十数歩ほど。
ダルマがどれくらいの速度で進めるのかがわからない。細い手足に筋肉は見えなくても、妖ならば何かの力を持っている可能性がある。
自分に引きつけることで、ダルマの動きを制したかった。そのすきにオジサンが逃げてくれればと思ったけれど、腰が抜けているのか動かなかった。
ダルマとの距離まであと5mほどになったところで、夏樹は高くジャンプした。
空中で右足を延ばし、筋肉に力をこめる。
夏樹の右足が、炎のような光をまとう。
その足で、ゴールを狙うサッカー選手のごとき蹴りをダルマの側頭部に入れた。
ばごっという打撃音とともに、ダルマは勢いよく三条通に飛んで行く。
「あんちゃん、すげー」
着地した夏樹は、少し後ろにいたカマイタチに向けて親指を立てた。
しかし、ダルマがすぐに戻ってくるのが見えた。
「あれ? 増えてへん?」
大きなダルマを取り囲むように、10センチほどの小さなダルマが十数個、わらわらとついてきていた。
「うそやろ? 分裂しとる」
驚きはしつつも、夏樹は戦闘態勢を崩さない。
交差点を渡り切り、向かってくる小ダルマの一個をかわす。小さいながらも鋭い歯がついていた。
かわした直後に小ダルマの後頭部をむんずと掴み、地面に投げつける。
トマトのように、ぐしゃっと潰れる様を思い描いていたのに、
「うそやーん」
小ダルマがボールのように跳ね返ってきた。
蹴り飛ばした大きなダルマの戻りが早かったのも、電柱か植え込みに当たったせいだろう。
小ダルマたちがぴゅんぴゅんと勢いをつけて、夏樹に向かってくる。
統率は取れていないが、数が多く、バラバラに飛んでくるのがやっかいだった。まるで、水中でピラニアに襲われているようだった。
「痛っ‥‥‥」
避け切れず、素手でガードした手の甲に、小ダルマが当たった。ナイフで切り裂かれたような、痛みと熱を感じる。
霊力は攻撃に使いたくて、防御に使わないでいた。
「くっそぉ‥‥‥」
避けているだけでは埒が明かない。走って小ダルマを避けながら、どうやって倒せるのか考える。
視界に入った大ダルマは、ボス感を漂わせて佇んでいた。やっぱり親玉みたいな大きなダルマを倒すのが先か。
大ダルマに向かおうと足を向けた。
「霧のあんちゃん、危ない!」
カマイタチの焦る声に振り返ると、冬樺はオジサンを助け起こし、交差点を渡り切ったところだった。
その二人に、小ダルマが3体跳ねて行くのが見えた。
冬樺たちを助けに行くか、大ダルマを倒す方がいいのか。
迷いが夏樹の動きを鈍らせた。
すべての小ダルマが夏樹の周囲から消え、大ダルマが横切ろうとしているのが見えた瞬間。
夏樹はとっさに、大ダルマに向かって腕を伸ばした。
「いっ!」
小ダルマの比ではない、激しい痛みが前腕部を襲う。
痛みを力に代え、大ダルマを掴んで地面に叩きつけた。
大ダルマは跳ね上がるが、噛んでいた歯は腕から外れた。
跳ねる性質なら、衝撃は吸収されるのかと夏樹は思ったが、ダメージは受けるらしい。
しかし倒せるほどのダメージではなかったのか、どの個体も消えたり弱ったりしていない。
夏樹は足にもう一度力をこめ、跳ねて落ちてきた大ダルマを蹴り飛ばした。
大ダルマは路地の壁にべいんべいんと当たって飛んで行った。
冬樺たちに目をやる。
間に合うか?
駆けだそうとした時、細長く光る何かがシュッとよぎった。
光が冬樺に向かっていた小ダルマの1体に当たる。
ぎゃあああ
叫び声を上げながら、小ダルマの姿が崩れていった。すると他の小ダルマも同じように崩れ、消えた。
「な…に?」
呆然としていると、
「啓一郎の弓よ」
わずかな風を感じた直後に、真横で声がした。
「? 揚羽さん?!」
「あなた、ダルマの倒し方も知らないの?」
「あ…うん」
「ダルマから分裂した小ダルマは、各器官に分かれているの。心臓に該当する小ダルマを倒さないと、永遠にダルマと戦うハメになるのよ」
揚羽が説明をしてくれている間に、夏樹の脳は思考停止から抜け出す。
「所長は、心臓を見抜いてぶち抜いたってこと?」
「さすが啓一郎ね」
「あんなにたくさんおったのに」
後からやってきた所長が一瞬で退治した。
冬樺の様子を見に行く啓一郎を、夏樹はかっこいいと尊敬の思いで見つめた。
やすらぎの道に出て北上し、率川神社を超えて、東西を貫く三条通を渡る。
このまま進めば地下にある近鉄奈良線の真上の道路389号線に出るけれど、夏樹はそこまで行かず、駐車場の向こうにある狭い路地に飛び込んだ。
壁に体を預けて、乱れた息を整えていると、走り抜けたその背に声をかける。
「冬樺!」
慌てて呼び止めると、気がついた冬樺が戻って来た。
「騒ぐからですよ」
息を整えながら、恨みがましい視線を送ってくる。
「ごめん。でも大声出してたんオレやないで。コイツや」
夏樹が右手を持ち上げると、首根っこを掴まれたままのカマイタチは、キュ~と目を回していた。
「ごめん。大丈夫か。振り回してしもた」
カマイタチの顔を軽く叩いていると、はっと気がつき、再び鎌を構えた。
「ワレ! 酷いやないか!」
「その声やめろって。驚かせたんは悪かったけど、いきなりケンカ売るなって」
「先に売ったんは、ワレらやろう!」
「いやいや、お前やて。とりあえず落ち着けカマイタチ」
夏樹がちゃんと呼んでやると、カマイタチは鎌を下ろした。
「何や、わかってたんやん。ワシ、イタチとちゃうもん」
「そうやな。まちごうて悪かったな」
鎌を引っ込めたカマイタチを地面に下ろしてやる。夏樹がよしよしと頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「鎌がなければイタチでしょ」
「ワレ! いい加減にせい」
冬樺の余計な一言で、立ち上がって再び鎌を構える。
「冬樺、やめといたれ。カマイタチとイタチは違うって言うてるねんから」
「すみませんでした」
冬樺があっさりと謝罪すると、カマイタチもしゅっと鎌を引っ込めた。
「わかればええねん」
態度がちょっとエラそうだけど、姿のせいでかわいさが倍増する。
「ところで、カマイタチの鎌って、出し入れ自由にできるん?」
「できるで。やらん個体もおるけど、ワシは必要な時だけ出すようにしてるねん。たまに人がご飯くれたりするから。やけど、最近はイタチと間違われて悲鳴上げられたり、狩られかけたりするねん。ワシ腹減ったわ」
お腹をかかえてしょぼんと頭を落とすカマイタチが不憫で、夏樹はリュックを下ろして荷物を取り出した。
「おにぎりやったら、もってるで。やろか?」
「ほんま? くれるん?」
顔を上げたカマイタチの目がきらきらと輝く。
「妖に人の食べ物は大丈夫なんですか? 動物だとダメな食べ物ありますよね」
「妖なんやから、平気やろ」
佐和が作ってくれたおにぎりのラップを外してやると、カマイタチは前脚でおにぎりを掴み、むしゃむしゃと食べ始めた。
「旨い。旨いわ。あんがとう」
動物の食事風景は、寝姿に次いで癒やされる。
夏樹はカマイタチの食事を、頬を緩ませて眺めていた。
「一個で足りるか?」
食べ終えたカマイタチは、満足顔でげふーと息をつく。
「小さいんですから、一個にしておいたほうがいいと思いますよ」
「そやな。お前、この辺塒にしてるんか」
「そうやないよ。いつもは川におるけど、魚が獲れへんくてこっちまで来てしもてん」
「そっか。ほんなら、猫の情報は持ってへんか」
「猫? あんちゃんら、探してるん?」
「冬樺、猫の写真見せたって」
冬樺のスマホで琥珀の写真を見たカマイタチは、しかし首を振る。
「見たことないわ、ごめんやで」
「そうか」
「探してみようか?」
「いや、いいよ。危ないやろ」
「大丈夫。ワシには鎌があるから。猫パンチなんには負けへんで」
「そやな。お前には、かっこいい鎌があったな。じゃ、似た猫見かけたら、教えてくれるか」
「うん。わかった」
「くれぐれも無理はせんでいいからな。お前がケガしたらあかんから」
「あんちゃん優しいなあ。でもそっちのあんちゃんは嫌い。苦手な匂いするし」
「苦手な匂いって何や?」
「なんか、強そうな奴に似た匂い。ワシ嫌や」
「僕は動物からあまり好かれません」
「冬樺もか。オレもよく逃げられるねん」
「そうだったんですか」
「好きやから、逃げられるの辛いで」
「僕たちが猫の捜索なんて、無理があり過ぎなんじゃ」
「気配消して近づいたら、大丈夫や。地域猫掴まえたやろう」
「あれはちゅーるで気を引いていたからですよ。僕たちはどうして嫌われるんでしょうね」
「そら、あんちゃんら変わった気配持ってるからやん」
「変わった気配ってなんや?」
「動物が本能で逃げたくなるような、自分が狩られる側やて思わされるっていうか」
「オレらが怖いってこと?」
「そや。逃げるか、見つからへんようにじっとしてるか。掴まったら捕食されるって思うぐらい、すごいで」
「何もせえへんけどな」
「ワシは匂い憶えたから、大丈夫。あんちゃんがご飯くれる、ええ人ってわかったから。そっちのあんちゃんは、ちょっと」
「僕も何もしませんよ。キミが悪いことをしなきゃね」
「ワシはカマイタチや! 鎌で斬りつけるんは、本能や」
「斬りつけるんは、悪さしてる人間だけにしとき」
「悪さしてる人間?」
「そう。他人のものを盗もうとしてるとか、無抵抗の人を痛めつけようとしてるとか あと、仲間がひどい目に遭ってる時とかな」
「わかった。黒い気配持ってる奴だけにするわ」
「気配で良い人悪い人がわかるんか?」
「わかるよ。あんちゃんは」
「俺の名前は夏樹や」
「夏のあんちゃんは、赤やな。炎みたいなんが見える」
「たしかにオレの霊力は赤や。こいつは?」
「そっちのあんちゃんは」
「僕は霧山冬樺です」
「霧のあんちゃんは、白と黒? まだ黒にはなってなくて、灰色かなあ」
「2色なんですね。霊力って色がついているんですね」
「そうやで」
カマ吉が頷いた。
「黒い気配は怖いってことやな。できれば黒い奴には近づくなよ。お前の鎌は、大切な奴を守る時に使い」
「うん、わかった。そうする」
その時、男性のうろたえるような悲鳴が聞こえた
*
路地から出て声が聞こえた方を見ると、スクランブル交差点の途中で、スーツ姿のオジサンが尻もちを付いていた。
車が信号無視をして、交差点に進入したわけではなかった。今、車は走っていない。
オジサンの2メートルほど先にいたのは、
「ダルマ?」
手足を生やした、50センチほどの大きさのダルマが、でんと佇んでいた。あざ笑うかのように開いた口には、サメを思わせる鋭い歯がびっしりと並んでいる。
「エグい歯やな」
「なんですか? あのダルマは」
夏樹の後ろから達磨を見た冬樺の声が、少し震えている。
「妖やろな」
夏樹はポキポキと指を鳴らした。
「岩倉さん、まさか倒すつもりですか」
「そら、助けな。あのおっちゃん襲われてしまうやん」
「あんなの、倒せるんですか。勝算はあるんですか」
「さあな。やってみなわからん」
「夏のあんちゃん、ワシも助太刀するで」
足元のカマイタチが、鎌を出して構える。
「頼もしいな。行くで! カマ吉!」
「大丈夫なんですか? っというかカマ吉?」
冬樺の静止も気に留めず、夏樹は走り出した。
「ダルマー!」
大声を上げる。
ダルマの顔がオジサンから夏樹に向いた。狙い通り。
路地からスクランブル交差点までは100m近く距離がある。夏樹なら6秒ほどあれば着くけれど、ダルマとオジサンは道の端と端にいるとはいえ、人の足で十数歩ほど。
ダルマがどれくらいの速度で進めるのかがわからない。細い手足に筋肉は見えなくても、妖ならば何かの力を持っている可能性がある。
自分に引きつけることで、ダルマの動きを制したかった。そのすきにオジサンが逃げてくれればと思ったけれど、腰が抜けているのか動かなかった。
ダルマとの距離まであと5mほどになったところで、夏樹は高くジャンプした。
空中で右足を延ばし、筋肉に力をこめる。
夏樹の右足が、炎のような光をまとう。
その足で、ゴールを狙うサッカー選手のごとき蹴りをダルマの側頭部に入れた。
ばごっという打撃音とともに、ダルマは勢いよく三条通に飛んで行く。
「あんちゃん、すげー」
着地した夏樹は、少し後ろにいたカマイタチに向けて親指を立てた。
しかし、ダルマがすぐに戻ってくるのが見えた。
「あれ? 増えてへん?」
大きなダルマを取り囲むように、10センチほどの小さなダルマが十数個、わらわらとついてきていた。
「うそやろ? 分裂しとる」
驚きはしつつも、夏樹は戦闘態勢を崩さない。
交差点を渡り切り、向かってくる小ダルマの一個をかわす。小さいながらも鋭い歯がついていた。
かわした直後に小ダルマの後頭部をむんずと掴み、地面に投げつける。
トマトのように、ぐしゃっと潰れる様を思い描いていたのに、
「うそやーん」
小ダルマがボールのように跳ね返ってきた。
蹴り飛ばした大きなダルマの戻りが早かったのも、電柱か植え込みに当たったせいだろう。
小ダルマたちがぴゅんぴゅんと勢いをつけて、夏樹に向かってくる。
統率は取れていないが、数が多く、バラバラに飛んでくるのがやっかいだった。まるで、水中でピラニアに襲われているようだった。
「痛っ‥‥‥」
避け切れず、素手でガードした手の甲に、小ダルマが当たった。ナイフで切り裂かれたような、痛みと熱を感じる。
霊力は攻撃に使いたくて、防御に使わないでいた。
「くっそぉ‥‥‥」
避けているだけでは埒が明かない。走って小ダルマを避けながら、どうやって倒せるのか考える。
視界に入った大ダルマは、ボス感を漂わせて佇んでいた。やっぱり親玉みたいな大きなダルマを倒すのが先か。
大ダルマに向かおうと足を向けた。
「霧のあんちゃん、危ない!」
カマイタチの焦る声に振り返ると、冬樺はオジサンを助け起こし、交差点を渡り切ったところだった。
その二人に、小ダルマが3体跳ねて行くのが見えた。
冬樺たちを助けに行くか、大ダルマを倒す方がいいのか。
迷いが夏樹の動きを鈍らせた。
すべての小ダルマが夏樹の周囲から消え、大ダルマが横切ろうとしているのが見えた瞬間。
夏樹はとっさに、大ダルマに向かって腕を伸ばした。
「いっ!」
小ダルマの比ではない、激しい痛みが前腕部を襲う。
痛みを力に代え、大ダルマを掴んで地面に叩きつけた。
大ダルマは跳ね上がるが、噛んでいた歯は腕から外れた。
跳ねる性質なら、衝撃は吸収されるのかと夏樹は思ったが、ダメージは受けるらしい。
しかし倒せるほどのダメージではなかったのか、どの個体も消えたり弱ったりしていない。
夏樹は足にもう一度力をこめ、跳ねて落ちてきた大ダルマを蹴り飛ばした。
大ダルマは路地の壁にべいんべいんと当たって飛んで行った。
冬樺たちに目をやる。
間に合うか?
駆けだそうとした時、細長く光る何かがシュッとよぎった。
光が冬樺に向かっていた小ダルマの1体に当たる。
ぎゃあああ
叫び声を上げながら、小ダルマの姿が崩れていった。すると他の小ダルマも同じように崩れ、消えた。
「な…に?」
呆然としていると、
「啓一郎の弓よ」
わずかな風を感じた直後に、真横で声がした。
「? 揚羽さん?!」
「あなた、ダルマの倒し方も知らないの?」
「あ…うん」
「ダルマから分裂した小ダルマは、各器官に分かれているの。心臓に該当する小ダルマを倒さないと、永遠にダルマと戦うハメになるのよ」
揚羽が説明をしてくれている間に、夏樹の脳は思考停止から抜け出す。
「所長は、心臓を見抜いてぶち抜いたってこと?」
「さすが啓一郎ね」
「あんなにたくさんおったのに」
後からやってきた所長が一瞬で退治した。
冬樺の様子を見に行く啓一郎を、夏樹はかっこいいと尊敬の思いで見つめた。
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